第百二十三話 一番地味な打順(3/4)
******視点:月出里逢******
「スティングレイ先発の椎葉、最終回のマウンドにも上がります。ここまで8回無失点9奪三振3四球。この回を0で抑えれば、プロ1年目にして2度目の完封勝利となります」
「よっしゃよっしゃ!ええ根性しとるぞ椎葉!」
「今時のモヤシピッチャーと違ってウチの先発は完投してナンボじゃ!」
「9回の裏、バニーズの攻撃。4番サード、月出里。背番号25」
「最終回、2点を追いかけますバニーズ。先頭打者は先ほど素晴らしい守備を魅せました月出里。今日はプロ入り初の4番としての出場となりましたが、ここまでノーヒット」
「ちょうちょ!今回はチャンスやないで!」
「とりあえず繋いでくれや"守備の人"!」
今日はようやく待ちに待った『4番』。6月に入ってから絶好調だったから絶対やれると思ってたのに、蓋を開ければ"守備の人"扱いに戻る始末。しかも『チャンスで打てない』のオマケ付き。去年のオリンピックや今日の試合を見てると、『4番』としてはまだまだメスゴリラ師匠の足元にも及ばないのを痛感するばかり。
「ファール!」
「ボール!」
4打席目だから当てるのには苦労しないし、見極めもできる。でも前に飛ばそうとすると何故かズレる。『今は前に飛ばしちゃいけない』っていうのだけはわかる。
「ファール!」
「ボール!フォアボール!」
「選びました!ノーアウト一塁!」
「ナイセンナイセン!」
「こういうのでいいんだよこういうので」
「十分十分!あとは金剛とかに任せとけ!」
「タイム!」
「ここでいったんキャッチャー桜田がマウンドへ向かいます」
「球数的にはまぁ大丈夫だと思いますが、大事を取ってここで継投というのも考えられますね」
……『最終回で2点取らなきゃ負ける展開』って言うと、ルーキーの時の紅白戦を思い出す。あの時の4番の天野さんは最後の打席でソロを打った。点差的にはあたしの方が賢い選択をしてるように見えるけど、実際は天野さんのホームランはクローザーのカリウスを崩すきっかけになったし、あたしのこの散歩ははっきり言って繋ぎというよりは逃げの一手。これ以外にまともな選択肢がなかったってだけ。
きっとこういう時に空気を変えられるのが、若王子さんとかみたいな『本物の4番』だよね……
「プレイ!」
「ここは続投のようです!」
「5番ファースト、金剛。背番号55」
点差的に盗塁はリスキーだからするつもりはないけど……
「一塁牽制!」
「セーフ!」
ちょっとでも集中が切れるよう、ランナーとしてやれるだけのことはする。
でもこういうのは、1番を打ってる時に身に付けたことなんだけどね。やっぱりあたしには4番なんてまだ早かったのか、あるいはガラじゃないのか……
「ライト方向!しかし伸びがありません!」
「アウト!」
「高いバウンド!サード捕って……」
「アウト!」
「一塁アウト!」
「セーフ!」
「一塁ランナーは二塁へ!しかしこれでツーアウト!」
「もう100球超えてますが、球がしっかり走ってますねぇ」
「おっしゃ!あと1人じゃ!」
「一応得点圏じゃ!油断するな!」
「気張れ椎葉!」
集中を切らしたかったけど、完封がかかってるからか今の椎葉さんは乗りに乗ってる。金剛さんと佳子ちゃんの長打力は頼りになるけど、あの緩急で思いっきり泳がされちゃどうしようもない。
「7番ライト、天野。背番号32」
……ラストバッターは天野さん。この場面で……
もちろん勝つのが最優先なんだけど、あたしにとっては何とも当てこすりな展開。どう転んでも悔しくなりそうで……




