第百二十二話 揺らぎ(4/6)
******視点:伊達郁雄******
ここ最近打線が好調だったから、久々にゼロ進行のまま6回に突入。
「レフト見上げて……」
「アウト!」
烏丸くんはここまで好調。どっちも零封してるけど、出塁の少なさという点ではこっちの方が有利。そして出塁が少ない分、球数も抑えられてる。これはいけるとこまでいってほしいところ。
「1番セカンド、千石。背番号33」
「ツーアウトランナーなし、スティングレイ打線は三巡目に入ります。打席には千石。今日はここまでピッチャーゴロに三振でノーヒット」
「くにを!三巡目も3939頼むで!」
「完封完封!」
「打線ええかげん援護したれや!」
今日の向こうの打線で烏丸くんに合ってそうなのは3番の坂本くんくらい。千石くんは烏丸くんの落ちる球に上手く引っかかってくれてる。警戒すべきは次の回……
「!!!レフト上がって……!」
あ……
「入りましたホームラン!!!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
「ほげえええええ!!!!!」
「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
(投手戦で、しかも昴の調子も上がらないのなら、1番の仕事にこだわらずこの手に限るでござる)
……まさかこのタイミングで『びっくり箱』か。
千石くんは小柄で見た目通りの守備走塁タイプだけど、何気にプロに入って約10年、ほぼ毎年2桁本塁打を放ってる。シーズンによっては3割も軽く超えてくるし、今みたいにさっきまで手も足も出なかった落ちる球を急に捉えて一発とか、本当に計算できないタイプの打者。
(クッソォ……話には聞いてたけど、こんな急に……)
「センター見上げて……」
「アウト!」
「捕りました!これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、千石のソロホームランで待望の先制点!1-0、スティングレイのリードです!」
とりあえず大崩れはしなかったか……
「烏丸くん、次の回もいけるかい?」
「はい!勝てるまで投げたいっす!」
「それは頼もしい。ちょっと苦しい場面だけど、できるとこまで0で抑えてほしい」
(つまり交代の目安は次の失点ってとこか……風刃や山口にばかりデカい顔させたくねぇんだが……)
「6回の裏、バニーズの攻撃。2番指名打者、オクスプリング。背番号54」
幸い、こっちはこの回上位打線から。それに、こっちも三巡目。
僕としてもこれだけ好投してる烏丸くんを降ろすのは忍びないからね。念の為、夏樹くんと早乙女くんに準備してもらってるけど、この回で何とか巻き返してほしいところ。
(そろそろタイミングはわかってきたで……!)
「痛烈!ライト前!」
「ナイバッチリリィ!」
「逆転いけるで逆転!」
「3番レフト、十握。背番号34」
(忍さんを信じて、ここはカットボールを引っ掛けさせて……)
「ボール!」
(引っ掛けさせる気だろうね。なら甘い球にだけ絞って……)
「ボール!フォアボール!」
「ここは選びました!ノーアウト一塁二塁!」
(読まれた……!)
さすが、クレバーだね。リリィくんと十握くんは単に打力に優れてるだけじゃなく、こういう駆け引きも上手い。ポイントゲッターだけじゃなく、チャンスメーカーもこなせる。
「4番サード、月出里。背番号25」
初めての4番起用で、ここまで3打席全部得点圏。打線そのものは想定通り機能してる。そして単純な確率論以前に、月出里くんは後の方の打席で打つ傾向が強い。そろそろ1本を期待したいとこだけど……
(とりあえず苦手な外で……)
「!!!ライト線……」
「ファール!」
「切れましたファール!」
(危ねぇ……)
(いえ、しっかりコーナー突けてるから今のはファールになったんです。まだ球は走ってます。焦らず打ち取りましょう)
「ボール!」
「ボール!」
「これも外れました!」
よしよし、内容は間違いなく良くなってる。あとは月出里くんを信じるのみ。
(!!!やば、浮いた……)
(いける!)
「痛烈!ピッチャー右抜けて……」
よし、これで最低でも満塁……
「!?いや、セカンド飛びついて捕った!」
「「「「「ファッ!!?」」」」」
まさか……
「アウト!」
「グラブトス!二塁アウト!」
「アウト!」
「一塁もアウト!ゲッツー!!千石、ファインプレー!守りでも魅せます!!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
「ゲッツー体制とは言え、ちょうちょの打球速度で抜けへんのか……」
「こんなのテストに出ないよぉ……」
(全く、加齢による衰えというのは実に残酷でござる。『この程度』を立って捌けずファインプレー扱いなど、5年ほど前の拙者からしたら『不覚』でござるよ)
(くそッ……!!!)
千石忍が"現役トップクラスのセカンド"と称される理由は、何と言ってもあの守備。シーズン捕殺数の日本記録保持者で、プロ野球史上最高峰の内野守備力の持ち主。
20代半ばくらいまでは特に守備範囲が優れてて、数年前からその辺に衰えが見られるけど、巧みなグラブ捌きやミスのない堅実さはむしろ年々磨きがかかってる。総合的にはまだまだ一線級の名手。
「ストライク!バッターアウト!」
「外、見逃し三振!スリーアウトチェンジ!バニーズ、ノーアウト一塁二塁のチャンスを活かせず!」
「よう気張った椎葉!」
「オールスターは椎葉に樽投票じゃ!」
……椎葉くんも確かに良い投球をしてるけど、月出里くんが本調子とは言えないのも事実。あの外高め。最近の月出里くんならおそらく最低でも転がさずに外野までは飛ばせてたはず。そもそも千石くんに付け入る隙も与えなかったはずだった。
僕も一応、アマチュア時代は4番がほぼ定位置だったし、プロ入りした後もチームの中で比較的打てる方だったから、金剛くんが怪我抜けしてる時に緊急で4番を打ったりしたこともある。でもポジションがポジションだし、外国人野手もいたから、4番として長く腰を据えたことはない。
やっぱり『プロの専属の4番』というのは、重みが違うということなのかな……?