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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百二十三話 一番地味な打順(2/4)

******視点:花城綾香(はなしろあやか)******


花城(はなしろ)さーん!ファイトーっす!!」

「ここ凌いだら勝ち投手ありますよ!」


 この場面でのわたくしの登板を不安視する声もチラホラと聞こえる中、早乙女(さおとめ)さんと相模(さがみ)さんは暖かい声援。再び育成に落ちて這い上がったばかりで、年齢的にももはや崖っぷちのわたくしには過ぎた名誉ですわね。

 伊達(だて)さんが今のわたくしに期待するのは、おそらくいわゆる『ベテランの力』。もちろん、わたくしもプロ野球に長く身を置いてきましたから、そういうものが決してまやかしではないとは思ってます。

 ですが、わたくしとて人間。当然、緊張だってします。せっかくブルペンを出る前に塗り直したリップクリームももう乾いてしまいそうで。

 今の立場でこのような場面を任されるのは、おそらくわたくしへの信頼からというより、崖っぷちのわたくしに与えられた最後のチャンス。ここを凌げばまだプロを名乗れる反面、凌げなければもう居場所がない。きっとそういうことなんでしょうからね。

 こういう場面を乗り切る方法は人それぞれでしょうが、わたくしは『うまくいかなかった時』を極力考えないで、『なるべく見栄え良く上手くいった時』を考えることにしましょうかね。

 ……そう言えばスティングレイはわたくしが生まれるよりもさらに前、大ベテランが自ら窮地を招きながらも21球かけて最終回を締めくくり、球団創設以来初の帝国一になったことで有名ですわね。この窮地はわたくし自身で招いたものではありませんが、目指してみるのも一興ですわね。


「6番キャッチャー、桜田(さくらだ)。背番号31」

「9回の表、2-0、ノーアウト満塁。バニーズはもう1点も与えたくない絶体絶命の場面で、打席には23歳の若きスラッガー、桜田。"将来の正捕手候補"として首脳陣からもファンからも大いに期待されています。今日は3打数1安打」


 わたくしより一回り以上若い上に捕手ながら、一線級の打力。左対左でも、まともに勝負したら勝てる気が全くしませんわ。


「ボール!」

「まずは外まっすぐ、外れました136km/h」

(向こうはサイドハンド気味のフォームで左右に揺さぶるタイプ。確かにボールの出どころが少し見えづらいのは面倒ですが、三振はそこまで恐れる必要はない。フォアボールでも十分致命傷のこの場面、じっくり行かせてもらいますよ)


 満塁でありながら初球ボール。『臆した』と思って頂ければ幸いですわね。


「!!!」

「ストライーク!」

「またまっすぐ!今度は入りました!見逃してストライク!」

(ここでほぼど真ん中……)


 おそらく今のわたくしにとって、真っ向勝負で辛うじて通用するのは、元からの武器であるスライダーとシュートくらい。この歳になるとそれらだっていつ折れてもおかしくない鈍刀(なまくらがたな)。そんなものでも、あとアウト3つを取るには出し惜しみしなければならないのですよ。


「ファール!」

「ここもまっすぐ!」


(まさかまさか……)


「おいドクター!今の仕留めろや!」

「いつも通りやったら打てる!ヘタレるな!」


 サイド気味に投じられてはいるものの、遅いまっすぐ。ですが、だからこそここは通せた。『打てて当たり前』という気持ちも、スイングをわずかに狂わせる。

 ……と言えば聞こえが良いですが、実際のところは単なる博打。桜田さんの心理状態はともかく、わたくしとしては単に『好打者ですら打率3割』というのにすがりついただけの1球。言ってしまえば『お祈りストレート』。

 ですが、この点に関してだけは向こうの桜田さんよりもわたくしの方が有利。桜田さんとて『プロの好打者であっても平凡な投手の何でもない球で打ち取られることがある』というのを知識としては知ってるでしょうけど、球の遅いわたくしは20代の頃からプロの舞台でそれを何度も実際に経験してきたのですから。


(確かに『お祈り』ではあるけど、『おじぎ』はしてへん。しっかり指のかかったまっすぐ。たとえ少々遅かろうと、少々甘かろうと、キレのあるまっすぐはそう簡単に前に飛ばへん。それを頭だけやなく身体でも心でも理解してるからこそ、このまっすぐは投げられるんやろうな)


 ……何にしても、欲しかったツーストライクが取れた。


「三塁牽制!」

「セーフ!」

(まぁスクイズもあり得る場面ですからね……)

「もう1球牽制!」

「セーフ!」


「おいィ!早よ投げろや!」

「そんな球、小細工せんでもドクターは打つわ!」


 最後はこれで……!


(!!!クイック!高めまっすぐ!!)

「打ち上げた!しかしこれはセンター浅いところ……」

「アウト!」

「捕りました!ランナーはスタートを切りません!」


「「「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」」」

「まだまだやれるやんけ花城お姉様!」

「全球ストレートとはたまげたなぁ……」


(ど真ん中覚悟のまっすぐから一転、()らして打ち気を誘って、最後は高めボール球……してやられましたね)


 どうやらわたくしは、まだ制球も武器にできるようですわね。ざっくばらんでもこれだけ投げ分けられるのならどうにかなりそうですわ。

 ですが、ここを切り抜けられたのは単に場数で(まさ)ってたからというだけの話。100の力を持つ桜田さんが50しか力を出せない中、60の力しかないわたくしが60を出し切れただけ。桜田さん、これからの球界を担う良い選手になることを期待してますわよ。


「7番サード、増田(ますだ)。背番号7」

「しかしなおもワンナウト満塁!ここで打席には増田!」


 ……投手と打者の勝負は、初見なら基本的に投手が有利。ですがわたくしは球筋を見られる以前に、手の内を見られただけで不利になるくらい(もろ)い存在。増田さんは場数に関しては桜田さんを上回ってますし、ここから先は完全にジャンケンですわね。


(ジャンケンではあるけど、それでも少しでも有利に立ち回りたい。そろそろ変化球混ぜますか?)


 そうですわね。いったんスライダーで芯を外して……


(そいつを待ってたぜ……!)


 !!!


「引っ張って強烈!サード捕っ……ああっ!」


 やられた……

 月出里(すだち)さんがどうにか追いついて止めてくれましたが、打球の勢いは強く、グラブから弾かれて……


「いや捕った!」


 !!?……弾いた瞬間に右手で……!?


(嘘だろ……!?)

「バックホーム!」

「アウト!」

「ファースト!」

「アウトォォォォォ!!!」

「一塁もアウト!ゲッツー!!月出里、ここでビッグプレー!!!」


「「「「「いよっしゃあああああ!!!!!」」」」」

「ナイスや"守備の人"!」

「4番は散々やけどようやった!」


 あのキャッチからすぐさま鋭い送球。結果的には通常よりもさらに早くクラブから投げ手に握り変えたようなもの。ミスですら守備の動作の一部にしてしまったようなもの。ほんと、とんでもない反射神経と運動能力ですわね。ですが、命拾いしましたわ。


「スリーアウトチェンジ!バニーズ、1点こそ失いましたがノーアウト満塁の窮地をどうにか切り抜けました!2-0、バニーズ、最後の攻撃に入ります!」


「月出里さん、ありがとうございます。本来ならわたくしの負けでしたわ」

「あたしが捕れるところに打たせた時点で花城さんの勝ちですよ」

「……!」


 あの頃から育ったのはバッティングとかそんなものだけではありませんね。9番ショートでもがいてた頃と比べて本当に大きくなって……


「花城くん、よく凌いでくれた!」

「ナイピーっす!」

「流石っす花城さん!」


 月出里さんと共にベンチに戻ると、伊達さんと早乙女さん、相模さんからの(ねぎら)い。


「いえ、運が良かっただけですわ」

「運を引き寄せるのも実力の内。それに、あの場面で力を出し切るなんて誰にでもできることじゃない。これからも頼りにさせてもらうよ」

「……ありがとうございます」


 『ベテランの力』も力の内ですが、逆にもうそれくらいしか残っていないわたくし。ですが、そう言ってくれる伊達さん達のために残る全てを絞り尽くして、このチームで一度は優勝したいですわね。できればその時にマウンドにいれば、それ以上の喜びはありませんわね。

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