第百二十話 転機(6/9)
******視点:宇井朱美******
良かったぁ……気乗りしないのは佳子さんもだったんすね。
同い年の恵人が風刃さんと並ぶくらい活躍してて、自分も頑張らなきゃって気持ちでやってたんすけど……去年からずっと一軍でも二軍でも2割そこそこ。ホームランだって今年ようやく一軍で打てたけど、まだ2本。守備だって一軍の球場になかなか慣れなくてミスばっかり。
自分がショートで試合に出れてるのは、相沢さんが病気がちで、逢さんが打つ方に専念するため。状況に恵まれてるだけで、打つ方も守る方もあのお2人にはまだ全然敵わない。
でも、自分だって頑張ってるっす。なかなか結果が出せなくて一部の厳しい人に色々言われるっすけど、優しいファンの人はちゃんと褒めてくれてるっす。『高卒2年目なのに一軍でやれてて偉い』とか。
……そうっすよね。自分、頑張ってるっすよね?まだまだ結果が出ないのはしょうがないことっすよね?
「ん?」
着替えを終えて佳子さんとロッカールームから出てくると、男子用のロッカールームの前で何人かの男性選手が集まってる。見た感じ、ほとんど野手の人達。冬島さんとか相模さんとか松村さんとか。
「おっ。秋崎、宇井。今日はもう上がりか?」
「あ、はい」
集まりをまとめてるのは多分、相沢さんと金剛さん。野手陣のベテラン。みんな自分達と同じで、もう私服姿。
「ちょっと気分転換で飲みに行こうって話になってな。お前らもどうだ?俺らがおごるぜ?」
「え!?マジっすか!!?」
「相沢さん、宇井は確かまだ19っすよ?」
「わかってるよ。美味いもん喰うだけでもいいじゃねぇか」
「あ、わたしこのまま寮に直帰です……」
「そうか。宇井はどうする?」
「あ、行きたいっす!」
練習は気乗りしないってだけで、特に用事はないっすからね。こういう時は美味しいもの食べるに限るっす。
「まぁ明日も明後日も試合だから、あんまりハメを外しすぎないようにな?俺もここ数年年俸下がってるんだから、ほどほどにしてくれると助かる」
「ハハハ!金剛さん今年めっちゃ打ってるじゃないっすか!」
……そっか。やっぱり自分や佳子さん以外の人達も……
(今日というか最近の敗因は投手陣が燃えたせい。打線は全体的に上向いてるし、そこまで悪い状況じゃない)
(もうすぐ6月なのに、まだ借金6。流石にもう今年は無理だよな?)
(まぁエペタムズが負けまくってるから、今年は最下位は流石にねぇわな)
(オーナーや監督は優勝とか息巻いてたけど、1年でそんな簡単に上にいけるわけねーし)
(去年よりは成績が上がってるし、稼ぎに関しちゃ心配ねぇだろ)
(月出里さんや十握さんに打つ方で勝ちたいという気持ちに嘘はありませんが、才能で差があるのなら、もうしょうがないことなのかもしれませんよね)
(俺が若手だった頃と比べたら、最近の若いのはよくやってる。俺や相沢、それから助っ人勢を除けば、ウチの主力野手はほとんど20代半ばかそれ以下。確かに優勝はしたいが、俺達よりずっと前からの負の遺産を押し付けるようなことをしてあんまり気負わせすぎるのも酷というもの。俺達が適度にガス抜きさせてやらんとな)
(優勝する気はもちろんある……けど、ほとんどの奴がこんな感じやし、オレもまぁぼちぼちやってりゃこれからも正捕手やれるやろ。初音と結婚前提で付き合えるようになって、色々一区切りついた感があるし……)
「よし、そろそろ行くか」
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『帰りが途中まで一緒』ってことで、今回不参加の佳子さんも含めて全員で出口に向かってると、グラウンドの方から打球音。
「「「「「…………」」」」」
やっぱり内心はみんな同じみたいで、一緒に話しながら歩いてたのに、急に黙り込む。
「……あ。自分ちょっとベンチの方に忘れ物したかもしれないっす」
「お、おう、そうか……待ってるからすぐ取ってこい」
と言いつつも、自分だけじゃなく他の人達もゾロゾロとグラウンドの方に向かう。
「……!」
ベンチに通じる勝手口を開けると、グラウンドには逢さんと十握さんとリリィさん……それから、逢さんにいつも付き添ってる卯花さん。
「優輝、いきなりの呼び出しでゴメン」
「大丈夫。とことん付き合うよ」
「十握。最近のウチのバッティング、どない思う?」
「特に問題はないと思いますけど……やっぱり最近インハイを攻められがちですよね」
「せやな……トップの位置変えたり色々やってるんやけど、なかなかどうにもならん。十握はどうやっとるんや?」
「うーん、俺の場合は……」
……確かにリリィさんは最近下がり調子っすけど、十握さんは開幕からずっとチームで一番打ってて、逢さんも最近好調。今日も逆転ツーラン打ったり普通に活躍。なのにまだあんなに……
「ッ……!」
卯花さんが投げる球はさっきからほとんど低めばかり。でも逢さんはあんまり上手く打ち返せてない。打ち損じるたびに、苦虫を噛み潰したような顔で悔しがる。
「あ、逢……大丈夫……?」
「いいから続けて!」
声も荒げてるけど、それでも打ち返すのをやめない。諦めずに何度も、低めにくる球にバットを合わせる。
「「「「「…………」」」」」
そんな姿を、いつの間にか自分以外の人達……『用事がある』って言ってた佳子さんまでも、ベンチまで出てきて練習の様子を見つめてる。
「「……ん?」」
ベンチからそれほど離れてないところでバッティングの相談をしてた十握さんとリリィさんが自分達に気付いて、そこから逢さん達もこっちに振り返る。
「あ、お疲れ様です……」
「…………」
卯花さんはこっちを見てきちんと挨拶。けど逢さんは冷たい視線をこっちに送ってすぐ、バットを握り直す。やっぱり逢さんはそういう反応っすよね。
……でもしょうがないじゃないっすか。みんながみんな、逢さんみたいに才能があるわけじゃないんすから。逢さんは今年の春先こそつまずいてたけど、それでも毎年のように成績を上げてる。練習をやればやるほど、どんどん実力を上げてる。去年なんか"球界トップの野手"なんてもてはやされて。そうやって結果がついてくるってわかってたら、自分だって練習してるっす。
「……優輝、ちょっと中断して良い?」
「あ、うん……」
逢さんがマウンドの方に手をかざして、打席から出てベンチの方にゆっくり近づいていく。バットを担いで、無表情で……
「お、おい月出里……」
ただならぬ雰囲気を察して、リリィさんが逢さんに声をかけるけど、構わずこっちにやってくる。
「皆さん、揃ってどうしたんですか?」
「え、えっと……これから全員で飲みに行こうって話になってな?最近負け続きで、色々煮詰まってるだろうってことで……」
「……そうですか」
相沢さんの答えに、逢さんは無表情のまま返す。
「1つ聞いても良いですか?」
「お、おう。何だ?」
「……何でお前ら、あたしなんかより打てなくて平気でいられるんだよ?」
「「「「「ッ……!?」」」」」
急に変わった表情と声色で、思わず全員身を震わせる。逢さんが冷淡なのはいつも通りっすけど、相沢さん達もいるのにこんな口調の逢さんは初めてっす……
「い、いや……お前より打てるのなんか十握くらいじゃねぇか……?」
「確かに最近は打ってるかもだけど、今年はまだ2割5分そこそこだよあたし?盗塁だって去年より控えめだよ?十分勝てるじゃんそのくらいなら」
「「「「「…………」」」」」
確かに、今の数字だけ見ればどれか1つくらいは追いつけそうではある。けど、その数字だって毎日どんどん上がっていってる。このままいけばきっと、大体の成績がチームで1、2を争う"いつもの逢さん"に戻る。今年はホームランもいっぱい打ってるから尚更、何もかもで逢さんに勝てない人だらけになる。
(本気で努力しても何もかも月出里に負けたら、プロとしてのプライドが……)
(報われねぇのほど辛いことはねぇからな……)
「プロってみんな主役じゃん?"いけすかない何とかかんとか"って言われてるあたしよりもお前らの誰かの方が好きっていう人もきっといるはずじゃん?なのに"月出里逢の添え物"みたいな扱いされて、お前らを好きだって言ってくれる人達に顔向けできるの?仮に優勝できたとして、それで胸を張れるの?」
「「「「「……ッ!!!」」」」」
特に"添え物"って言葉に、全員が反応する。
「……逆によ」
「?」
「逆に何でお前はそんなに頑張れるんだよ?もうとっくにトップクラスだろお前?」
相模さんが聞き返す。
「歌舞伎野郎に負けたから」
「……猪戸のことか?」
「うん」
猪戸さんは今日2本塁打だけど、他の打席は凡退。確実に勝ってるのはホームランの本数だけで、逢さんの活躍ぶりも負けず劣らず。なのにあんなふうに……
「お前らがこれからもその調子だったら、もう別に良いよ。あたしがもっと打てるようになれば済む話だから。明日と明後日は、あたしと十握さんとリリィさんで打ち勝てば良いだけだから。"添え物"でいたかったらお好きにどうぞ」
そう言って、また打席の方に向かう逢さん。
「あ、あの……」
「宇井?」
「自分、やっぱりちょっと残るっす」
「……そうか」
「わたしも……」
「俺は残りませんけど、やっぱり今日は直帰するっす」
「お、俺も……」
「私も……」
「……とりあえず今日は中止にするか」
「そうっすね……」
あっという間に話はお流れに。でもみんな、『楽しい雰囲気に水を差された』って逢さんに思ってる感じじゃない。
幸い、今着てるのはスポーツウェア。バッグだけ急いでロッカーに入れてきて、グラウンドに戻る。逢さんはフリーバッティングを一区切りして、水分補給してる最中。
「あ、あの……逢さん」
「何?」
「もし自分が頑張っても結果が出なくても、逢さんは自分を嗤わないっすか……?」
「嗤わないよ。当たり前じゃん」
「……!」
「勝とうが負けようが、強かろうが弱かろうが、何かと戦ってる人は『生きよう』とはしてる。生き物だったら当たり前のことじゃん?嗤うわけないよ」
「…………」
「それに、『自分より下の人間を嗤わなきゃいけない』なんて決まりがあったとしても、あたしはそんなのには付き合わないよ。だってあたし、"史上最強のスラッガー"目指してるんだし。もしそうなれたら、この世の全ての人をわざわざ嗤わなきゃいけないじゃん?そんなクッソめんどくさいこと、やってらんないよ」
……逢さんらしい答え。でもきっと、今の自分が欲しかったのはその言葉。
「逢さん」
「ん?」
「明日は自分も打つっす」
「ん、期待してる」
相変わらず無表情のまま淡々と。けど、さっきみたいな刺々しさはない。きっと逢さんはまだ、自分達のことを見限っちゃいない。
なら、自分達にできることは……
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