第百二十四話 泣きのもう1打席(4/6)
******視点:三条菫子******
「初めての4番起用で初めてのサヨナラなんて、随分持ってるじゃない」
「もっと前の打席で打ててたら苦労しなかったけどね」
自宅マンション。ボールを指で弾いて空中でクルクル回すのを繰り返しながら、スマホを耳に当てる。
逢からの電話がかかってきたのは夜遅く。ナイターの延長戦、さらにはヒーローインタビューの後じゃしょうがないわよね。
「すみちゃんは4番打ったこといっぱいあるよね?」
「まぁポジションがポジションだから3番5番辺りの方が多かったかもしれないけど、それなりに。やっぱりプロの4番はプレッシャーだった?」
「プレッシャーというか……感覚的なことだから口で説明するのは難しいけど、変な『揺らぎ』が出ちゃうね。『絶対打たなきゃ』って気持ちで。だからバッティングに変なブレが出て……」
「でも最後はちゃんと打てたわね」
「ブレを織り込めたからね。まぁ今日慣れた分、明日はもうちょっと打てると思うよ」
「……ところで逢は法隆寺って知ってる?」
「えっと……名前だけは。歴史の授業か何かで……京都時代のお寺だっけ?」
「え……?」
ボケたんちゃうやんな……?
「……飛鳥時代よ。1度建てた後にもう1度建て直したんだけど、そこから数えても1300年くらいの歴史を持つ建物。その中に五重塔ってのがあってね」
「『五重塔』……名前的に5階建ての塔?」
「海外の五重塔は大体そうなんだけど、法隆寺のとか日本の大体のは中に階段がない吹き抜けの構造になってて、実質1階建て。イメージ的には床と天井に穴の空いた1階建ての小屋を5つ積み上げたような感じね」
「ふぅん」
「その法隆寺の五重塔ね、木造でものすごく古い建物なのに、この地震大国の日本で今まで1000年以上、地震で倒壊したことがないのよ。何でだと思う?」
「そんなの、このあたしにわかると思う?」
「そうね。ごめん。確たる理由がはっきりしてないから正確には私も100%はわからないんだけど、建物自体をあえて柔らかく造ってるのと、心柱が関係してると言われてるわ」
「心柱?」
「五重塔には一番上の屋根も突き抜けるくらい長い柱が真ん中に立ってるのよ。それが心柱。串団子の串みたいなものね」
「その串がすごい丈夫だから倒れないの?」
「いえ。さっき『五重塔は吹き抜けになってる』って言ったと思うけど、心柱はその吹き抜けを通ってるだけで、建物自体にはほとんどくっついてないの。団子というよりはドーナツの穴に串が通ってるみたいな感じね。だから一般的なイメージの柱としてはほぼ機能してないわ」
「それ意味あるの?」
「建物を建てるだけなら全く必要ないわね。ただ、耐震性となれば話は別。簡単に言うと、普段くっついてない心柱が建物本体とは逆の方向に揺れることで支えになりつつ、お互いに揺れを打ち消し合うのよ」
「揺れで揺れを打ち消す……」
「そう。地震に強い建物を建てることになったら、普通は『3匹の子豚』みたいに、単純に頑丈な材料を使って揺れにくいものにしようって考えると思うけど、逆の発想ね。あえて揺れるくらい柔軟にすることで建物を壊れにくくして、その上で揺れもなるべく抑える。この仕組を大昔の人間がどこまで意図してたのかはわからないけど、帝都のスカイツリーとか、ご近所にある天王寺ハルカスにも同じような技術が採用されてる優れものなのよ」
「……バッティングにも同じことが言えるってこと?」
「『技術の良い悪いと古い新しいは関係ない』って意味でも、『ベストなバッティングを再現し続ける方法』って意味でもね」
「…………」
「貴女は今日『4番』ってものを経験したから、その経験は確かに明日以降に活かせるはず。ただ、『4番をやることの揺らぎ』は常に同じ振れ幅とは限らない。それに、貴女自身もこれから先、歳を取ったり、酷い場合は後遺症が残るような大きな怪我をするかもしれない。絶対不変のものはこの世にない。周りだけじゃなく貴女自身も、貴女を惑わす『揺らぎ』を生み出し得る。『4番を経験した』とかそういう慣れを都度都度織り込んで『とにかく揺らがないこと』を目指すよりは、最初から『揺らぎ』を打ち消せる『揺らぎ』を自分自身で生み出せるくらい柔軟でいた方が、ベストなバッティングを維持しやすいかもしれないわね」
「……その話、今日の試合の前に聞きたかったよ」
「肌で感じる経験も大事。貴女は私や振旗コーチの話を鵜呑みにし続けただけでここまで辿り着けたわけじゃないでしょ?」
「ごもっとも」
「明日はもっと打ってくれるのよね?」
「もちろん」
「期待してるわ」
「ありがと」
いつも通り自然な流れで通話が終わる。
……貴女と違って、私は既に一度ポッキリ折れた塔。だけど、私の戦いはまだ終わったわけじゃない。だから貴女も、折れたりしないでそのまま伸び続けなさいよ?誰よりも高く。そうでなきゃ、私の望みが叶わない。
「あと少し、もう少し……」
あの子に対しても、私に対してもそう呟きながら、指でボールを弾き続ける。
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