第十四話 決められてたんだよ(4/9)
7回裏 紅3-4白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
[控え]
雨田司記[右右]
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9代 桜井鞠[右右]
投 牛山克幸[右右]
[降板]
三波水面[右右]
早乙女千代里[左左]
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******視点:柳道風******
フォッフォッフォッフォッ……結果的に山口は2回1失点か。まだまだ実力不足ではあるが、それを承知の上で堂々とピッチングしたからこそバックも懸命に応えた、と言ったところじゃの。
この白組優勢の流れは決して偶然の産物ではない。序盤は主に徳田と氷室、中盤からは月出里が潜在能力を発揮し、そして冬島が全体を上手く取りまとめて引き寄せたもの。半ば必然と言ってもよかろう。
そして逆に紅組は苦しい展開になってしまったのう。氷室に抑えられてた上位打線にようやく挽回のチャンスが来たと言うのに、奇襲を封殺され、同点タイムリーまで潰された。まだ好調の金剛が次の回に控えておるが、白組も雨田を控えておる。
流石の紅組でも、ここから主導権を奪い返すのは容易ではなかろう。
(山口さんが2回を完走しきってくれたおかげであのプランも温存できた……これなら残り2回、いける!)
「7回の裏。紅組、選手の交代をお知らせします。9番、桜井に代わりまして、土生。9番キャッチャー、土生。背番号28」
7回の表に真壁のところに代打を出したから、去年の二番手捕手の土生を投入。当然、二番手捕手である以上、総合力では真壁の方が若干秀でてはおるが……
「スリーアウト!チェンジ!!」
「ファインプレーの後だからって、そう上手くはいかないよね……とほほ……」
キャッチングとブロックに関しては真壁よりは多少安心できる。低めに大きく落ちるチェンジアップが持ち味の牛山がより本領を発揮しやすくなり、相手も6・7・8番であれば、三者凡退は半ば必然の結果。
「8回の表。白組、選手の交代をお知らせします。ピッチャー山口に代わりまして、雨田。ピッチャー雨田。背番号19」
「おっ、遂に雨田か!」
「雨田ー!ワイはまだ信じとるでー!!リベンジかましたれやー!!!」
「結局、神楽ちゃんは投げねぇのかなぁ……?」
「もしかしたら完全にバックアップに専念するのかもな。別に全員投げなきゃいけねぇわけでもねぇんだし」
やはり来たか。少なくとも単純な球威だけなら白組で最も優れる雨田をトリにしてシャットアウト。まぁベターな選択と言えよう。
「雨田くん……」
「言わなくても良いですよ。今日のボクは氷室さんにエースの座を譲ったただのリリーフの1人です。勝手なことを言ったりしません。あのプランだって受け容れますし、冬島さんの指示にもちゃんと従いますから」
「…………」
「……別に、宗旨替えして殊勝なことを言ったんじゃないですよ。単に立場を弁えてるってだけの話です」
「そうか……そんじゃ、頼んだで」
『確かに2点取られちゃったけどね、でもこのままリードを保って何とか雨田くんに繋いでみせるから!そのためにも、わたしももっと頑張るから!』
(あの"ピッチャー失格"だって、下手なりにちゃんと有言実行したんだ。ボクができないのは沽券に関わるからね)
「4番レフト、金剛。背番号55」
(いきなりの難敵……リベンジといきたいとこだけど……)
元々どんな状況でもスペックが左右しにくい投手ではあるが、それを込みでも落ち着いておるのう。一週間前の大炎上の口火を切った相手だと言うのに。よほど隠してる策に自信があるのか……
「うぉっ……!!?」
「フェア!!!」
「セーフ!」
「「……ッ!」」
「いやぁ、今日の金剛はほんま当たっとるなぁ……」
「これは濡れスポ前の金剛」
外直球を弾き返して、レフト線際へのツーベース。今回はバッテリーや秋崎の不手際などではなく、単純に金剛の技有じゃな。
(覚悟はしとったけど、やっぱり抑えきれんかったか……まぁ一発やなかっただけで上出来としとくか)
「5番ファースト、グレッグ。背番号56」
「サァ……ソロソロがちデ打タセテモラウゼ」
去年の打撃成績、総合的には金剛が最も優れておったが、ホームランの本数に限って言えばこのグレッグがチームで最多。キャリアの大半がマイナーとは言え、かつてはメジャーでも将来を嘱望されたスラッガー。先週の試合でも雨田の速球に対応できておった。この難敵をどう切り抜けるかのう?
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******視点:雨田司記******
「次の紅白戦までに習得できる球種?」
「……今のボクじゃ、力押しのピッチングだけでは無理だとわかったので」
先週の失態から、恥を偲んで旋頭コーチにアドバイスを求めた。
「私を相談相手に選んだ理由は?」
「単純に旋頭コーチの投手としての実績と、二軍でも速球派を指導してるってのもありますけど……旋頭コーチもボクと同じように独自路線で投球を磨いてきたから参考になる部分がきっとあると思って……」
「なるほど、それは光栄ね。確かに私も貴方とは共感できる部分がある。独りよがりにならずに相談を持ちかけたという点も評価できる。だから私も真摯に答えてあげるわ。結論から言うと、ない。正確に言えば全くないわけではないけど、習得だけできても使い物にならない球種なんて、貴方は求めてないでしょ?」
「……はい」
「貴方のフォームは良い真っ直ぐとスライダーを投げるという目的のもとで少しずつ培われて形となった産物。それ自体は全く悪いことじゃない。実際に貴方の真っ直ぐとスライダーは威力だけなら現状でもプロで十分通用する代物。だけど、逆にそれ以外の球種の拡張性に乏しい」
この答えを聞いて、むしろ安心した部分もある。ちゃんとボクの現状を正確に分析した上でこその答えだから。
「だからと言って球種を増やすためだけにフォームを改造するのはもっとおすすめできない。せっかくの真っ直ぐとスライダーの威力が落ちる危険性があるし、使う筋肉の違いから故障を誘発するリスクもある。レベルアップを図るのなら今の球種を磨くことね。特に制球面。それと、貴方は他にもチェンジアップを投げるけど、あのチョイスは正しいわ。今はフォームでバレてるけど、それでもチェンジアップ自体は本来速球に近いフォームで投げられる球種。磨けば必ず武器になる」
「でも、それだと一週間じゃ……」
「心配いらないわ。球種を増やすのは無理でも、今自分が武器だと認識してない武器を駆使すれば良いのよ」
「……え?」
自分で言うのも何だけど、ボクは投手としてそこまで引き出しがある方ではない。むしろ最小限の球種のままシンプルに球威で圧倒できるのこそが本物の好投手だと思ってるところがある。だから旋頭コーチのこの発言には寝耳に水だった。
「貴方は『より良い打者を抑えるにはより強力な球威で』と考えすぎてる節がある。最大値を高めて期待値を引き上げるというアプローチは現代的だし、最も効率的でもあるのは確かだけど、投球はそれだけがすべてじゃないわ。打者を抑えるアプローチは他にもあるし、貴方にだってそれが実現できる余地がある」
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