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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百二十六話 年季の入った負け犬(9/9)

 ……今日の打順を考える上でまずやったのは、打者9人を3つのグループに分けること。

 第一群は月出里(すだち)くん、徳田(とくだ)くん、十握(とつか)くん、リリィくん。つまり現状のバニーズの中で特に打力に優れた4人。

 第二群は天野(あまの)くん、秋崎(あきざき)くん、チョッパーくん。アウトになる確率が高いけど、一発長打で上位打線をホームに帰したり、単独でも得点を稼ぎうる3人。

 第三群は相沢(あいざわ)くんと冬島(ふゆしま)くん。総合的には第一群ほどではないけど、繋ぎの面で期待できる2人。

 だから、『打者9人を1から1人ずつ並べた』というよりは、『この3つのグループを順番に並べた』というのが正しい。その後にそのグループごとに細かく順番を決めていったわけだけど、正直な話、第二群については単純にコンディションとか期待値とかそういうので順番に並べただけ。


 一番の肝は何と言っても、上位打線を担う第一群。

 まず月出里くんは『第1打席では出塁や見極めだけに専念させたい』『後の方になるほど打てる関係でなるべく打席数を稼ぎたい』というところで1番。それに、彼女は今年ホームランを打てるようになった……どころか本数だけ見れば今年ウチで一番打ってるけど、その全ては真ん中から高めを打ったものだけで、相手投手に強く依存する一種のルーレットみたいなもの。試行回数が多ければ多いほど当たりも出やすくなる。そういう意味でも『クリーンナップに置いてランナーを溜めて効率良く』よりも『単純に打席数を多く』を重視した方が得策。

 チームで最も出塁率の高い月出里くんの次の2番はランナー一塁の状況になる確率が最も高いから、『選球眼が良い』『一二塁間に強い打球が飛びやすい』『併殺リスクの少ない俊足の左打者』という点で徳田くん。

 十握くんとリリィくんに関しては正直、どっちを3番にすべきか、どっちを4番にすべきか迷うとこだけど、『ここ最近一番打ってる月出里くんと二番目に打ってる十握くんをなるべく離したくない』『4番は意外と走塁を要求されやすい』ということで、とりあえず十握くんリリィくんという順番。


 その次に肝になるのは第三群。5番から7番に据えてる第二群は打撃の特徴上、長打でランナー無しになったり、凡退で打線の切れ目になりやすいから、第三群は事実上の1番2番になりやすい。

 相沢くんも冬島くんも、どっちも安定して出塁が望めてバントも上手いけど、今回は脚が使える相沢くんを8番。そして月出里くんの打席の質と量を求める上で最も重要な9番に、例年ウッドペッカーズ戦で打ってる冬島くんを据えることにした。もし冬島くんが今日打てなかったとしても、最低限相沢くんを送ることはできたからね。

 最強打者の直前でバントをする上での懸念点は『その最強打者が歩かされる口実を自ら作りうること』だけど、今日の月出里くんは1番。後続に強打者が3人も並んでる状況じゃ向こうも易々とは歩かせることができない。少なくとも4番に置いてた時よりはずっとね。


 つまり、今日組んだ打線の主旨は、『月出里くんを第1打席だけ1番に専念させて、打席数を稼ぎつつ2打席目以降はクリーンナップとしても機能できるようにする』ということ。もちろん、月出里くん個人を優遇した結果じゃない。あくまで、現状のバニーズで得点の最大値を出すために模索した結果。月出里くんがその高い出塁能力を想定通りに機能できれば、結果として他の打者にもより多くの打席がもたらされるわけだしね。

 まぁ要は『バニーズにおける1番最強打者の有効性の発見』。形だけ見れば前の形に戻しただけなんだけど、歴史上のルネサンスのように、旧来のものに対する『発見』も立派な革新の内。


 ……確かに大型連勝中に、こんなふうに打線をいじるのはリスクが大きい。というか、失敗した時のバッシングが怖い。その気持ちは僕だって同じ。

 でも、前のスティングレイ戦。結果的に勝つことはできたけど、月出里くんが4番打者としてきちんと機能したかという点では疑問が残る。勝つことができたのは、『今年リプの球団が交流戦でイマイチ勝てなかったのに、スティングレイが交流戦最下位になるくらいチーム状態が良くなかった』というのも考慮に入れる必要がある。勝因を正確に認識できず、現状の自軍の欠陥に目を瞑り続けて、より効率的に勝つ方法を模索できなければ、最終的に優勝まで漕ぎ着けなくなる可能性は大いにある。


 『勝ってる時のやり方を再現し続ける』という王道を軽視したいわけじゃない。せっかくこれから先勝ち続けるのなら、20年以上負け続けたことに意味を持たせた上でバニーズに黄金時代をもたらしたい。『負け続けた人間の意地』と言われればそれまでだけど、僕だけじゃなく、僕と一緒に負け続けてしまったかつての仲間達のためにもね。

 "年季の入った勝ち馬"は冒険をするには抱えてるものが多すぎる。常識やセオリーよりも革新を優先できるのは、いつだって僕達のような"年季の入った負け犬"の特権。横綱相手に横綱相撲ばかり仕掛けて、そのアドバンテージをみすみす無駄にすることはない。


「やっぱちょうちょは4番より1番やな(テノヒラクルー」

「ワイはこっちの方がええと思ってたわ」

「まぁまだ優勝どころか首位に浮上したわけでもないんやしな。結果的にそうなるんなら何でも試してくれたらええわ」


 ファンの人達も負け続けてきたからこそ、首位を争う今でも『もっと勝てる方法』を模索するのを歓迎してくれてる。こういう状況はきっと今後勝ち続ければ無くなってくる。勝ち続けるということは、僕達自身もいつかは"年季の入った勝ち馬"になるということ。革新を()()げた"負け犬"に、いつかは足元を(すく)われる側に立つということ。

 だから、今この時に連勝し続けるのも大事だけど、20年分の鬱憤を晴らせるほどの黄金時代を目指すなら、こういう機会を『中身のない惰性(だせい)の勝ち』で無駄にはできない。

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