第百二十話 転機(5/9)
******視点:秋崎佳子******
「7番センター、秋崎。背番号45」
「あと1人だぞライディーン!しっかり抑えろや!」
「3連勝3連勝!」
「ウサギ狩りで経験値稼ぎや!」
9回の裏のツーアウト。つまりはラストバッター。ランナーなしで3点差。正直、敗色濃厚なこの場面。
「佳子たそ!諦めるな!」
「ホームランホームラン秋崎!」
「三振でもええ!しっかり勝負せぇ!」
でももちろん、最後まで諦めない。
金曜日の夜。ファンの人達も明日から休みとは言っても、きっと一週間お仕事とか頑張って疲れてるはず。なのにこんな遅い時間まで最後まで付き合ってくれてる人達に、ちょっとくらい良いとこ見せなきゃ……!
(……空気を読まねぇで申し訳ねぇが、力んでるな)
あ……!?
「ストライーク!」
「初球落としてきました!」
しまった……!
(勝ちの流れだ。下手に考えさせるな。どんどん投げ込んでいけ)
(OK、段平)
「ストライーク!」
「今度は高め!」
「よっしゃよっしゃ!あと1球!」
「サクサクええぞ!」
「劇場とかいらねぇからな!」
……落ち着いて。3点差なんだから、とりあえず出れたら命拾いできる。
「ファール!」
「ボール!」
「ファール!」
(低打率のフリースインガータイプと聞いてたが、思いの外粘るな)
思いっきり振るのも大事だけど、当たらなきゃ意味がない。わたしは今も空振りばっかりだけど、それでもプロで3年以上やってきて一軍のレベルにだってついていけるようになった。
(ダガ、ソンナヘッピリ腰デ……)
ッ……!!!
「ストライク!バッターアウト!」
(このまっすぐにゃ間に合わねぇわな)
「三振!最後は155km/hまっすぐ!試合終了7-4!ペンギンズ、バニーズとのカード1戦目を制して3連勝!そしてバニーズはこれで2連敗!」
「「「「「…………」」」」」
負けちゃった……今日も……
「おいィ!?何やその情けないスイング!!?」
「その胸のデカいのは飾りか!?」
「反省せぇ反省!!!」
頑張らなきゃいけないのはわかってる。ファンの人達が応援してくれてるから、わたし達もこういう仕事ができてるんだってのもわかってる。
「気にすんな!明日勝てばええねん明日!」
「どうせ最下位は慣れとるわ!」
「惜しかったでおっぱいちゃん!」
「あ、ありがとうございます!」
だから、せめて笑って声援に応える。『チームが勝つ』っていう一番のサービスができないのを補うために。
……でもやっぱり辛い。毎日の練習も、試合も。そして負けた時の罵声も。それに、仮にチームが勝っても、わたし自身が結果を残せなかったらもちろんキツイことの1つや2つ言われる。わたしの場合は身体的特徴を絡めて色々言われることが多いから、結果的にネタっぽくなって、まだ他の人達よりはダメージが少ないと思うけどね……
それに、何か言われるだけならまだね。その……体液付いた手で握手求められたり、ダベッターのDMで変な写メ送られるよりは……
「はぁ……」
たまには友達と一緒にU■Jとかで遊びたい。難波の方に行って、同人グッズとか薄い本とか買い漁りたい。推しの声優さんのイベントとかにも行きたい。また風刃くんとか、あと雨田くんとか氷室さん辺りにコスプレでもさせてフヒヒヒしたい。シャークス戦観ながらハイボールでも飲んで家でのんびりしたい。
わたしは勉強がダメダメだったからどっちみち無理だったかもしれないけど、まだ大学生くらいの年頃。同級生の子達のダベッターとか見てると、キャンパスライフとかサークル活動とか毎日楽しそうで、どうしても羨ましく思えてならない。
「だ、大丈夫か、秋崎……?」
「う……うん、平気だよ雨田くん」
……でも今日は、ちょっと残って練習くらいはしなきゃだよね?試合じゃ逢ちゃんに勝てるとこがないんだから、プロとしてせめてそのくらいしなきゃだよね?
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一旦ロッカールームで、アンダーシャツを着替えたりして居残りの準備。
「お疲れっす、佳子さん」
「うん、お疲れ」
「佳子さん、6回の守備めっちゃカッコよかったっすよ!」
「ふふふ、ありがと。朱美ちゃんも最近よく逆方向に打ってるよね?」
「はい。『追い込まれた時の選択肢』ってことで、振旗コーチから最近色々教わってるんすよ」
朱美ちゃんとはロッカーが隣で、こうやって着替えながら色々話したりするのが一種のリフレッシュになってる。
「……ん?」
スマホのCODEにメッセージの着信。高校でチームメイトだったオタク仲間から。
「……!」
今日の配信で、あのアニメ映画やるの……?三■さんとか■川さんとか古■さんとか、推しの声優さん目白押しで、素敵な男性キャラ同士の絡みも満載。まさにフルスクリーンの公然猥褻。わたしも思わず映画館に6回も足を運んだあの神作が……
「どうしたんすか、佳子さん」
「フヒッ!?いいいいや、何でもないよ!!?フヒヒヒ……」
「何でもないことないんじゃないっすか?そのリアクション……」
画面、見られてないよね……?背の高い朱美ちゃんに見られないように気を付けつつ、メッセージの続きを読む。
『でさ、佳子。試合終わったらちょうど良い時間じゃん?一緒にダベッターで実況しながら観ない?映画終わった後に中の人らで配信もやるみたいだし』
……観たい。すっごく観たい。
「あ、あの……朱美ちゃん」
「はい」
「誘っておいてゴメンなんだけど、ちょっと今日用事ができて……今日はもう上がろうと思うんだけど……」
「……!」
高校出て2年目でもう一軍で試合にたくさん出てる朱美ちゃん。わたしは朱美ちゃんより2年も長くやってるのに、プロとしての地位みたいなものはほとんど同じくらい。そんな立場のわたしが練習よりも娯楽優先なんて内心恥ずかしい思いはあるけど……
『おいィ!?何やその情けないスイング!!?』
『その胸のデカいの飾りか!?』
『反省せぇ反省!!!』
正直、ここ最近負けっぱなしで何というか、気が入らないというか……
「……はー!そう言ってもらって正直助かったっすよ!」
「え……?」
軽蔑されちゃうかなって思ったけど、この反応。胸を撫で下ろしながら安堵の笑みを浮かべる朱美ちゃん。もしかして気を遣ってる……?
「いやぁ、ここ最近負けっぱなしじゃなかったっすか?4月頭からいきなり借金生活入ってからも、完済できそうになるたびにまた負けまくってっていう繰り返しで……」
「そ、そうだね……」
「正直、気が滅入りそうなんすよね。頑張っても頑張ってもなかなか勝てなくて、ファンの人達にも色々言われて……それに、チームが勝とうが負けようが、逢さんには全然敵わないし」
「……うん、そうだよね」
「あ、誰にも言わないでくださいね……?」
「うん、大丈夫。正直、わたしもそう思ってたし……」
「そ、そうだったんすね。良かったぁ、自分だけこんなこと考えてて、先輩達の手前情けないなぁって思ってたんすけど……佳子さんじゃなきゃこんなこと絶対言えなかったっすよ」
(まぁ先輩以上に、特に恵人には絶対……)
わたしも安堵する。そんなふうに思ってるのがわたしだけじゃなくて、罪悪感が軽くなって。
「ちょうど良い機会なんで、自分は今日はゆっくり過ごすっす」
「うん、そうした方が良いよきっと」
……そうだよね。仮に本当に優勝するとしても、息抜きだって必要だよね?わたしはまだまだだけど、オリンピックでも活躍した逢ちゃんの力があればまだまだ可能性があるはずだし、今年は風刃くんとか山口さんとか頼りになる人多いし。
負けた日に練習しなきゃ明日以降は絶対勝てないなんて、きっとそんなことはないはず。プロだって人間なんだし、そんなふうに思ったってきっとしょうがないこと……だよね?




