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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
784/1130

第百二十一話 4番サード(4/4)

******視点:千石忍(せんごくしのぶ) [瀬戸内杜橋(せとうちもりはし)スティングレイ 内野手]******


 6月11日早朝。大阪の室内練習場。

 今週はずっとビジターでの試合。しかし福岡に大阪と、広島からそれほど離れてない西日本で完結してるのは不幸中の幸いでござる。おかげでこうやって朝早くから練習にも打ち込める……


「あ、(しのぶ)さん。ちっす」

「……またにござるか」


 今日こそ一番だと思ったのに、(すばる)は本当に……


 我が球団、瀬戸内杜橋スティングレイは創設して以来ずっと、資金の乏しさを練習の質と量で補い、幾度も黄金期を築いた球団。つい3年前までも3年連続リーグ優勝と(あぶら)が乗ってたでござるが、今は2年連続Bクラスで、今年も少々危うい状況。繁忙期直後の閑散期の如しでござる。

 もちろん、そんな状況でも他球団にも周知の通り、練習の厳しさは変わらず。拙者もまたその過酷な練習を乗り越えて、プロで身を立てた者の1人。なれど昴は、そんな拙者達ですら舌を巻くほどの"練習の虫"。

 ファンの間でも"ひょうきん者"で通っている一方で、20代前半の頃から"不動の4番"として君臨し続け、今や球界トップクラスのスラッガーであることから才能をより強調されることが多い昴でござるが、それだけでは綿津見昴(わだつみすばる)を語るに不十分にござる。

 1年だけ先にプロになった拙者だから、間近で見ることができたでござるよ。高校までは投手で、細腕で背丈も特別高くない少女が寝る間も惜しんでひたすらバットを振り続けて、ほんの数年でレギュラーに定着したのを。あの細腕が、丸太の如く屈強になっていく様を。道化を演じつつも、陰で誰よりも汗を流す様を。


「それにしても、今日は一段と張り切ってるでござるな」

「そりゃそうっすよ!何せ今日は(あい)と勝負っすからね!ガハハハハ!」

「なるほど、そう言えば……」


 拙者も昨年のオリンピック出場者。昴とも月出里とも共に戦った間柄にござる。確かにあれは強者(つわもの)。同じ右の強打者という点もさることながら、単純な数字のみでは語れぬ空気感。何よりその点で昴とよく似てるでござる。


「……それに、もうすぐ光忠(みつただ)とも勝負っすからね」

「やはり決意は固いでござるか?」

「スンマセン。チームが苦しい時期だってのに……」

「気にすることはないでござる。今はそういう時代。ファンもきっと納得するでござる」


 拙者も挑んでみたい気持ちがまだ(くすぶ)っているものの、内野手の旬は短いもの。拙者ももう31。『人間、30を超えると身体の変化を顕著に実感する』と聞いてた通りでござる。運動不足の現代人だけではなく、普段から運動を生業(なりわい)をしている拙者達でも……いや、生業としているからこそ、微細な衰えや(にぶ)りというものを実感してしまうでござる。

 その点、昴は拙者よりも5つ近く若い。選手個人としては脂が乗りに乗ってる頃。共にスティングレイを頂点に導いた者として、昴にはさらなる高みに立ってもらって、かつての拙者達の強さを証明してほしいところでござる。


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【バニキ・バネキの集い】天王寺三条バニーズ総合スレ21【2021】


 425 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/06/11 (木)

 公示

 リーグ・プログレッサー

 出場選手登録

 天王寺三条バニーズ 内野手 32 天野千尋


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 出場選手登録抹消

 天王寺三条バニーズ 外野手 4 松村桐生


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 426 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/06/11 (木)

 チッヒ帰ってきたやんけ!



 427 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/06/11 (木)

 マッツやっぱアカンか……6月入ってから全然やしなぁ



 428 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/06/11 (木)

 でもマッツなしでライトどうするんやろ?

 またレフト金剛ライト346ファーストチッヒか?


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******視点:天野千尋(あまのちひろ)******


 6月11日、サンジョーフィールド。今日は久々の一軍での試合。フリーバッティングを終えて一息。


天野(あまの)、お疲れ」

「あ、振旗(ふりはた)コーチ!」


 単に試合に出られるのも嬉しいけど、やっぱりコーチとまた会えるのが嬉しい。


「調子良さそうね」

「はい。思ったよりも怪我がすぐ良くなったから調整も無理なくできました」

「ま、バッティングに関しちゃそんなに心配してなかったけど……それより『アレ』は本当に大丈夫なの?」

「心配ですか?」

「そりゃあ……ねぇ……」

「大丈夫ですよ。ちゃんと練習してきましたから」


 今のバニーズはようやく借金を完済して、交流戦優勝も射程内で上がり調子。『アレ』くらいできなきゃ、怪我明けのぼくには一軍で居場所がない。それくらいの気持ちになれたから、ぼくも乗り越えられた。その上、ジェネラルズとのカードが終わった直後に一軍に上げてくれたんだからありがたい話。

 それに……


「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」

「ナイバッチ!」

「すっげ……」


 あそこで景気良く打ちまくってる逢ちゃんに負けないためにもね。

 今年、ホームランを打てるようになった代わりに、確実性が落ちてた逢ちゃん。それが5月に一緒に練習した後くらいから、また一皮剥けた。今年も三四郎(さんしろう)くんに並ぶ、バニーズ打線の軸。

 もちろん逢ちゃんに言ったように、逢ちゃんがああやって成長したことは、同じコーチの教え子として嬉しいって気持ちはある。それでもやっぱり、特に一発打つことに関しては負けたくない。きっと逢ちゃんだって、そうしてほしいと望んでるはずだしね。


「おおーっ、逢飛ばしてんなぁ……おっ、千尋(ちひろ)じゃん!久しぶり!」


 もうすぐスティングレイと練習交代ってタイミング。いち早くグラウンドに姿を現したのは(すばる)ちゃん。

 ……このタイミングで一軍に上がれたのも、ちょっとした宿命を感じずにはいられないね。


「怪我はもう大丈夫か?」

「うん。足にボルト入れてた昴ちゃんと比べたら大したことなかったよ」

「ガハハハハ!ボルトちゃん懐かしいなぁ!元気にしてっかなぁ!?」


 昴ちゃんとは結構前からの顔見知り。ぼくが元々同じリコのジェネラルズにいたからってのもあるけど、実は同い年だからね。

 野手として競合ドラ1だったのにずっと伸び悩んでクビ寸前だったぼくに対して、昴ちゃんはピッチャーだったのに今や帝国を代表する4番打者。ぼくよりずっと背が小さくてヒョロヒョロだったのに、いつの間にか身体の幅だけならぼくとそう変わらないくらいになって。ジェネラルズにいた頃はよく昴ちゃんと比べられてたけど、リーグも実力も離れ離れになった今じゃ、幸か不幸かネタにもされなくなった。


 ……昴ちゃんは"不動の4番"であると同時に、ライトの守備の名手でもある。ほんと、ちょうど良いタイミングだよ。久しぶりに『アレ』をやるには。


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******視点:月出里逢(すだちあい)******


 試合開始30分前。今日もサンジョーフィールドは大入り。

 きっとあたしの可愛さでバニーズファンが年々増えてるのもあるんだろうけど、リコの球団が相手だと尚更。スティングレイはずば抜けて人気球団ってわけじゃないけど、それでも『広島はもはや地域密着型の宗教のようにスティングレイのファンだらけ』ってのは昔から有名だし、3年前までリコで三連覇した影響で広島以外でも特に女性ファンが増えたって聞くし、やっぱりヴァルチャーズ以外のリプの球団と比べたらよっぽど集客力がある。

 ……メスゴリラ師匠が相手で、しかもこれだけの観客の手前。こんな日を選ぶなんて、伊達(だて)さんは本当に粋なことをするよね。


「1番、二塁手(セカンドベースマン)、ナンバー36、カオリー・トークダー!」


「とりあえずかおりん1番は固いわな」

「マッツとチッヒの入れ替え。打順はどうなるんやろうな?」


 主力メンバーにテコ入れした直後のスタメン発表。やっぱりファンの人達の注目度はいつもより高い。


「2番、指名打者(デジグネイティッドヒッター)、ナンバー54、リリィー・オクスプリーング!」


「おおっ!リリィ2番か!」

「まぁちょうちょはゲッツーあるしなぁ」

伊達(だて)のことやからバントマン置くかなと思ってたけど、その心配はなさそうやな」

「ってことは消去法で3番ちょうちょは固定か」


「3番、左翼手(レフトフィールダー)、ナンバー34、サンシロー・トーツカー!」


「へ……!?」

「ってことは……」


「4番、三塁手(サードベースマン)、ナンバー25、アイー・スダチー!」


「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」

「え、ちょうちょが4番……!?」

「初めてちゃうかこれ……?」


 そう。今日はプロになって初めての4番打者。二軍にいた時どころか、練習試合なんかも含めて本当にこれが初めて。


「月出里くん。4番はいつ以来かな?」

「最低でも中学まで(さかのぼ)りますね。なまじ脚もあったし、ホームランがあんまり打てなかったのも昔からなんで、上位打線やるとしてもほとんど1番2番3番でした」

「でも、今の月出里くんならきっとやれるさ。今日は頼んだよ」

「はい!」


 昨日の段階で伊達さんから話はあった。『3番だとツーアウトランナーなしになりやすいし、もっと得点力を上げたい』ってことで。

 『4番サード』。日本の野球ファンにとっては、花形のイメージが強い枕詞(まくらことば)。あたしにとってもそう。野球を始めて以来、ピッチャーなんかには一切目もくれずずっと野手をやってきたし、若王子(わかおうじ)さんに憧れてたから尚更、一度はやってみたかった。


(面白(おもしれ)ぇ……!)


 "不動の4番"であるメスゴリラ師匠と勝負する今日なら、尚更都合が良い。やっぱり勝負するなら同じ土俵で、同じ目線の高さでってね。


「5番、一塁手(ファーストベースマン)、ナンバー55、テーイチー・コンゴー!6番、中堅手(センターフィールダー)、ナンバー45、ヨシコー・アーキザキー!」


「ウホ長2人並べられるんなら、リリィ2番に置く余裕もあるわな」

「でも十握(とつか)レフトで金剛(こんごう)ファーストは変わらへんねんな」

「ってことはライトは相模(さがみ)か?」


「7番、ライトフィールダー、ナンバー32、チヒロー・アーマノー!」


「「「「「ファッ!!?」」」」」


 あたしの4番起用とは別の方向で、観客席が騒然とする。バニーズ側だけじゃなく、スティングレイ側も。リコの球団の人達だったら尚更その起用法の不自然さを知ってるはずだからね。


「え……!?チッヒってファースト専ちゃうんか……!!?」

「いや、ジェネラルズおった頃も外野やってたで」

「でも確かイップスで……」


(おいおい千尋、大丈夫なのか……?)


 今日はあたしにとってだけじゃなく、天野さんにとっても特別な日。借金をようやく完済し切ったタイミングで、起用法の大転換。きっと伊達さんにとっては、ここから優勝を目指す上での大博打。サイコロのあたし達は、そんな伊達さんのためにも、そして自分自身のためにも、より良い出目を出すまで。

次回からのスティングレイ戦は長編になる予定です。

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