第十四話 決められてたんだよ(6/9)
8回表 紅3-4白 ワンナウト二塁
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 夏樹神楽[左左]
[控え]
雨田司記[右右](残り投球回:1回2/3)
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
山口恵人[左左]](残り投球回:0)
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 土生和真[右右]
投 牛山克幸[右右]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
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******視点:夏樹神楽******
「投球前の動作、可愛いわね」
「実家が神社で本物の巫女さんらしいで」
ボールを握った左手を、グローブはめた右手で包んで、大幣を振るうような投球前の動作。『クセになってんだ、場を清めるの』ってね。何せ本番のマウンドはあっしの最終調整をする上で重要なファクター。自分に馴染ませるのならやっぱり余計なものを祓いたくもなる。
「投球練習を見る限り、データ通り球威は大したことなさそうだな……」
「公式戦での最高球速は139km/h。球種は複数のカーブにスラーブ、シュートとフォーク。球種はかなり多いわね」
「一応、『抜群の制球力』って触れ込みらしいが……」
「……ただ、映像データと比べて明らかに腕が横振りなのが気になるな。オーソドックスなオーバースローだったはずだが……」
紅組ベンチをチラッと見る限り、あっしなんかの投球も真剣に見てくれてるねぇ。それくらいの意識があるからこそ、あそこにいるんだろうけど……
ま、穴が空くくらい見てくれれば良いよ。多分フォームが違うのとかが気になってるんだろうけど、あっしの場合は過去のデータと睨めっこされてもあんまり痛手にはならないからね。
「プレイ!」
さぁて……調整通りにやれるかねぇ?
「ストライーク!」
「1球目からまっすぐ入れてきたか……133なのに度胸あるなぁ」
「内角いっぱいではあるけど……ちょっと甘く入ったらやばかったんじゃね?」
よしよし、ちょっと高さが甘かったけど誤差の範疇。実物の大きさとマウンドのコンディション、球審の傾向込みで微調整はできそうだな。
「ストライーク!」
「2球続けてストレート!!?」
「でも外低めいっぱい、完璧なコース……」
「それにしたって、このスピードでわざわざ2球まっすぐじゃなくてもなぁ……せっかく球種は色々あるのに……」
(コノふぉーむ……マサカコイツ……)
一般的に『球種が多い』ことのメリットは主に3つ。『より多くのタイプの打者に対応できる』のと、『相手打者が狙い球を絞りづらくなる』のと、『その日その日で特定の球種の調子が悪くても他の球種でカバーしやすくなる』。
実際あっしもそういう恩恵に預かってる部分はあるけど、あっしの場合、事情が少し違う。
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自慢になるけど、中学までのあっしは間違いなく世代でトップクラスの左腕だった。背が伸びるのが他の奴らよりも早めだったのも手伝って、小学生の時は『小学生離れした球威』、中学生の時は『中学生離れした球威』なんてよく言ってもらえた。制球も悪くなかったし、カーブも得意で、小・中両方で日本代表に選抜される程度には有名人だった。
まぁそこまででの挫折を強いて挙げるとするなら、1学年上にあの妃房蜜溜と三条菫子がいたせいで中学の時は最上級生の時以外は脇役だったことくらい。でもそのくらいは体育会系の世界だから、『年下だから』とかその程度の理由で割り切ることができた。そもそもあれだけ化け物だともはやまともに張り合う気も起きなかったし。
小学生の頃から傑出してたおかげで、西東京の中高一貫の名門校に特待生としてスカウトされて、あっしの将来は安泰だと思ってた。中等部では英語に力を入れつつシニアで経験積んで、高等部に上がったら嚆矢園を目指して、プロに入ったら何年か日本で活躍して、いつかはメジャーに……なんて、日本の球児にありがちなエリートコースにもう乗れた気でいた。
だけど……
「センター!」
「おいおい、夏樹の奴まーた打たれてやんの……」
「あれで特待生とかマジウケるんですけどwwwww」
無事に高等部に上がれたまでは良かったけど、球威も身長も中学の時から全然伸びない。ある程度アバウトな制球でも球威でどうにかできてたのが、高校レベルだと通用しなくなったからってコースにこだわりすぎたせいで却って制球が悪化。
1年の秋にはエースナンバーを奪取するつもりでいたけど、それどころか控え投手すらも危うい立場になってしまった。
「いやー、悪いねぇ"日本代表"さんwwwww」
「まぁ観客席で応援になっても恨まないでくれよなwwwww」
そこでようやくあっしは気付いた。あっしは"天才"なんかじゃなく、単に"早熟"なだけだったって。