第百二十話 転機(7/9)
******視点:有川理世******
5月29日、ペンギンズとのホーム2戦目。
今日のワタクシメはスタメン捕手。敷島さんとバッテリーを組ませていただきます。普段から時間があればリコの打者の研究もしてるのですが、昨日は念の為早上がりして、その日の対戦データの確認。最近の失点が嵩んでる状況を今日こそ改善できれば良いのですが。
「理世ちゃん。おはよ」
「あ、火織さん」
スタメン捕手だと、自分自身の練習はもちろん、先発投手の練習にも付き合う必要があります。なのでこういう日はなるべく早出するようにしてるのですが、火織さんが先に球場入りしてましたか。
せっかくなので、ウォーミングアップは火織さんと一緒に。
「早いですねぇ今日」
「うん。みっくんがまだ寝てる間にね。逆に昨日みっくん、目が覚めたらアタシがいなくてすごいご機嫌斜めって聞いて早上がりしちゃったし、昨日練習できなかった分ね」
「でゅふっ、お母さんは大変ですねぇ。何かと子供中心で……」
「まぁ確かに大変だけど、それだけ子供に好かれるのは母親冥利だよ」
うーん、すっかり良いお母さんですねぇ。その……以前の火織さんを結構身近で見てきたから余計に……
「理世ちゃん達はいつくらいになりそう?」
「……?『いつ』とは?」
「結婚とか出産とか」
「ぶほっ!!?い、いや……!ワタクシメ、そもそも誰ともお付き合いしてませんよ!?」
「んー?まだそんな感じなの?最近ウチの球団ですごい良い仕事してるじゃん?出世できるクチだよ、カレ?」
「い、いや……真守ちゃんとはまだそういうのじゃ……」
「あれ〜?アタシ、真守くんの名前なんて一言も言ってないんだけどなぁ〜?そ・れ・に、『まだ』って何がなのかなぁ〜?」
「うう……」
……別に良いじゃないですか。ちょっとくらい高望みしちゃっても。
「「ん……?」」
桐生くんや冬島さん、相模さん、それに金剛さんに相沢さんが球場入り。こんな早くにこれだけ集まるとは珍しい。特に冬島さんは今日、ワタクシメがスタメンマスクの関係でベンチスタートが確定してるのに……
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そして早くもゲーム開始。ですが……
「また打った!レフト前!」
「セーフ!」
「ホームイン!4-0!ペンギンズ、今日も打線が活気付いています!」
「良いぞカズー!」
「今年の新外国人野手マジでええわぁ……」
「メジャーの実績持ちって聞いてたけど、どっちも真面目にやっとるな」
流石はペンギンズ打線……猪戸さんのみならず、小池さんや鉄炮塚さん、新外国人コンビのカズーとディエシシ、さらにはプロスペクトの小林さんも今年は開幕からスタメンで出続けて結果を出してる。得点力は12球団で間違いなく指折り。
「サード捕って、二塁送球!」
「アウト!」
「一塁は……」
「アウト!」
「アウト!ここはしっかりゲッツーで抑えました!これでスリーアウトチェンジ!」
「流石やちょうちょ!」
「かおりんもナイス!」
「やっと乗り切ったか……」
しかし、相手に関係なく初回から4失点……
「面目ないです、敷島さん……」
「いや、有川のせいじゃねーよ。あんなに甘く入ってりゃ打たれて当然。何とか修正していくから次の回も頼むぞ」
「はい……」
仮にそうだとしても、それでも傷口を最小限に抑えるのがワタクシメの務め。
打って取り返す……と言いたいところですが、ワタクシメの打棒では……
「あーあ、今日も負けかぁ……」
「負けるのは慣れとるけど、今年は優勝宣言なんて前フリしてもうたしなぁ」
「また"関西のお笑い球団"扱いされるでホンマ」
やっぱり借金がなかなか完済できないのが続いてるせいか、早くも初回から落胆の声が漏れ出てくる。
幸い、最近は打線が上向き。何とか援護をお願いしたいところですね……
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番セカンド、徳田。背番号36」
「4点を追いかけます、バニーズの攻撃。今日のリードオフヒッターは昨日と同じく徳田。今年も開幕からセカンドのレギュラーとして攻守でチームを支えます」
今日の向こうの先発は速球派外国人のカデラ。火織さんなら力負けはしないはずですが……
(甘いとこ!)
「初球引っ張った!」
「アウト!」
「しかしこれはセカンド正面!セカンドライナーでワンナウト!」
(あっちゃ〜……)
「おいおい!4点差やぞ!もっと慎重にやれや!」
「いや、でも当たりは悪くなかったやろ」
「悪い流れやとこうなるもんや」
根拠のある初球打ち。それでも運が絡むのが野球の辛いとこ。
「2番ライト、松村。背番号4」
「うーん、今日もマッツ2番なんか……」
「とりあえず出んといかんのに」
「前みたいに1番ちょうちょ2番人妻でええんとちゃうんか?」
相手投手が制球力の高い好投手であれば、1番2番でも出塁率より打率を重視する考えは筋が通ってますね。今年のペンギンズは先発の運用が例年よりも良く、順位もリーグ3位。
ただ、今日のカデラはどちらかと言えば出力重視のタイプ。この状況だと選んでランナーを貯めたいとこですが……
(『仮にこのまま優勝して、胸を張れるのか』……確かにそうですね。自己満足に走った上で結果が出せないようじゃ、それは無理な話ですね)
「ボール!フォアボール!」
「選びました!ワンナウトからランナーが出ました!」
……あら?
「ええぞええぞ!それでええんや!」
「珍しいな。マッツがあんなあからさまな待ち球なんて……」
「いっつも1球目か2球目には振ってるのに」
確かに珍しいですねぇ。少々ボールゾーンに外れててもフェアゾーンに持っていけるタイプの巧打者なのに、際どい球をあんなに見逃して……
「3番サード、月出里。背番号25」
(さっきの松村はちょっと計算外だったが、こいつは……)
「ボール!」
「低め!外れました!」
「ファール!」
「ストライーク!」
「チェンジアップ空振り!」
(よしよし。とりあえず低め安定だ)
今年に入って逢ちゃんはホームランも狙えるようになりましたが、そのホームランにした球は全て真ん中から高めの球。それだけでなく、ホームランを抜きにしても打撃の期待値が高めと比べて低めの方が確実に小さい。低めだと単純に空振り率が悪化してるだけでなく、ボール球の見極め率も悪化してる。確かに去年まででもアウトローが比較的苦手っぽかったですが、今ほど期待値の偏りは大きくなかった。大体どのコースも満遍なく打ち返せる巧打者だった。
そしてただでさえ逢ちゃんは併殺が多いのが数少ない弱点。そりゃますます低めを狙ってくるでしょうねぇ。
(だけど、そこがわかっていれば……)
「ファール!」
「これも粘ります!」
ただ、あくまで『前までの逢ちゃんと比べて』という話。元々選球眼や三振率が異様に優秀だった逢ちゃんですからねぇ。苦手なコースであってもまだまだ一流のレベル。
「ボール!」
「身体に近いとこ!しかし上手く避けました!」
「おいおい!何やっとんじゃノーコン!」
「ワイのちょうちょに傷つけたらただじゃおかんで!」
そして避けるのが上手いのも相変わらず。インコースに強くて避けるのが上手いから死球による離脱リスクが少ない。だから毎日試合に出て数字を積み重ねられる。ジェネラルズの神結さんとよく似てますねぇ、この辺。
「ボール!フォアボール!」
「ここも外れました!ワンナウト一二塁!」
「カデラ!ちゃんと勝負しろや!」
「4点あるんだからストライク取ってけ!」
でゅふふふ……流石。いざという時は勝負を決める一打、こういう時でも最低限アウトにはならない。
「4番レフト、十握。背番号34」
(ちっ、厄介な状況で厄介な奴に……)
向こうとしてはこれ以上ランナーを溜めたくないはず。
(だから初球から抜かりなく……!?)
(よし、かかった!)
「サード方向、強いゴロ……」
初球ツーシームを引っ掛けた……?まずいですねぇ、このまま三塁踏まれて一二塁どっちかも……
「ぬぅっ!?」
「ああっと!サード弾いた!」
!!!
「「「「「ファッ!!?」」」」」
「セーフ!」
「ボールを拾ってる間に一塁セーフ!他のランナーも進塁!記録はサードのエラーです!」
「おいシドー!しっかり捕れや!」
「難しいバウンドではあったけどな」
「でも向こうのちょうちょだったら……」
(よりによって月出里んとこ相手の試合で……)
打撃では猪戸くんにやや分がありますが、守備走塁は逢ちゃんの方に分がありますねぇ。
「5番指名打者、オクスプリング。背番号54」
「リリィ!グラスラでええで!」
「この回同点あるで!」
「逆転までいったれ!」
……ワタクシメが小池さんの立場なら、おそらく……
(やっぱりインハイやな……!)
「!!!高め打って、バットが折れた!!右中間方向、フラフラっと上がって……!」
「ッ……!!!」
「落ちましたヒット!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!」
(いける……!)
「セーフ!」
「そしてすぐさま二塁ランナーもホームイン!4-2!バニーズ、満塁のチャンスを活かして反撃開始です!」
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
「ええでええでリリィ!」
「しっかり振れとる証拠や!」
「っていうかちょうちょはっや……」
(イテテテ……でもまぁ、狙い通りやな)
リリィちゃんは特に左打ちの時はインハイが苦手で、逆に膝下の球を引っ張るのがバッティングのツボ。ああいう形で打ち返せるとは……
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「!!!レフト下がって!!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
「……アウト!」
「フェンスの前、レフト捕りました!これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回バニーズはオクスプリングのタイムリーで2点を返しています!」
「ああ、惜っしい……!」
「あともう一伸びで逆転おっぱいミサイルやったのに……」
「逆転おっぱいミサイルって何だよ(哲学)」
「ドンマイドンマイ秋崎!」
「よく振れてた!守備で切り替えてけ!」
……!金剛さん相沢さんがベンチから声出し。別に珍しいことでもないですが、何というか、今日は何だかいつもと違いますねぇ。金剛さんも相沢さんもどちらかと言うと職人肌の人。特にさっき金剛さんは三振だったから、声出しよりも自分の打席の反省をすると思ってたのですが……
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