第百二十五話 これも1つの戦い(8/8)
あの後もう何回かするつもりやったのに、結局その後直接的なことをする雰囲気やなくて、そのままお互いに帰宅。せやけど、不思議と不満はない。
何と言うか……『頑張ったことを認めてくれる誰かが居る』、『悲しいことを一緒に悲しんでくれる誰かが居る』のって、こんなにありがたいことやったんやな。
『幸貴くん』
CODEに着信。もちろん初音から。
『ちゃんと返事できてへんかったな』
『何がや?』
『「初音がオレを幸せにできんでも、オレが初音を幸せにするわ」っての』
『……あー……』
『それってつまり、そういうことやんな?』
その時はそんなつもりやなかったけど、目的通りではあるし、今となっちゃ……
『うん。そういうことやな』
『まだちょっとアイドルの仕事とか色々兼ね合いはあるけど、指輪の準備、先にしといてくれる?』
……!!!
『ええんかほんま?』
『うん。幸貴くんこそ、うちなんかでええん?』
手が震える。頭がグラグラする。答えは頭の中に即浮かび上がったのに、文字がなかなか打てへん。
『まぁそういうことやから……これからもよろしくな?』
『あとがとな、幸貴くん』
『初音も、ありがとな』
お互いに手を振るスタンプ。一旦メッセージを止める暗黙の了承。
……叶ってもうた。叶えようとは思ってたけど、心のどこかで『どうせ叶いっこない』って思ってたこと。現役アイドルとの婚約。夢を疑って、止まったメッセージから目が離せへん。
でも、涙か流れるのはその嬉しさからだけやない。打算同士の関係なんやから芽生えるわけなかった『初音への罪悪感』が今更になって沸々と込み上げてきて。
「…………」
ノーパソを開いて、動画再生アプリを起動する。映画鑑賞とかそういう趣味はないから、中にあるのは1本の動画だけ。UMD33(ウメダサーティースリー)の、とあるライブの映像。
もちろん、アイドルの追っかけの趣味があるわけでもない。前にも使った通り、初音を抱いてる時に流して、『他の大勢の男が欲しがってるアイドルをオレだけものにした』って実感を得るためだけのもの。本来の用途でちゃんと観たことは今まで一度もなかった。
「みんなー!今日も来てくれてありがとー!UMD33でーっす!」
最初の1曲はメンバー全員で歌って、そこからソロや小さいグループで順番に。
「『あだしが原LOVER』、いっくよー!」
いよいよ初音のソロ曲。中心メンバーの1人ってことで、結構後の方。
初音のアイドルとしての主な武器は、読モ上がりのビジュアル。逆に言えば、歌とダンスはぶっちゃけあんまり上手ない。特にデビュー当時はネットで『初期のボカ■』とか『暗黒お遊戯会』とか散々な言われようやったらしい。
これでもだいぶマシになったみたいやけど、全体曲やと一緒に真ん中に立つ北野巡流と清水鏡の歌とダンスの上手さがどうしても際立つ。それに、その2人も真ん中任されてるだけあって、見た目も華やか。はっきり言って初音との容姿の差なんて個人の好みで簡単に覆る程度の誤差。目立つスキルはどう考えてもこの2人の方が上。
「みんなー!一緒に歌おー!!」
……せやけど、初音はとにかく一生懸命や。他のメンバーと比べてできひんことが多くても、楽曲の中でファンと一緒に歌う時間を長めに取ったり、歌ってる最中でもファンに近付いてハイタッチを交わしたり、MCで後ろの方の席を気遣ったり、できることでファンを喜ばせようとしてるのがよくわかる。
「そのシャツ、去年の弁天町のライブも来てくれたんですね!ありがとうございます!」
それに、一生懸命なんは舞台の上だけやない。ライブの後のファンとの握手やサインの対応。サインを書いてる間に必ず一言二言はファンと話をして、常に笑顔を絶やさずこなしてる。ファンも単に顔だけで初音を推してるわけやないのは一目瞭然。
「オレと同じやん……」
生まれ持ったもの以上に、生まれた後の努力で、自分ができることを精一杯こなしてる。オレとどこが違うんや?
なのにオレはそんな初音と、初音がこうやって頑張ってる証を、"より気持ち良くヤれる道具"みたいに扱ってしまってた。初音を生まれ持った見た目と仕事だけでどういう人間か分類してしまってた。初音はオレのために泣いてくれて、オレのことを選んでくれたのに。
そんなん、オレをバカにしてきた奴らと全く同じやん。大学の頃の帝国代表の選抜で、リリィが実力で選ばれたのに、生まれた国でケチつけてた奴らと全く同じやん。オレが大嫌いな、"生まれてすぐ出た答えにばっかりしがみついてるアホ"そのものやん。
「アホみたいやな、ほんま」
結局はオレが始めた戦いやったから引っ込みがつかんかったけど、こんなしんどい生き方、本当はしたない。オレやって普通に幸せになりたいわ。こんなクソみたいな世の中でも、『初音みたいな綺麗な女がオレみたいなのを望んでくれる』って、そんな夢を見たいに決まってるやん。遺伝子に叛逆する必要がないんなら、その方がええに決まってるやん。
オレはもう、初音だけでええ。復讐とか、他の奴らと比べてどうとかなんてもうどうでもええ。オレにとっちゃ初音が不動の一番。初音だけがオレを認めてくれて、初音だけを愛せたらもうそれでええ。
……よく考えたら、こんな気持ちになったのは最初の遥以来やな。あんだけ散々女を取っ替え引っ替えしてたのに。婚約とかそういうのの後に相手に惚れるんって、見合いが当たり前の昔ならきっとよくあったことなんやろうな。この令和の時代に貴重な体験やわ。
『バカな世の中の一面』に張り合い続けたせいで、今となっちゃ稼ぎしか能のないオレやけど、それでもオレはオレの持てる全てで初音を幸せにしたい。
「『初音がオレを幸せにできんでも、オレが初音を幸せにするわ』、ってか……」
思わず出たあの一言を一番の事実にしたい。『プロ野球選手としてテッペンを目指す』のは変わらないとしても、その目的を全て初音や、これから初音と築く家族のためにしたい。
『初音を幸せにすることで、オレも幸せになる』。住む世界が違いすぎて、くっさいくっさい言って毛嫌いしてたような生き方やけど、今からでも『オレの戦い』の形を変えられるやろうか?




