第百二十話 転機(1/9)
******視点:伊達郁雄******
5月18日火曜日。今日からホームでアルバトロスとの2連戦。
「1番サード、月出里。背番号25」
「ワンナウト満塁、勝ち越しのチャンスで打席には月出里」
「グラスラ頼むでちょうちょ!」
「葵姉貴おらん間にアホウドリ狩りや!」
バニーズは現在2連勝中。しかも今回のカードはローテの都合で久々に鹿籠くんを相手にすることなくアルバトロス戦に挑める。
「引っ張った!レフトの前強烈!!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!3-2!今日も良いところで打ってくれました月出里!」
「やっぱり月出里のインコース捌きは芸術的ですね。あんな窮屈なコースでもしっかり叩いてフェアゾーンに持っていくんですからねぇ」
「おっしゃあ!それでこそちょうちょや!」
「打球速すぎて1人しか帰れないのはチャームポイントってことで」
何より、月出里くんが先週から好調をキープし続けてくれてる。長打力を残しつつ、以前のような巧みなバッティングも繰り出せる理想的な状態。
今日勝てば19勝20敗。つまり、借金完済まであと1。来週からの交流戦は戦い慣れないリコの球団が相手ということで、計算できないところが多々ある。それまでに今の勢いで貯金まで漕ぎ着けておきたいところだね。
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******視点:羽雁明朗 [博多CODEヴァルチャーズ 監督]******
5月23日。本拠地、博多ヨグバゲドーム……改め、今シーズンから博多CODEPayドーム。今日はバニーズとの2連戦の2戦目。
去年は対バニーズ戦で17勝5敗2分と、優勝する上でお得意様にさせてもらったが、今年は今日の試合前の時点で5勝5敗と、文字通り五分五分。特に風刃1人に3つも落としてるのが痛いところ。一応現状首位ではあるが、アレのせいでイマイチ貯金が貯まらず、ウッドペッカーズとずっと首位の座を奪い合ってるような状態。ただ幸い、今回のカードは風刃の登板はなし。
今日の試合を以ていったんリプ同士の試合は休戦で、明後日から交流戦に入る。ヴァルチャーズはこれまで交流戦で最も勝ってる球団。貯金を貯める絶好の機会……と言いたいところだが、交流戦は過去15年間で、1年を除いて全てリプが勝ち越してきてる。つまり、同じリプ同士で差を付けられるという確証がない。
「!!!レフト大きい!」
「「「「「おおおおおおおっっっ!!!」」」」」
「入りましたホームラン!穂村、第5号先制ホームラン!4回裏、遂に均衡が破れました!」
(あっちゃ〜……アレで入っちゃうのよねぇ……)
今日の向こうの先発の百々(どど)は球速の割に奪三振能力が高いが、フォーシームのノビを武器にしてる分、こういう被弾がある。テラス席が設置されてて比較的ホームランが出やすいこの球場だと尚更な。
「やべぇよ……やべぇよ……」
「せっかく3連勝したのに、直後に3連敗とか洒落にならんで……」
こちらの先発は向こうと相性の良い細平。今日こそ勝ち越させてもらうぞ、バニーズ……!
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「5回の表、バニーズの攻撃。5番ライト、松村。背番号4」
「この回の先頭打者は松村。今シーズンは開幕から好調を維持していましたが、ここ4試合ノーヒットが続いています」
月出里が復調してきたのは厄介だが、松村が代わりに調子を落としたことで、下位打線はだいぶ安心して見ていられるな。
(松村は三振こそ少ないが、同時に四球も少ない積極打法タイプ。今のコンディションなら釣り球も使いやすい)
「打ちました!しかしこれはショート正面!」
「くっ……!」
(今日もまた……!)
典型的な当てただけの凡打。今年は正遊撃手の睦門が春先からコンディション不良で今日もベンチスタートにさせているが、■■でもこれなら問題なく捌けるだろう。松村も凡退を悟ったのか、俯きながら一塁へ向かう……
「ああっと送球こぼした!」
「「「「「ファッ!!?」」」」」
送球がショートバウンドしたことで、ファーストが上手く捕れず。だが……!
「アウト!」
「間に合いました!ワンナウト!」
幸い、ボールはファーストの手前にこぼれた程度。一度一塁から足を外す必要はあったが、すぐに拾って踏み直してアウト成立。
……確かにこちらも守備のミスはあった。だが今のは……
「おいおい、今のちゃんと走ってたら間に合ってたやろ……」
「1点差やろ!もっとしっかりせえや!」
「そんなんやから万年最下位なんやろ!?」
向こうの非の方が大きいな。
松村のように四球よりヒットで出塁率を稼ぐ打者というのは、大抵の場合打つことに強いこだわりを持ってる。それに関しては普段の練習でもストイックになれる反面、さっきのように打ち損じてしまったらその時点で『自分の負け』と自己完結してしまい、走ることに切り替えきれないことがままある。ノーヒット続きの今だと余計に、『チームを勝たせる』という意識よりも『自分の現状を嘆く』気持ちが勝ってしまうのだろう。
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「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ライト、松村に代わりまして、アゴナス。5番ライト、アゴナス。背番号44」
「あー、降ろされたかぁ……」
「これは残当」
「いや、ちょうちょはあんなに甘やかしてたのにマッツはこれってちょっとあんまりじゃね?」
「いやいや、実績が全然ちゃうやん」
「何にしても優勝狙ってるくせに色々後手後手すぎやろ」
(……『深いところで選手を甘やかしてる』。確かに振旗コーチの言う通りなんだろうね。先月、月出里くんをあれだけ使い続けといてこれは松村くんに申し訳ないところだけど、ずっと借金が返しきれない状況が続いてるからね……)
伊達のこの場での判断は正しい……が、確かに後手に回ってるな。優勝を狙う上での準備がまだ足りてない。これはもっと事前に解決すべきことだった。
月出里のみならず、十握や徳田、それと今年成長著しい風刃や山口、大金で手に入れたイェーガーなど、バニーズにはウチの選手と比べても引けを取らない実力者が揃いつつある。『人材』とそれによる『戦力』という面では優勝争いをする資格は手に入れたと言えるだろう。
だが、それだけではウチに並んだとは到底言えん。我がヴァルチャーズが常勝を誇るのは、何もホームランを打ちまくったり、150km/h以上の球を投げまくってるからだけではない。『凡事徹底』、これを遵守してるから、ウチは毎年のように勝ち続けられているのだ。
ウチは堅守にも自信があるが、もちろん、人間である以上さっきのようにミスは大なり小なりする。それに関してはどこの球団も大体イーブン。他にも主力選手の故障離脱や巡り合わせの良し悪しなど、戦力や努力だけでは他球団と差を付けられない部分はいくらでもある。
だがそれでも、『真剣に勝ちを目指していればなくせるミス』というのも必ずある。さっきの全力疾走の怠りがまさにそう。たとえそんな小さな蓄積であっても、他の要素で他球団との差を付けづらい以上、最終的な勝敗を揺るがすのは大いにあり得ること。
松村本人にも当然非はあるが、その芽を摘み取れてなかった伊達の責任の方が大きい。この辺が、現役の頃から優勝を経験していない指導者の弱みだな。
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