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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第四章 黄金時代
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第百二十一話 4番サード(3/4)

「……あ、すみちゃん」

(あい)


 早めに球場を出る準備をしてロッカールームから出ると、すみちゃんの姿。


「こんなとこでどうしたの?」

「この後ご飯でも一緒にって思ったんだけど……貴女(あなた)こそどうしたのよ?そんなに慌てて」

「いや、九十九(つくも)くんのお見舞いに行こうと思って」

「九十九なら多分もう大阪出たんじゃない?どのみちジェネラルズ、明日から千葉だし」

「……あ、そうか。っていうか勢いで出てきたけど、そもそも今九十九くんがどこにいるのかわかんないや……」

「あ、月出里(すだち)。それにオーナー……」

氷室(ひむろ)さん……やっぱり氷室さんも九十九さんと?」

「お、おう。けど九十九がどこ行ったのかわかんねーし、ジェネラルズの人に聞くのもアレでどうしようか悩んでてな……」

「はぁ……しょうがないですね。ここじゃ何ですから、ちょっと部屋入りましょうか」


 そう言うすみちゃんと氷室さんとで、近くの多目的室に入る。


「九十九には私から連絡を取りますよ」

「あっ、そうか。そう言えばオーナーは九十九と……」

「ええ。高校の頃に……」


 すみちゃんはバッグからタブレットを取り出して、折りたたみのスタンドにタブレットに置いてから、電話アプリを立ち上げる。


「あ、九十九?」

「さ……三条(さんじょう)主将!?いかがなさったのですか……?」

「ちょっと今話せる?ビデオ通話で」

「え、ええ……大丈夫です」


 タブレットにはジャージ姿の九十九くん。背景からすると寮の部屋っぽいけど、屋内でも相変わらず軍帽みたいな帽子は被ったまま。


「今やジェネラルズのクリーンナップなんて、ずいぶん頑張ったのね」

「いえ、これも三条主将のおかげです」

「左手の方は大丈夫?」

「大丈夫……とは言い難いですね。中指の先の方が折れてたようです」

「……やっぱり試合は厳しい?」

「しばらくは二軍で療養でしょうね」

「そう……」


 九十九くんの左手は包帯でぐるぐるで、確かに中指が固定されてるっぽい。


「……貴方と話したいって言う人が2人いるんだけど、良いかしら?」

「え、ええ……」


 無言であたしと氷室さんが順番を譲り合う。けど、何となくの流れで氷室さんが『悪い』と言わんばかりに手を合わせて、先にタブレットの前に立つ。


「つ、九十九……その、悪かったな。大事な時期だってのに……」

「氷室氏……いえ、これは事故だという認識です。あまりお気になさらないように」

「すまねぇ……」

「私からも。本当にごめんなさい。また改めてお見舞いに行かせてもらうわ」

「いえ、そんな……」


 お互いに気まずい雰囲気で、少し沈黙が流れる。


「そ!そう言えばもう1人というのは……?」

「あ、うん……この子よ」


 すみちゃんに促されて、氷室さんに代わってあたしがタブレットの前に。


「月出里……」

「九十九くん……」


 氷室さんとすみちゃんが先に謝りまくったから、何をどう切り出すべきか悩む。


「こっちも、ぶつけてしまって悪かったな」

「あ、いや。それは気にしてないよ。九十九くんは全く悪くないよ」

「だが、小生の未熟でもある。左打者なのに捕手側の左手に当たるようでは、いずれ同じことが起きてたはずだ。神結(かみゆい)氏に今度は避けるコツを教わらねばな……」

「…………」

「……三条主将、氷室氏。申し訳ないですが、少し月出里とだけ話をしてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ。じゃあちょっと私達だけ先に失礼するわね」

「九十九。こんなこと言えた義理じゃねぇけど、お大事にな」

「ええ」


 そう言って、すみちゃんと氷室さんは先に部屋を出た。


「……このカード、小生の完敗だな」

「いや、今日の試合すぐにぶつけられたんだし……」

「だとしても月出里、貴様は大きく育った。正直、今の小生では敵わん。その点は覆らん事実だ」

「…………」


 あたしの中じゃ、九十九くんは絵に描いたような野球エリート。落ちこぼれだったあたしとはキャリアが違いすぎる。だから今でもこんなふうに、試合の外じゃ雲の上の存在に思えて気後れしそうになる。今日の試合でケチが付いたのもあって、上に立った実感なんてこれっぽっちもない。


「だが、貴様もまだまだ三条主将の期待に応え切れてはなかろう?」

「うん……」

「ならば小生にばかり構うことはない。貴様は貴様のなすべきことをなせ。その上で、小生はいずれ貴様を超える……これまで通りな」

「……!!?」

「当然だ。小生は特等席で観ていたのだからな。三条主将と貴様の、最初で最後の勝負を。だから貴様はいずれそのくらいにはなるだろうと思ってた。そしてそれ以上になるとも思ってる。小生はあの日以来ずっと、そんな貴様をさらに上回るべくやってきた。そしてこれからもだ」

「…………」


 ・

 ・

 ・


『今日は2安打2打点、守備でも好プレー、未来のスター達がいる中で素晴らしい活躍でした!これから一軍の舞台に挑む上でも大きな自信になったんじゃないでしょうか!?』

『いえ……確かに今日の試合、両リーグ共に実力のある選手が集まったと思いますが、小生にとっての"宿敵"が今日参加しておりませんでした。小生は高校時代より、その"怪物"に追いつき追い越すことを常に目指しておりますが、それはいまだに叶っておりません』


 ・

 ・

 ・


 ルーキーイヤーのフレッシュオールスター。あの時に言ってた"宿敵"とか"怪物"って、もしかしてあたしだったの?


「……だから今度はまず、貴様よりも上手く避けてみせる」

「へ……?」

「貴様の今日の避け方、早速動画サイトでネタにされてたぞ?」


 そう言って、ニヤリと笑ってみせる。いつもしかめっ面の九十九くんが……


「ふっ……ふふふ……」

「くくく……」


 思ってもみないことをいきなり言われて、思わずお互いに吹き出してしまう。


「月出里」

「ん?」

「帝国シリーズでは負けんぞ?」

「うん。楽しみにしてる」


 タブレットの通話が切れて、電話アプリの画面に戻る。


 九十九くんが胸の内を明かしてくれたのも、冗談を言ってみせたのも、きっとあたしへの激励。そして、すみちゃんのことを今でも慕ってる証。『完敗だ』とは言ってたけど、やっぱり器の大きさとかはきっとあたしの負け。

 それにあたし自身、他にも足りてない部分があるのはよくわかってる。今の打ち方は未完成品。すみちゃんのためにも、九十九くんのためにも、まだまだ頑張らなきゃね。


「……あ」


 スマホで時間を確認するついでにカレンダーアプリで予定を確認すると、次……というか交流戦の締めはスティングレイ戦。つまり最後は"メスゴリラ師匠"との勝負。


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