第百二十三話 一番地味な打順(1/4)
******視点:伊達郁雄******
とうとう無得点のまま最終回。でも向こうも1点。まだまだ勝機は全然ある。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、早乙女に代わりまして、越中。ピッチャー、越中。背番号26」
「最終回のマウンドには越中が向かいます。今シーズン24試合目の登板。防御率は3.92」
「また左か……」
「向こうはリリーフは無駄に揃っとるのう」
「でもこっちはきっと椎葉が最後まで投げるわ」
「9回の表、スティングレイの攻撃。2番レフト、■■。背番号■■」
越中くんは春先にちょっとまとまった失点をしただけで、ここ最近は内容が安定して良い。
「ストライーク!」
「1球目ストレート空振り!143km/h!」
「ボール!」
「ストライーク!」
「落としました!これも空振り!」
(もう1点もくれてやらんよ)
そして左のリリーフで、球速も特別速いわけじゃないけど、キレのあるまっすぐと、左投手としては珍しくフォークが武器だから、右相手でも十分渡り合える。
「ピッチャー返し!グラブ弾いた!」
捕れなかったけど、打球は死んで手元に転がってる。これなら……
「ああっと!ボールをこぼした!」
「セーフ!」
「一塁送球間に合いません!記録はピッチャーのエラー!」
「おーん……」
「エイちゃん、何を力んどるんや(その目は優しかった)」
「これは教育やろなあ」
(やっちまった……)
ビハインドゆえの焦り……ってとこかな?
「スライダー打って……レフトの前!坂本、これで今日3安打猛打賞!」
「4番ライト、綿津見。背番号1」
「麟!最高じゃ!」
「このままトドメじゃ!」
「昴!そろそろ決めろや!」
「タイム!」
「ここで内野陣がマウンドに集まります」
この回を任せた以上、ここではまだ代えない。幸い綿津見くんの調子はあまり良くない。越中くんに何とか凌いでもらう。
「プレイ!」
(まぁ当然勝負だろうな。今日のオレ相手なら)
「ボール!」
「初球から落としました!」
綿津見くんは選球眼に加えて、どの方向にも満遍なく打てて、軽打も長打も巧みに使い分ける万能打者。苦手なコースや球種も少ない。ただ、フォーク系だけはあまり得意じゃない。特別左に強いってわけでもないし、越中くんは綿津見くんとの相性は悪くない。
(それでもな……!)
!!?
「フォーク打った!ライト大きい!!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
(読まれた……!しかもこんな時に落ちきらなかった……)
「セーフ!」
「二塁ランナーホームイン!2-0!」
(これ以上はさせない……!)
「ライトからセカンドへ!一塁ランナーは三塁へ、打った綿津見は二塁へ!綿津見、タイムリーツーベース!ようやく主砲が目覚めました!」
「それでええんじゃ昴!」
「"スーパーメスゴリラ"降臨じゃ!」
「「「「「昴!昴!昴!昴!」」」」」
(1点目は忍さんに頼っちまったけど、決定打くらいは打たねーと逢にもカッコつかねーよな……!)
ここ一番での勝負勘……4番としての役者が違ったね。さっきのリリィくんと十握くん、月出里くん、そして越中くん。力はあるけどまだまだ若さはある、か。
……ならここは"彼女"に頼るしかないか。
「ここで伊達監督がベンチから出てきて……申告敬遠です!」
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、越中に代わりまして、花城。ピッチャー、花城。背番号57」
「そしてピッチャー交代です。ノーアウトランナー満塁、絶体絶命の場面を35歳のベテラン左腕に託します!」
「えぇ……ここで花城お姉様……」
「いやいやいやいや、もう1点もやれへんやろ……」
「4連勝と貯金がかかってるのにちょっと博打すぎるやろ……」
リリーフの運用は今のところ上手くいってるけど、それでも薄氷の上のバランス。優勝争いをしていくにはここ一番での戦力を増やしていく必要がある。『ベテランの力』なんて言ったら年寄りくさいと思われるかもしれないけど、今の若い選手中心のバニーズにはきっと必要なピースだと信じてる。