第百二十六話 年季の入った負け犬(7/9)
「ボール!」
「外スライダー!ワンバウンド!」
(ゲッツー狙うぞ!ここから内にカットを続ける!)
(最初に出塁前提で球を見れた……冬島さんは脚遅いし、あたしとしてもゲッツーは打ちたくない。浮いた球を長打にしたい)
バッテリーにもバッターにも、お互い状況によりけりの思惑があるのだろう。ここではおそらくバッテリーはゲッツー狙い、そして月出里くんは長打狙い。そうなってくると、向こうとしてはいかに低めに集め続けられるか。
(!!!浮いた……)
(いける!!!)
「!!!痛烈!!」
「アウト!」
「いやしかしショート正面!」
「ッ……!!!」
「セーフ!」
ショートライナーか……冬島くんが刺されなかったのは不幸中の幸い。
「やっぱ冬島、ドンガメやけど走塁の判断はええな」
「昨日今日のデブとは年季が違うんやろ」
(脚遅い以上、一番意識せんとアカンのは『欲張らへん』ことやな)
……逆に一塁ランナーが俊足なら刺されていた可能性もあったんだろうね。シングルで一三塁の形を作れる可能性も十分あったから。
「すみません……」
「ドンマイドンマイ!しっかり捉えられてるよ!」
落ち込みながらベンチに戻ってきた月出里くんを労う。
……野球というのはやはり巡り合わせのスポーツ。基本的に能力があればあるほど良い結果を出しやすいのは事実だけど、状況によっては『能力があるからこその悪い結果』もある。逆に『能力がないからこその良い結果』もある。
月出里くんの高いミート力にしてもそう。ミスショットするくらいならツーストライクまでは空振りした方が良い。樹神さんがあえて細いバットで安打を量産し続けたのも、そういうのが多分理由の1つ。月出里くんも追い込まれるまではわざと空振りしたりするけど、いざ打ちにいったら空振りが少ない分、『偶然空振りして命拾いする』ケースが他の打者より少ない。
「引っ張って!一二塁間破りました!ライト前!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「ええぞええぞかおりん!」
「それさっきやってくれや!」
逆球を上手く引っ張ったね。
徳田くんは単純な打撃成績だけ見ると広角に打って率を稼ぐ典型的なアベレージヒッターっぽく見えるけど、実際はあんな感じで引っ張って打球速度で率を稼ぐタイプ。ゲッツーシフトでセカンドが二塁寄りに守ってるとその特性を活かしやすい。そういう意味でも2番向き。脚の速い遅いとか、バントの上手い下手とか関係なくね。
そして次の十握くん。スイングでのイメージ通り、彼も引っ張った時の打球が強烈だけど、逆方向にも丁寧に打ち返せる器用さも兼ね備えてる。投手の左右の違いもほとんど苦にしない万能打者。溜まったランナーを返す役としては申し分ないけど……
「チェンジアップ打った!しかしこれはショート正面!」
(やば……!)
「アウト!」
「二塁アウト!」
「アウト!」
「一塁もアウト!ゲッツー!」
「「「「「ぎゃあああああ!!!!!」」」」」
月出里くんと同様、こういう巡り合わせもあるよね。色んなパターンのヒットを再現できるからこそ、ランナーなしならセンター前の可能性のあった方に転がってしまった。
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、冬島と徳田のヒットでチャンスを作りましたが、この回も得点ならず!」
「うーん、点取れるようで取れんなぁ……」
「やっぱせっかく連勝中やのに打線いじったからやろ」
「コツンコツン打つバッター多いんやから、やっぱちょうちょ4番でドカンと得点狙ったほうがええやろ」
……結果は伴わずとも、想定通りに打線は機能してる。各々が各々の持ち味を生かしてくれてる。大丈夫。まだ辛抱の時だ。
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「これはショート正面!二塁へトス!」
「アウト!」
「これでスリーアウトチェンジ!山口、この回も二塁を踏ませません!」
「ああ^〜恵人きゅん最高なんじゃ^〜」
「これ完封あるやろ(確信)」
「四死球0が素晴らしすぎる」
「ナイピー!」
「サンキュー!」
4回の裏まで進んでも、お互いに点はなし。向こうの無得点は主に恵人くんの好投によるもの。こっちの無得点は主に僕の発想によるもの。
「大丈夫ですよ、伊達さん」
「?」
「伊達さんの考えが正解になるまで、おれ絶対に打たれませんから」
「……ありがとう」
自分自身の判断に後悔はないけど、やっぱり結果がなかなかついてこないと不安になるもの。そんな僕の様子を察して、恵人くんのこの励まし。やっぱり君を選んで良かった。本当に立派になったよ、恵人くん。




