第百二十二話 揺らぎ(3/6)
******視点:綿津見昴******
お互いの先発が良い感じで、ゲームは点が動かないままもう4回。
「低め拾って……センターの前、落ちましたヒット!」
「ナイバッチ!」
「流石"天才打者"!」
(あの明らかボールのチェンジアップを拾いやがった……!?)
(この手の"変態打者"はほんまめんどくさいで……セオリー通りのリードが全然役に立たん)
オレの前を打つ麟。今日は絶好調だな。毎日結構ムラがある方だけど、乗ってる時はオレでも絶対真似できねー打ち方をポンポンやりやがる。
「4番ライト、綿津見。背番号1」
「「「「「昴くぅぅぅん!!!!!」」」」」
「気張ってけ昴!」
「メスゴリラパワー見せたれ!」
大阪なのにかつての三連覇の影響か、ウチのファンの女の子も多いこと多いこと。オレもこんな口調だし、一軍上がりたての頃は練習に専念するために髪を短くしてたからか、ああいう追っかけの子が増えたんだよなー。今じゃオレももう立派な人妻なんだけど。
さて、それはともかく。ランナーいる以上仕事しなきゃなんだが、ツーアウト一塁。麟は脚もあるが、流石にこの状況でオレ1人で点を取るとなると手段がだいぶ限られる。無難に繋ぐの重視も手ではあるが……
「…………」
……今の千尋がライトでどのくらいやれるのかわかんねーけど、少なくともジェネラルズにいた頃に何があったかはよく知ってる。オレ自身、よくいるジェネラルズファンの東京っ子だし。失敗するのが当たり前のスポーツで、失敗するたびにキツいこと言われ続けたんだから、そりゃああもなる。
オレも一応ドラ2でそれなりに期待されてた方だったが、持ち上げられすぎたり期待されすぎたりする恐ろしさは千尋を見て学んだところがある。それに、光忠っていうとんでもねーバケモンもいたしな。そのおかげで、オレみたいな一度は野球を辞めかけた半端もんが、プロになっても油断せず二軍で地道に練習に打ち込むことができたんだと思う。その点についちゃ、千尋や光忠にゃ感謝してる。
だがそれでも、これは勝負。試合に出てる以上は捌けねー方が悪い。千尋にゃ悪いが、ここは右狙い……!
「打ち上げた!しかしこれはフラフラっと上がって……」
ッ……!
「アウト!」
「ファースト、ファールゾーンで捕りました!」
「昴!何を力んどるんじゃ!?」
「バニーズ戦の昴なら色々期待できるんじゃかのう……」
意地悪なこと企んだから……じゃねーよな。野球の神様はそこまで器は小さくねー。単純にオレのミス。
……オレ自身も、バニーズ戦には色々と思い入れがある。
2016年。まだ完全にはレギュラーに定着できてなくて、このまま運悪く実力を発揮できねーままだったらどうしようかと不安だった頃。あの『2試合連続サヨナラホームラン』は監督がオレをそれ以降も使い続ける理由としては十分すぎるものになった。特に本拠地・広島のメディアにゃ、スティングレイを25年ぶりのリーグ優勝へと導く"勝利の女神"のように祭り上げられ、ファンにもえらく持ち上げられた。オレ自身も結果を出せたことで自信がついて、プロとして"一流"って言えるくらいの数字を生み出すことができた。
その点に関しちゃ、オレは恵まれてる方だと思う。きっと長いプロ野球の歴史の中で、本当はオレよりも才能があったのに、機会とか巡り合わせに恵まれないまま終わった人間だって多分いたんだろうからな。
でもその一方で、悔しくもあった。オレみたいなクールでビューティフルな良い女を"女神"扱いしたくなる気持ちはよーくわかるけど、そうすることであのホームランを『実力』とかじゃなく、単なる『チームの優勝の吉兆』……言ってしまえば『偶然の産物』みたいな扱いにされてるような気がして。そういう意味じゃ、"女神"扱いよりも"メスゴリラ"扱いの方がありがたく思える。まぁ逆にその悔しさのおかげで、次の年以降も頑張れた部分はあるんだけどな。
ただやっぱり、そういうことがあったから、バニーズ戦は特に結果を出してーんだよなー。『アレは偶然なんかじゃなく実力だったんだ』って言い続けるためにも。
それに……
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『上等だ。まずは今のオレに追いついてみな。話はそれからだ』
『追いつきますし、追い越します』
『ガハハハハ!やってみな!やれるもんならな!』
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逢にあんなこと言っちまった以上、カッケーとこ見せねーとだしなー。下手したらこのカードが逢と直接勝負できる最後の機会になるかもしれねーし。
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そして裏の向こうの攻撃。
「ライト下がって……フェンスに当たりました!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」」」
「セーフ!」
「打ったバッターは二塁へ!十握、ツーベース!!」
「ナイバッチ三四郎!」
「ちょうちょなんかよりも"最強打者"よ三四郎くん!」
うーん、やっぱ良いバッターだなー十握。オリンピックでも大袈裟に振り回してたけど、その実すげー堅実で。アイツもいつかメジャーに挑戦するのかねー?
「4番サード、月出里。背番号25」
打順が同じで投手戦続きだと、必然的に打席に入る回も大体同じになる。そういう意味じゃ、お互い刺激になってるとこはあるだろうな。
……良いか悪いかはともかく。
「ワンナウト二塁、再びチャンスの場面で打席には月出里。6月に入って5割近く打ってる月出里ですが、先ほどの打席はキャッチャーファールフライ」
「ちょうちょ!今度こそ頼むで!」
「次に金剛もおるんや!落ち着いてけ!」
(言われなくとも……!)
かつてのホームラン王で、『バニーズの4番と言えば』ってくらいの金剛さんを抑えて4番に君臨。ほんと大したもんだよ、逢。無名のルーキーの頃、テレビにアイツの名前を売り込んだオレ見る目あるじゃん、ってな。
逢は前に『若王子さんに憧れてる』って言ってたし、きっと今の立場は『緊張』よりも『嬉しさ』とか『楽しさ』とか、そういうのの方が強いはず。少なくとも気負いしてガチガチになるよりはよっぽど良い状態だとは思う。
だが、漫画やアニメなんかと違って、現実は『嬉しさ』とか『楽しさ』ってのは、必ずしもそいつにプラスになるとは限らねーもんなんだよな。ちょっと4番をかじったオレに言わせて貰えば。
(インコース!今度こそ決める!)
「強い打球!しかしショート正面!一度二塁を見て一塁へ!」
「アウト!」
「アウト!二塁ランナーは進めず!」
「うーん、正面か……」
「当たりは良かったんやけどなぁ」
「でもせめて右に打ってほしかったわ」
やっぱそうなるよな。しょうがねー。
「5番ファースト、金剛。背番号55」
多分金剛さんも、逢に対して同じように思ってるだろうな。オレ以上の"4番の玄人"なんだから。
「ライトの前……落ちましたヒット!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!!!」」」」」
「二塁ランナー三塁蹴ってホームへ……」
おっと、させねーぜ。
「ライトバックホーム!」
「いや、十握は三塁でストップしてますね」
「あっぶね……なんちゅうレーザービームや……」
「ウチの『おっぱいミサイル』並やん……」
「突っ込んでたら間違いなく刺されてたな……」
うーん、やっぱオリンピックで一緒に練習もしたんだからわかってるよなー。
(当然。俺も言うほど鈍足じゃないけど、たとえツーアウトでもあの打球で綿津見さんの超強肩を掻い潜れるなんて思ってないよ。送球が逸れたら儲けものくらいの気持ち)
ま、ここは本塁突入を阻止できただけで儲けもん。
「レフト下がって……」
「アウト!」
「捕りましたスリーアウトチェンジ!」
な?
「ちょうちょがせめて進塁打打ってたらなぁ」
「しゃーない。今日はちょうちょが4番や」
「ないものねだりしてもしゃーない。切り替えてけ」
(…………)
多分逢も、4番じゃなかったらその辺もうちょっと慎ましくやってただろうな。アイツは意外と進塁打とかはあんまり得意じゃないって言ってたけど、打球の方向はある程度考えられてたはず。
逢。お前は単純な実力だけならもしかしたらもうオレに追いついてるかもしれねーな。ホームランだって打てるようになったんだし。それに、ここ最近のコンディションは確実にお前の方が良いはず。
けどな、お前はまだまだ"4番の素人"。4番の『揺らぎ』を知らねーお子ちゃま。そこんとこじゃまだ負ける気はねーぜ?
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