第百二十一話 4番サード(2/4)
******視点:月出里逢******
6月10日、サンジョーフィールド。ジェネラルズとのカード3戦目。
風刃くんが投げた1戦目は勝って、山口さんが投げた2戦目は引き分け。つまり負け越しはない状態。そして昨日引き分けを挟んだけど、2連勝継続中。
「3番サード、月出里。背番号25」
「ツーアウトランナーなしで打席には月出里。現在5試合連続マルチヒット中。一時期は打率1割台と低迷していましたが、今や3割に迫るアベレージ」
「ちょうちょ!今日も頼むで!」
「今日こそ借金完済や!」
そしてあたしも、今月に入って絶好調。"あたしの中のあたし"をベースにしつつ、あたしが修正を加える打ち方がだいぶ馴染んできた。
「外引っ張って……!」
「フェア!」
「レフト線フェア!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」
「セーフ!」
「二塁セーフ!ツーベースヒット!」
(くそっ!外の球があんまり得意じゃねぇはずなのに、ちょっと浮いただけでこれか……!)
(……止められんな、月出里)
(うーん、しかしツーアウトからか……長打だからまだ良いけど。3番というのは確かに世界共通で強打者の打順のイメージが強いけど、統計的にはツーアウトランナーなしの状況に最もなりやすい打順でもある。勝負強くて機動力もある月出里くんを3番に置いてから得点力は上がったように思うけど、月出里くんが塁に残ったままという状況もかなりよく見る気がするね……)
二塁ベースカバーに入った九十九くんが苦々しい顔であたしの方を見る。
もう九十九くん相手に浮き足立ってた頃のあたしじゃない。九十九くんもこのカードで割と打ってるけど、今日も勝たせてもらうよ?
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今日のウチの先発は氷室さん。向こうと同じで、とりあえず初回ツーアウトまでは順調。
「3番セカンド、九十九。背番号99」
くしくもこのカードは全試合であたしも九十九くんも3番。個人的には好都合。チームが違えば勝負する投手は絶対に違うんだから、他の条件はなるべく同じが良い。そうでなきゃ、勝ってもつまらない……!?
「!!!ああっと!当たってしまいました!!」
「ヒット・バイ・ピッチ!」
「九十九、うずくまったまま動けません!」
「左手の辺り……ですかね?」
「おいィ!?何やってくれとんじゃウサギ!」
「不人気球団がウチのプロスペクトにぶつけよって!」
「勘違いすんなよ"客寄せパンダ"!」
騒然とする中、ジェネラルズのベンチからコーチとスタッフの人達が駆けつける。九十九くんは左手首の辺りを右手で抑えながら、その人達と一緒に一旦ベンチに戻る。
「ジェネラルズ、選手の交代をお知らせします。一塁ランナー、九十九に代わりまして……」
「ああっ……ここは代走のようですね……」
(やっちまったか……くそッ、俺としたことが……!)
しばらくして球場内に流れるアナウンスで、歪めた顔を天に向ける氷室さん。まぁ状況的にも100%わざとじゃないよね?
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「3回の裏、バニーズの攻撃。3番サード、月出里。背番号25」
「この回のバニーズは月出里からの攻撃となります。今日も1打席目からツーベース……」
!!!痛ッ……!
「ヒット・バイ・ピッチ!」
「ああっ、太ももの辺りを抑えてますねぇ……」
とっさにバックステップで直撃は避けられたけど、流石にこんな硬い球だと、かすっただけでも割と痛い。でも……
「ベンチからコーチが出てきますが……月出里、ここはそのまま一塁へ向かいます」
筋肉が特に分厚いとこ。このくらいなら全然マシ。九十九くんと比べたらね。
「おいおい!天下のジェネラルズ様が報復か!?」
「ウチの看板娘に何さらしとんじゃ!?」
「ちょうちょ、大丈夫か!?痛かったらワイがペロペロするで!」
「キモい(直球)」
「まぁ大丈夫っしょ。ちょうちょやし」
(おいおい、何やってんだよ……?)
(やられたらやり返す、だろうが。九十九のこと考えたらこのくらいで済んでありがたいと思えや)
……ま、内角が得意なあたしだから内を攻めるなら厳しくっていう可能性もあるけど、多分報復。
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「ピッチャーの頭上……越えましたセンター前!月出里、これで6試合連続マルチヒットとなりました!」
「おっしゃ!ナイバッチちょうちょ!」
「さっきのデドボは大丈夫そうやな」
「そろそろちょうちょ3割超えたか?」
(月出里のことだから報復するかと思ったけど……)
まだ中盤で、ベンチにいる雨田くんが心配そうにこっちを見てる。そう言えばルーキーイヤーに初めて西園寺さんと対戦した時に雨田くんにだけは明かしてたっけ?『やられたからやり返した』って。
……ま、普段ならね。わざとくさかったし。でも今日はこれであいこ。
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「ショート捕った!一塁へ……」
「アウト!ゲームセット!」
「試合終了!3-1!バニーズ、ジェネラルズとのカードは2勝1分の負けなし!3連勝でついに借金0となりました!」
「「「「「雨田くぅん!セーブおめでとー!!」」」」」
「これ交流戦優勝あるんとちゃうか!?」
「次のスティングレイ調子悪そうやしな」
本拠地で勝って、おめでたいことだらけ。あたしだって今日も普通に活躍した。なのにやっぱり、心に引っ掛かる。
お客さんやチームの人達の手前だから、なるべく嬉しそうに振る舞いながらベンチに一旦戻る。
「氷室くん、ヒロインいけるかい?」
「いや、今日はちょっと遠慮しときます……それよりちょっと……」
「……そうだね。うん、行ってくると良い」
「ありがとうございます。火織、悪ぃがちょっと……」
「うん。みっくんのことは任せて」
7回1失点で文句なしの勝ち投手。交流戦では不運で負け続けで、きっと嬉しい結果のはずだけど、やっぱり氷室さんも同じ気持ちみたい。
「あの、あたしも……」
「月出里くんもかい?」
「はい……」
「……そうか。そう言えば九十九くんは君と……うん、そうだね。良いよ」
「ありがとうございます」
幸か不幸か、あたしは打ちはしたけど今日は打点0。ヒロインに出ない口実は十分。急ぎで球場を出る準備。
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