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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百二十六話 年季の入った負け犬(2/9)

 プロジェクタの画面が切り替わって、バニーズの打順が映し出される。まだ公表されるような時間でもないから、多分ここ最近のバニーズの動きを参考に、監督の推測で組まれたもの。


「ここ最近4番で起用されている月出里。こいつを徹底的にマークする。得点圏なら迷わず歩かせれば良いし、先頭だとしてもカウントが悪くなれば無理せず申告敬遠でも良い。とにかく4番の月出里とは勝負するな」

「良いんですか?アイツ、脚もありますよ……?」

「この作戦はもちろん、ここ最近5割近く打ってて、ここぞと言う時に勝負強い月出里を単純に警戒してる、というのもある。だがそれだけではない。確定ではないが、おそらく月出里はそういうコンディションや状況に関係なく、こちらが情報を与えれば与えるほど不利になるタイプの打者だ」

「「「「「……?」」」」」

「月出里は試合中、後の打席ほど打つ傾向にある。これはつまり、相手の投手や自分自身のコンディションに対する適応力が持ち味ということ。これまでのデータもそうだし、前のカードもその最たる例。1戦目・2戦目で活躍はしたが第1打席ではどちらも得点圏で凡退。3戦目は敬遠2つ含む3四球を稼いだものの、珍しくノーヒット。後続の打者の圧力がないのなら、4番の月出里には余計な情報を与えず歩かせれば良い。警戒していれば盗塁もあまりしてこないしな」


 一理あるっちゃある。けどそれって……


「あの、監督」

「何だ、(いぬい)?」

「そもそも月出里が4番じゃなかったら……?」

「……その可能性もないではないがな。だが、バニーズは今『勝ち続けてる』」

「?」

「野球には『絶対勝てる方法』というものは存在しない。あるのは『勝った時のやり方を再現し続ける』というベターな方法だけ。いわゆる『ベストプラクティス』というもの。そしてそれは、『いつかは絶対に起こりうる負け』の際に、『最善を尽くした』証明にもなる。勝ち続けてるチームがわざわざ勝ち方を変えて負ければ、『自ら負けに向かった』ということで非難されるだけ。何万という観客の前で、何千万何億と稼ぐ高給取り同士が戦うプロ野球。『最善を尽くした上での負け』はともかく、『わざとの負け』は絶対に許されない。セイバーメトリクスがどうのこうのと言わようが、野手の送りバントがそう簡単になくならないのも、それが『勝ち続けた方法』だからだ」

「それに、月出里は今やバニーズの看板。そんな奴を遂に4番に据えて勝ち続けたことで世間も記事も盛り上がってる。周囲が今か今かと待ち望んだ『勝ちの形』。ある種の『自縄自縛』ですね」

「そうでなくとも、ずっと最下位だったバニーズにとっては、ようやく見つけられた『勝ち続けられる方法』。そう簡単に手放すとは思えませんね」

「曲がりなりにもあの綿津見(わだつみ)と4番同士で競り合って勝って箔が付いたばかりですからねぇ」

「今年はホームランだけじゃなく打点も伸びてる。タイトルを狙うなら4番固定が安牌(あんぱい)だな」


 熱弁する監督に、コーチも便乗する。

 まぁ柿崎監督は90年代のクソ強かった頃のペンギンズのエース。ヴァルチャーズの羽雁(はがり)監督ほどではないにしても、"勝ちを味わい尽くした人間"。コーチだって大体は現役で活躍してた人達。そして俺達もまた、プロに入る前から勝つことを義務付けられつつ野球をやってきた奴がほとんど。言わんとするところはわかる。

 『勝ってる側は勝ち続けるほどに保守的になる』。これは野球に限らず、他のことでも誰しもがそうなるもの。大物の投資家ほど冒険しないのと同じ。


 ……俺自身もそうやな。今でも俺は幸貴に許されたいけど、それよりも『深く関わろうとして昔のことを責められたくはない』って気持ちの方がどうしても強い。自分の恵まれた立場を捨てられるほどの度胸はない。『お互い、今のままの方がええ』っていう甘えた答えにどうしても行き着いてまう。


 ほんま卑怯やわ俺って……


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