第百二十話 転機(3/9)
******視点:頬紅観星 [横須賀EEGgシャークス 外野手]******
「はぁ……」
腹八分目にも満たないまま、まだ完食してないお皿を返す。その罪悪感もあるけど、それ以上に嫌になるのはわたし自身。
去年、ホームランと打点と出塁率の3つで二軍のリーグトップ。今年こそやれると思ってた。喜ぶべきことじゃないけど、今年、開幕ライト当確だったカーペンターが家族の都合で日本に来るのが遅れて、わたしに代役が回ってきた。
なのに、ヒットの1本も打てないまま二軍落ち。二軍じゃ今年も普通に打ててるのに。今日もわたしが4番でホームランを打って、先発のエイルちゃんが抑えて、麗文ちゃんがリードして。そんな理想が叶うのはいつも二軍だけ。毎年毎年、二軍でたくさんの人に期待してもらって、一軍でそれ以上にため息をつかれるという繰り返し。
だから、どうしても辛い。逢ちゃんや猪戸くんが、わたしの理想そのままに活躍してるところを見るのは。それどころか今年は佳子ちゃんまで一軍でちゃんと結果を残してる。
「……!」
スマホでスポーツ速報アプリを見ると、逢ちゃんはゲッツーで凡退。こんなのを見てホッとする私が本当に情けない。
******視点:北村麗文 [横須賀EEGgシャークス 捕手]******
やっぱこうなるわなぁ。2番に月出里置いたら。
多分、現状で十握さんに次いで出塁率の高い徳田さんを1番に置いて、長打でのリターンを期待して2番に月出里っていうリスクを取ったんやろうけど、2番ってのは状況でバッティングに制約かかるからなぁ。近頃よく見かける『引っ張り傾向の強い』左打者ならともかく、『満遍なく色んな方向に色んな打ち方ができる』月出里には向いてるようで向いてないわな。
おまけにシャークスっていつも、守備は悪い方に定評があるけど、不思議とゲッツー取るのだけは妙に上手いんよなぁ。
(いきなり悪い方に転がっちゃったなぁ……)
向こうの監督さんも大変なんやろうな。ウチほど酷くはないけど、ずっとBクラスに低迷してて。しかも優勝宣言までしたんやから、あの手この手でチームの浮上を模索してるのがようわかる。
……それでもウチからしたら向こうが羨ましいけどな。一部の権力持ってる偉いさんが優勝をむしろ阻んどるシャークスと違て、バニーズは一応偉いさんらが共通して本当に優勝狙っとるっぽいし。
「…………」
蜜溜さんは月出里のことを、ベンチに引っ込んでからも見つめ続けてる。ほんま好きなんやな。あんまりにも一途なもんやから、エイルが真っ白な肌を真っ赤にして妬いとる。
(月出里逢……今年は厳しかろうが、いつか必ず一軍の舞台でシゴウしたる……!)
まぁ、妬いとるのはウチも、それにきっと観星も同じやな。ウチも実は開幕一軍やったけど、何故か全く出番のないまま観星より先に二軍に落とされたし。
それでも観星やエイルよりは冷静でいられるのは、勝負すらできてない分、失敗もしてへんからやろうな。『スラッガー』と『キャッチャー』っていう、立場の違いも余裕を生んでるんかもやけど。
「1回の裏、シャークスの攻撃。1番センター、戸狩。背番号1」
「……ん?」
こっち側の攻撃。蜜溜さんのことやから相手チームの打者が守ってる間に箸進めるんかと思ったけど、視線はそのままテレビの方。珍しいな。
「今日のバニーズの先発はプロ3年目の風刃。開幕ローテは今シーズンが初めてですが、ここまで素晴らしい成績を残しています。5勝0敗、防御率1.32、47回投げて56奪三振」
確かにすごいわ、アレ。あれでウチらより1つ年下なんやからな。
「ボール!」
「初球は高め、外れました」
「…………」
蜜溜さんの視線はやはり変わらず。もしかして、あの風刃って奴に興味あるんか……?確かになかなかええ男やけど……ってのは1割冗談として。
今日珍しくエイルの投球も観てたし、怪我してから何かちょっと変わったな、蜜溜さん。
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