第百十八話 執着(8/8)
バットを振りながら、時々グラウンドの方を見ると、ライトの守備位置で延々とノックを受け続ける天野さん。
「もう1本!」
息を切らしながら、何度も打球を追う。ファーストを守ってる時は難しい打球も送球も簡単に捕れるのに、ライトだと一歩目が不自然なくらい遅れる分、フライに届かなかったり、送球も手前で叩きつけたり遥か真上に投げてしまったり。脚と肩そのものは良いから、余計に荒さが際立つ。
やっぱり、話に聞いてた通り。天野さんは元ジェネラルズのプロスペクト。競合ドラ1で五宝さんの背番号を貰ったり、とにかく大きすぎる期待に反してなかなか結果が出せなくて、そのプレッシャーでイップスを患ったって話。そしてそれがきっかけでバニーズにトレードで放り出されたって話。
……よく考えたら、あたしと天野さんって色々と真逆だよね。あたしは全然期待されてなかったのが逆に良かったのかもしれない。プレッシャーとかそんなのはともかく、最初からそんなに注目されてたら色々めんどくさくて練習の邪魔になってたと思うし。もし天野さんと同じ立場だったら、あたしは今くらいやれたのかな……?
「月出里さん、お待たせしました」
「あ、どうも」
梨木さんに頼んで、あたしが鹿籠さんから一発を打つ前と後の映像を用意してもらった。画面を左右に二分割して、左側が前、右側が後って形。
「編集レベルはこのくらいで良いんですか?重ね合わせて差異の解像度を上げたりもできますが……」
「あ、大丈夫です。これで」
そんなことしたら前の打ち方がわかりにくくなってややこしいだけだし。
(『火曜日までにベースは以前の打撃に戻しつつ、今のようにホームランも打てるように』、か……そんな大掛かりなアップデート、果たしてこんな短期間でできるのだろうか?たとえプロであっても、人間が自分自身の動作を正確に認識できる能力なんて知れてる。ある程度の期間で何度もトライ&エラーを繰り返してようやく実現しうるもの。山口さんや宇井さん、雨田さんを見ててもそうだった。こうやって時代を経て技術というソフトウェアは大きく進歩したけど、人間というハードウェアが特別進化したわけではない。まぁだからこそ、僕のような技術屋にも野球という分野で生きる余地があるのだけど……)
梨木さんとアシスタントさんが機材の準備をしつつ、あたしと優輝はティーの準備。
「準備できました?」
「はい!いつでもどうぞ!」
とりあえずはティーで、前のフォームの再現。こんな感じかな?
「……!?」
「続けます」
優輝がボールを置いて、あたしが打つのをひたすら繰り返す。
「どんな感じですか?」
「え、えっと……こんな感じです。先ほどお見せした、以前のフォームが左。真ん中は先ほどのティーバッティングの映像を全て重ね合わせたもの。右はそれらを全て重ね合わせたものです」
映像を見比べる。うん、特に問題ないかな?置いてるだけの球に対して前のフォームをそっくりそのまま真似して打つなんて、それくらいならすぐにでもできるよね。
動いてる球に対してだとちょっと普段の打ち方が出ちゃうかもだけど……
「逢ちゃん、お待たせ。もう良いよ」
「あ、どうもです」
天野さんがノックを切り上げて、クールダウンに入る。待ってる間にトスでもやっとこうかなと思ってたけど、この感じならいきなりフリーでも良いかな?
「優輝。とりあえず最初は軽めのまっすぐだけお願いできる?」
「OK」
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「ラスト!」
最後の1球を打ち返す。最後の最後まで柵越えはならず。でも逆に今はそれで良い。
「梨木さん、どうでした?」
「あ、はい……問題なしです……」
映像を確認。やっぱりフリーバッティングでもちゃんと前の打ち方になってる。
(驚いた……この短時間で本当に戻すだけはやってしまった……もっと実戦レベルになれば変わってくるかもだけど、卯花さんも徐々に投球のレベルを上げていってこれなら……)
……ただ、ここから先がきっと難関。今までのあたしは、『打率』か『ホームラン』かのどっちかしか稼げなかったんだから。これからはその両方ってなるとね……
「優輝、お疲れ様。今日はこれくらいで良いよ。明日明後日も投げてもらうから、しっかり肩休めといてね」
「うん」
「お疲れ、逢ちゃん。どんな感じ?」
「良い感じです。今のところは」
あたしも一旦休憩しつつ、ベンチで天野さんと話し合う。
「天野さん、何で外野のノック受けてたんですか?」
「そりゃもちろん、一軍でも守れるようにね。一塁だけしか守れないんじゃ、金剛さんや桐生くんとかに出番取られっぱなしになるかもだし」
「でも天野さんって……」
「うん。見ての通り。これでもマシになったんだけどね」
「…………」
「打つ方じゃもう逢ちゃんに勝てるとこほとんどないし、それで守れるのはファーストだけ。せっかく今年はみんな優勝を目指して頑張ってるのにこのままじゃ、ぼくは役に立てないからね。いつまでも過去のこと引きずって『怖い怖い』なんて言ってられないよ」
「……すごいですね、天野さん」
「そんなことないよ。そもそも今年一軍の試合に全く出れてないんだから。試合に出れなきゃ役に立ちようもないよ」
「出れても、あたしみたいに足を引っ張ることもありますけどね」
「引っ張ってなんかないよ」
「?」
「去年良い成績残して、春季キャンプでも社会人のチームに負けた時に腐らない姿勢を見せたり。逢ちゃんは間違いなく、今のバニーズの原動力になってるよ」
「……!」
「最近の成績でもどかしく思う気持ちもわかるけど、それでも今まで全く打てなかったホームランがいっぱい打てるようになったのは間違いなく進歩。振旗コーチからバッティングを教わった者同士なんだから、逢ちゃんがそんなふうになれたのは誇らしく思うよ」
あたしは単に、ホームランに執着してただけなのに。『そうしなきゃもう二度と打てなくなる』ってビビってただけなのに。
それでも天野さんは、あたしのことを認めてくれてる。立場的にあたしに先を越されて、きっと思うところは人間として絶対あるはずなのに、『チームを勝たせる』ことを一番に優先して。自分をもっと高めるために、プレーにも悪影響が出てるほどの嫌な過去にも立ち向かって……
それに比べて、あたしはほんと器が小さい。『天野さんに勝てた』なんて、思い上がりも甚だしい。
……バッティングがちょっと上手くなっただけで、あたしの根っこの部分はあの頃と同じ。ルーキーの頃の紅白戦で、天野さんのホームランを見てムキになって、結果としてチームを負けさせたあの頃と。
「天野さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「うん。ぼくももうすぐ一軍に戻れるはずだから、一緒にバニーズ優勝させようね?」
「はい」
根っこが変わらなきゃ、バッティングだって変えられやしないよね。
「優輝。あたししばらく残るけど……」
「おれも付き合うよ。もちろん」
「……ありがと」
「おやおや〜?ねぇねぇ逢ちゃ〜ん、前から思ってたんだけど〜、そこのイケメンくんともしかして〜?」
「ノーコメントで」
「んもう!ノリ悪いなぁ〜……」
こういうとこは、天野さんは変わってないけどね。




