第百二十六話 年季の入った負け犬(8/9)
「5回の表、バニーズの攻撃。7番ファースト、チョッパー。背番号42」
……勝負は次の回……いや、この回だね。この回は『みんなが待ち望んでた打順』になるから。ここまでで点を取れてた方がもちろん良かったけど、最低限の形は作れてる。
「アウト!」
「レフト、ファールグラウンドで捕りましたワンナウト!」
「あー……アカンか」
「今日の恵人きゅんなら1点で勝てるのに……」
「ほんま何で大型連勝中に打順いじったんや……」
「8番ショート、相沢。背番号3」
「ワンナウトランナーなし。ウッドペッカーズ先発の光橋、今日は奪三振こそ1つだけですが、被安打3つに四球1つで要所をキッチリ抑えるピッチング」
「今日はカットボールが良い感じに右打者のインコースに決まってますね。他の球を狙われてというのが少しありますが、しっかりカットボールで芯を外して大怪我を避けられてます」
それでも相沢くんならきっと……
「!!ライトの前……落ちましたヒット!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
外から入り込んでくるスライダーを素直にチョコンと。相沢くんは以前は一発長打もあるタイプだったけど、ああいう逆方向を狙うのが上手くなった。
「9番キャッチャー、冬島。背番号8」
「ここはバントの構えではありません。勝負のようですね」
もちろん。ノーアウトなら考えたけどね。
「ボール!」
「膝下の変化球、外れてボール!」
(当然ゲッツー狙いやな。さっきヒット打ったオレやから意気揚々と手ェ出すって算段なんやろうけど……)
「ストライーク!」
(よし!カットボールはまだキレてるな)
さっきの冬島くんもカットボール以外を狙ってのヒット。ここはおそらく……
「ファール!」
「ボール!」
カットボール一辺倒。
「ファール!」
「ファール!」
「これも三塁線切れます!」
(今のコンディションでそうくるってわかってるならカットくらいできるわ)
(くっ、なら外にチェンジアップ……)
「スイングは……」
「ボール!」
「止まりました!これでフルカウント!」
「ええぞええぞ冬島!」
「よう視れとる!」
今ので決められなかったのはバッテリーにとってはかなりの痛手だろうね。
「ボール!フォアボール!」
「選びました!冬島、9球粘ってフォアボール!」
「「「おおっ!!!」」」
「ってことは……」
(後は頼んだで、"最強打者")
「1番サード、月出里。背番号25」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
観客席のボルテージが一気に高まる。停滞したゲーム展開で、ついにランナーが溜まった状態で絶好調のスターの打席。そりゃあこうもなる。
「ワンナウト一塁二塁、打席には今日3打席目の月出里!」
(流石にこの場面で歩かせるのは無理だな……徳田、十握、オクスプリングの3人が続く状況で満塁はデメリットがデカすぎる)
(1番打者……2番強打者であれば、上位打線の中で最も後続の打者に困らない打順。ここにきて……)
(大丈夫だ光橋。今日はまだカットボールは打たれてない……!)
(1打席目は『見』に専念させてもらって、同じ投手と日に3回目の勝負。ここで『打てません』なんて言えないよね)
僕には月出里くんがなぜあれだけ打てるのか、詳しいところはわからない。というか、彼女自身が彼女のバッティングをどれだけ俯瞰視できてるのかもわからない。けどはっきりしてるのは、『月出里くんは後の方の打席ほど真価を発揮しやすい』ということ。要は『打席数を多くした方が得』ということ。
……野球の打順にはそれぞれ役割という名の先入観がある。ただ、それらはほとんどが『1番から打順が始まること』を前提にしてる。確かに1回は絶対に1番から始まるから、その前提で最適な打順を考えるのは間違いとは言えないけど、そこにはさらに『どの打者も1打席目から役割を全うできること』という前提が必要なはず。
だから、バニーズ打線の軸の1人が月出里逢である以上は、『打順ごとの役割』をベースにすること自体がそもそも最適とは言えない。
「!!!」
「三塁線……」
「ファール!」
「切れましたファール!」
(カットボールが……)
(心配ない。今のをファールにしてカウントを稼げてる内はこっちが有利だ)
野球は巡り合わせのスポーツ。その試合でどの打順が一番重要『だったか』なんてのは、その試合が終わってからじゃなきゃわからない。だけど理論上確実に言えるのは、『打順が上であればあるほど打席数が多くなる』ということ。
そして、ここ最近のプロ野球は先発がある程度好投してても5回6回で降りて、リリーフで逃げ切るのが当たり前になってきてる。つまり、先発投手と勝負できる打席数は上位打線でも保証されてるのは2打席だけ。下位に至っては1打席しかない可能性もある。仮に6回までで出塁が1回なら、3打席目が保証されるのは1番打者だけ。
そんな最近のプロ野球で勝つために大事なのは、『自軍の強打者が先発と3打席以上勝負できるようにして、打線の得点力のピークをなるべくゲーム中盤までに設けられるようにすること』。
出塁が少なくて上位打線に3打席回ってくるか来ないかってくらいタイトなゲーム展開というのは必然的にロースコアの展開だから、ソロホームランの価値も高くなる。強打者には『いかにしてランナーが溜まった状態で打席に立たせられるか』よりも、『いかにしてなるべく多く打席に立たせられるか』の方が重要になる。出塁率の高い強打者をなるべく上位に並べるというのは、強打者自身が自分の出塁によって3打席目を保証する助けにもなるしね。
(上手い打ち方をちょっと考えすぎてたかな?そもそもインコース得意なのに。頭を使うのはむしろ外を打つ時。内側は身体で、本能で打ち返す……!)
「!!!左中間大きい!!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
その考えに基づいたのが今日の打順。
「センター下がって……捕れません!そのまま大きく跳ねてスタンドへ!!バニーズ、エンタイトルツーベースで先制ッ!!!1-0!月出里、打順は戻りましたが今日もしっかり結果を出しました!!」
「ああ^〜6月ちょうちょ最強なんじゃ^〜」
「インコース捌きうっま……」
「あれが詰まるどころか長打なんて向こうのバッテリーやってられへんやろ……」
二塁ベース上で右腕を掲げて誇る月出里くんを拍手で讃える。打順こそ1番だけど、この回に関しては4番目の打者になった月出里くんを。
「伊達さん」
「何だい?」
「『結果的に月出里さんがクリーンナップになる攻撃』。これが伊達さんの考えてた正解?」
「……選手のみんなが頑張ってくれた結果だけどね」
共に先制点を喜ぶ恵人くんに笑って応える。
「右方向打ち上げた!しかしこれは少し浅いフライ……」
「アウト!」
「三塁ランナーはスタートできません!ツーアウト二塁三塁!」
「うーん、冬島やなかったら……」
「しゃーないしゃーない」
「良いぞ光橋!」
「さっきの1点は事故事故!勝ち投手の回踏ん張れや!」
「3番レフト、十握。背番号34」
もちろん、今日の打線で期待してるのは月出里くんだけじゃない。
(今月の月出里さんはほんとエグいくらい打つけど……今年も打つ方だけは勝つ!)
「ストレート打った!センター真正面!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!2-0!なおもツーアウト一三塁!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」」」
「4番指名打者、オクスプリング。背番号54」
前のカードは4番に月出里くんを置いてたことで後続の打者がなかなか続かなかったけど、今日に関しては強打者ばかり。それも、月出里くんをちゃんと実質4番打者として機能させつつ。
「ライトの前……落ちました!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!バニーズ、この回一気に3得点!」
「以前の形に戻した打線がしっかり機能してますね」
「「「「「ええでえええでリリィ!!!」」」」」
「今日も勝ったな(確信)」
「ちょっと6月バニ強すぎんよー(指摘)」




