第百二十四話 泣きのもう1打席(2/6)
******視点:リーナ・イェーガー******
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、雨田に代わりまして、イェーガー。ピッチャー、イェーガー。背番号99。キャッチャー、先ほど代打で出ました相模に代わりまして、有川。キャッチャー、有川。背番号0」
なかなか痺れる場面で使ってくれるじゃないか。やはり環境に関係なく、接戦は良い。
「2番レフト、■■。背番号■■」
「そろそろ勝ち越しじゃ!」
「椎葉の気張り無駄にすんなや!」
「スナイパー!しっかり抑えてくれや!」
「4連勝と貯金まだあるで!」
実力があるとは言えルーキー投手を最終回まで引っ張ったり、窮地の場面であえて年長のあまり起用されていない投手に頼ったり。さらにはあの月出里の打順をわざわざ下げたり。私からすると正直、日本の野球には不可解な部分が散見されるが、それでも良い選手は育つ。どんな土からでも美しい花は咲く。
「ストライーク!」
「まずは膝下いっぱい!151km/h!!」
おかげで私も楽しめる。
("メジャーの大物"だか何だか知らねーが……)
「!!!」
「ピッチャーの足元抜けた!センター前!!」
(同じ土俵に立ってる以上、打てなきゃ商売あがったりなんだよ!)
「ええぞええぞ!」
「この回で勝ち切るぞ!」
外に投げ切るつもりが、肩口からど真ん中に入り込むカーブ……日本の野球も2番に強打者を置くチームもあるようだが、ここは命拾いした。ホームランにならなかっただけまだ運が良かった。
……今日はあまり緩急に頼りすぎない方が良いかもしれんな。
「3番センター、坂本。背番号63」
「ノーアウト一塁で打席には今日4打数3安打と非常によく当たってる坂本」
「4本目頼むで"天才打者"!」
「繋いで昴でトドメじゃ!」
『たとえ結果がシングルばかりになろうとも、ボール球を打つことになっても、四球で出るより打って出ることを重視する打者』。樹神と同じようなタイプ。こういう打者はメジャーではもはや絶滅危惧種。今の主流は『三振の数が増えようとも、打てる球を待ち、その打てる球を一発で確実に得点にする打者』。期待値という点では間違いなく後者の方が高いはず。
しかし、後者は投手側のミスに依存してる部分がある。前者は投手側の状態に関係なく、出塁をもぎ取れるポテンシャルがある。
私のような再現性重視の投手にとっては、こういう状況だと前者の方がある意味厄介。『想定通りのコースに想定通りの球を投げ続けていれば抑えられる』という教義を否定されかねんのだからな。
「ボール!」
「ストライーク!」
「外!カーブ入ってストライク!」
「ファール!」
まぁ一応、相性という点では私にとっても利はある。私は右投手だが、どちらかと言うと左打者の方が勝負しやすい。
(下手なボール球はこの"天才打者"には却ってカモられるかもですからねぇ。『いつものやつ』お願いしますねぇ)
私の対左でよく使う決め球。日本ではあまり見られず、メジャーでもフォーシームが主流になって使い手がやや減った、フロントドアのツーシーム……!
(……!!!入ってくる!)
「引っ張った!一二塁間……」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
!!?完璧なコースのはずが……アレを捉えるとは……
「いや、セカンド捕った!!!」
!!!
「アウト!」
「二塁アウト!」
「アウト!」
「一塁もアウト!ゲッツー!!徳田、またもや守りで魅せました!!!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」」」
(……ちくしょう。アイツのせいで今日ヒット2本も損しちまった……)
(うーむ、若いのが羨ましいでござる)
今のをアウトどころかゲッツーにしてくれるとはな……単純な反応もさることながら、あの体勢で二塁へ投げられる柔軟性と俊敏性。地肩がやや弱いことを除けばメジャーの二遊間と遜色ない。思わずグラブを手で叩いて賞賛。
「4番ライト、綿津見。背番号1」
(今のでランナーまで消えちまうのは理不尽な話だが……一発打てば点が取れるのは同じ。『出ていく前にもう1回、5年前のアレをやって、世話になったチームに恩返ししろ』ってことなのかもな)
ただ、まだまだツーアウト。雨田に見せ場を譲ってもらった以上、抑え切らんとな。
「ファール!」
「一塁線!切れましたファール!」
膝下……から少し浮いたツーシーム。ジャストミートは避けられたが、あのスイング。やはり一発狙い。
「ボール!」
「外カーブ、外れました!」
「ボール!」
「チェンジアップ、バット止まりました!これでツーボールワンストライク!!」
……冷静だな。あんなあからさまなスイングの後でもこの見極め。『将来的にメジャー挑戦するであろう日本球界の有望株』の1人として彼女の名は向こうにいた時から聞いていたが、伊達ではない。
(『向こうに挑戦する資格があるっていう証明』……そんなことのために打つつもりはねー。今はただ、"スティングレイの不動の4番様"として、目の前の投手を打ち崩すまでだ……!)
『少しばかりメジャーをかじった人間として格の違いを見せつける』。そんな偉そうなことを宣うつもりはない。同じ舞台に立つ者同士として、貴様に勝つ……!
(高め……!)
「高く上がった!センター下がって……!!」
「「「「「行けぇぇぇ!!!」」」」」
「入れ!入れ!」
「ホームラン!ホームラン!」
「……アウト!」
「フェンスの手前、捕りました!イェーガー、最後は154km/hまっすぐでねじ伏せました!」
「あと一伸び足りなかったですねぇ……」
「「「「「あああああ……」」」」」
(……ツーワンでオレとしても打ちにいきたいとこ。向こうとしてもカウントを整えたいとこ。自慢のコーナーを突く変化球と思ったら、まさか真っ向勝負でくるとはな。おかげでほんの少し詰まっちまった)
良く言えば紙一重、悪く言えば運任せ。それでも打ち取れた。
……あの花城という投手にあの場面を任せたのは不可解ではあったが、学びもあった。常に賢く抑え続ける必要などない。臆さず腕を振れば、数字が伴わなくても結果は伴う。そういう気概がなければ乗り越えられない場面もある。特に今日のように、変化球が若干甘くなるような時はな。
「これでスリーアウトチェンジ!スティングレイ、先頭打者が出塁しましたがこの回も得点ならず!2-2のまま11回の裏に入ります!」
「サンキュースナイパー!」
「よう抑えたわ!」
「流石"サイ・ヤング候補"!」
「まだまだ勝ちあるで!」
「チッヒの一発無駄にすんなや!」
『サイ・ヤング』というワードで過大に持ち上げられてるのは理解しつつも、声援に応えながらベンチへ引き上げる。
「ヘイ、徳田」
「……?」
ベンチで肩を冷やす準備をしつつ、通訳越しに徳田に話しかける。
「素晴らしい守備だった。メジャーに挑む気はあるのか?」
「……残念だけど、アタシって子持ちの人妻だから、今はそっちが優先かな?」
「そうか」
やはり不可解な部分はありつつも、日本の野球のレベルというのは侮れん。単にメジャーに挑戦する日本人のレベルもさることながら、こういう"事情があってあえて挑まない実力者"も埋もれてるのだからな。
「11回の裏、バニーズの攻撃。4番サード、月出里。背番号25」
私だけではなく、バックもこれだけ頑張ったんだ。無駄にしてくれるなよ、月出里?




