第百二十三話 一番地味な打順(4/4)
******視点:天野千尋******
あとワンナウト。とうとうここまで点が取れなかったけど、逢ちゃんが繋いでくれたおかげで何とか4打席目が巡ってきた。
「ツーアウト二塁で打席には天野。バニーズ移籍後はほとんどの試合でファーストとして起用されていましたが、今日は7番ライトでスタメン出場。7回には守備で貢献しましたが、打席では今日ここまでノーヒット」
「チッヒ!何でもええからどうにかしてくれ!」
「また借金生活は嫌なんや!」
「ホームランホームランチッヒ!」
何年か前まではこういう展開だともうとっくにファンの人達は諦めムードになってたけど、今年は最後までみんな諦めずに声援を送り続けてくれてる。一時期4番を任せてもらってたのに、また下位打線からやり直しになったぼくに対しても、『きっと打つ』って思ってくれてる。
「いける!いけるど椎葉!」
「ここまで来たんなら7番バッターなんて一捻りじゃ!」
「ウイニングランのつもりで投げ切れ!」
……『7番バッターなんて』。確かにそう。『一番地味な打順』って多分7番だよね?
1番から5番は上位打線だから、地味なんてことは絶対にない。2番はやることは地味かもしれないけど、最近は強打者の打順っていうイメージもあるし。6番は日本の野球だとむしろ2番より打てる人がいるのも珍しくないし、クリーンナップを返す役割ってことで一発長打のある助っ人外国人がよくいるイメージ。8番は草野球だと『ライパチ』ってのがあるし、プロでDHがなければピッチャーのバントを活かしたり打順調整のために意外と出塁が求められたりする。9番はDHなしならピッチャーの打順の代名詞で、DHありでも上位打線への繋ぎ役として意外と重視されやすい。
でも、7番は『7番ならではの何か』っていうのが本当に思い浮かばない。せいぜい『6番の次に打てる人』くらいのもの。これと言って決められた役割がなく、何か役割を作るとしても前後の打者とか個人個人の野球観とかで意見も変わってくる。少なくとも"主役"にはなり得ない打順。
「ストライーク!」
「まずはカーブから入りました!」
その反面、4番は何かと"主役"を求められがち。そしてその分、ある意味『一番不自由な打順』。チーム一つを背負わされて、なかなか伸び伸びとはやれない。そのせいか今日の逢ちゃんは打ててないけど、それでもその打順に置かれてる以上、周りから『ぼくより上』と認められてるのは間違いない。本当にすごいバッターになったよ。
逆に今ぼくが打ってる7番は『一番自由な打順』。だって……
「!!!センター下がって……」
(まさか……)
「は、入ったァァァァァ!!!同点!ツーランホームラン!!天野、2021年シーズン第1号は、9回ツーアウトからの起死回生の一発!!!」
「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
『7番は目立っちゃいけない』なんて決まりもないしね……!
「チッヒぃぃぃ!!!お前最高や!」
「ようやった!ほんまようやった!」
「やっぱりチッヒが主砲じゃないか(手のひら返し)」
「守備もバッティングも完璧や!」
「ラブリーチッヒ」
ダイヤモンドを周る時の歓声。何度も経験したけど、今日ほど祝福でいっぱいなのは、もっとファンがいっぱいのジェネラルズにいた時にだってきっとなかった。
「己!故郷に後足で砂かけるような真似しくさりおって!」
「椎葉の完封も勝ちも全部おじゃんじゃ!」
「今から広島帰ってくるんなら許しちゃる!」
……東京生まれの昴ちゃんが広島の球団で花開いて、広島生まれのぼくが東京の球団でつまづいて。そこまでだと『ただの悲劇』でしかないけど、こうやって大阪の球団で居場所を作れた。
「今ホームイン!2-2!バニーズ、土壇場でゲームを振り出しに戻しました!」
「ナイバッチ!」
「よく打ってくれた天野くん!」
「でゅふふ……完全復活ですねぇ」
ベンチ前でみんなとハイタッチ。
「……天野さん、さすがです!」
先にホームインしてた逢ちゃんとも。よくわからない間があったけど。
「やっぱり打つ方は心配なかったわね」
「コーチのおかげですよ」
そして最後に振旗コーチとも。
ここまでのゲーム内容からもわかるように、今日の椎葉くんは失投らしい失投があんまりなくて、なかなか付け入る隙がなかった。それが最後の最後に、ようやく打てる球を投げてくれた。きっとあと少しでゲームが終わりで、相手がぼくだったから。逢ちゃんが相手だったらきっとこんなことはなかった。
そしてぼく自身も、何も背負わない7番だから打てたんだと思う。ずっと背負ってたぼくにとっては、何も背負わないことがどれだけ楽なのかがよくわかる。何にも揺るがされることがなかったから、ぼくはぼくのスイングができた。自由な立場なりの役割を果たすことができた。
「……ん?」
ベンチで水分補給してる間、ふと逢ちゃんの方を見ると、何だか不機嫌そうな顔。
「コーチ。逢ちゃん、どうしたんですかね?もしかして体調悪い……?」
「ああ、うん……ひょっとしたら一発打ったあんたに妬いてる……とか?」
「え……逢ちゃんがぼくに?何で?」
「あ、うん……まぁそうよね……」
かつてぼくは球団一つの将来を背負わされて一度は外野の守備もできなくなるくらいボロボロになったけど、逢ちゃんは去年国一つ背負って戦い抜いた。ホームランだって今年チームで一番打ってるんだし、ホームラン抜きでもどう考えても逢ちゃんの方が選手として絶対すごいんだから、そんなことする理由がないと思うんだけど……




