第百二十五話 これも1つの戦い(6/8)
******視点:冬島幸貴******
6月16日。撮影の仕事があった次の日。梅田某所のホテル。
「昨日はまさかやったな」
「うん。うちらも一昨日マネージャーから急に教えられてん」
隣には初音。とりあえず1回済ませて、お互い一糸纏わぬ姿でベッドの上。最初は敬語で接し合う関係やったけど、今じゃお互い関西人らしく砕けた口調で話すようになった。まぁもうとっくにやることやってるわけやしな。
昨日の撮影、前半は球団内の企画ものっぽかったけど、後半はまさかのアイドルグループとのコラボ。それも初音の所属してるUMD33(ウメダサーティースリー)。『大阪市を拠点に活動してる』って点では確かに共通やけど、こうやってコラボするのは、初音と知り合うきっかけになった去年の開幕戦の始球式以来。
「やっぱ今年バニーズが調子ええからやろうか?」
「まぁそんなとこやろうね」
「アイドルの仕事ってやっぱそういうもんか?」
「どんな仕事も『勝ち馬に乗る』のが王道ちゃう?」
「確かにな」
……オレと初音の関係も、結局そんなもんやろうな。
バニーズはただでさえ昔から『顔だけ』とか言われてた球団。昨日の撮影も実力重視の人選やったんやろうけど、それでも月出里ちゃん以外も綺麗どこばっか。ドラフト同期の中でオレだけ浮いてるのも相変わらず。そんなオレがああやって同列のスターとして扱ってもらえたのは、きっと"正捕手"って立場やから。
オレは『それしかできひん』からキャッチャーやってるだけやけど、仕事で野球をやる上で特に食いっぱぐれにくいのはやっぱりキャッチャー。一度"正捕手"として信頼を得られれば、他のポジションと違って『打率』とか『防御率』とかそういうのやない『目に見えない部分』を信じて使い続けてもらえる。たとえ二番手以降でも、併用前提である程度の出番はある。二軍の試合を回すだけでもある程度の需要がある。選手でいられなくなってもブルペンとか裏方のポストもある。先人が理知的なイメージを作り上げてくれたおかげで、指導者としても声をかけられやすい。
『稼ぎという面じゃ安牌やから』。初音がわざわざオレを選んだのは、そういうのやなかったら他に説明が付かん。
まぁ『稼ぎ』だけ重視してもらう分には全く構へん。"ただの勝ち馬"扱い大いに結構。どうせ美人とかそういうのは所詮そんなもの。オレの考えには全く反してへん。それでもこうやって関係を結べたってことは、オレが意図した通りにオレの遺伝子を脚色できてるってこと。
それに、利用してるんはオレも同じやしな。人間の見た目の良し悪しなんてある程度以上からは個人個人の好みの範疇ではあるけど、正直に言えば見た目なら月出里ちゃんの方が好みやし。
それでも初音には価値がある。曽根崎初音、"人気アイドルグループ屈指の人気者"。つまり、世間が女としての価値を十二分に保証してくれとる。その事実が、多くの男が求めてやまない存在やと物語っとる。
あのワカメ野郎や他の同じ男を差し置いて、オレだけが価値のある女を抱く。『価値のある女で種を残す』という、男としての本懐をオレだけが遂げる。『過去への復讐』にはこの上なくうってつけ。世の中の連中に対して、『これがお前らが望んだ世界や』って言ってやるにはこの上なく好都合。
オレにとってはこれも1つの戦い……というか、むしろ『プロ野球選手』ってのは手段で、こっちが目的くらいに思っとる。初音がアイドルであることも、価値を保証する手段として捉えてるように。
……そんな利用し合う関係でも、お互い最低限の筋を通してれば問題なし。オレみたいな男が良い女を得るための手段を『稼ぎ』だけに限定したのは世の中の方。『真実の愛』だの何だの、そんなくっさいもんを求められない宿命を生まれつき与えたのもオレやない。他人にとやかく言われる筋合いなんてないわ。
「明後日からまた試合やっけ?」
「……おう。仙台でウッドペッカーズ戦や」
連勝中で、交流戦明け初っ端からあのワカメ野郎と勝負。絶対に負けられへんな。今年ウッドペッカーズがずっと首位を争ってるってのもあるし、オレ自身も『ウッドペッカーズ戦が得意』って触れ込みやのに今年はあんまり打ててへん。
今日こうやって初音と逢ったのも、移動や調整の前に英気を養うため。『オレはこんな女も抱ける』っていう自尊心を取り戻すため。気持ちの時点でワカメ野郎に負けてちゃ話にならんからな。




