第百十八話 執着(6/8)
******視点:振旗八縞******
試合後、球場内のミーティングルーム。残ってるのは私と月出里だけ。
「こうやって呼び出しも久しぶりね。あんたがルーキーの頃以来かしら?」
「…………」
要件が何なのか心当たりはあるのか、目線を逸らして黙り込む月出里。
「野球は3割打って上等なんだから、失敗そのものを責めるつもりはないわ。だけどどうしてそこまで一発にこだわるのか、それだけはそろそろ聞かせてくれるかしら?」
沈黙が続くけど、それでもここ3年以上の信頼の証なのか、ようやく口を開いてくれた。
「……怖いんですよ」
「怖い……?」
「またホームラン、打てなくなっちゃうんじゃないかって……」
「……プロに入る前、最後にホームラン打ったのって高1の時だっけ?」
「はい。すみちゃ……オーナー相手の時です」
5年以上……まぁやっぱ、それが理由よね。
「『スラッガーとしての才能がある』……オーナーやコーチの言ってることを信用できないわけじゃないんです。でも結局打つのはあたし自身だから、あたし自身がどうにも信用できないんです。ずっと打ててなかった実績持ちですから」
「……それで、これからも鹿籠を打った時のやり方を維持する『つもり』なのね?」
「少なくとも、インハイならホームランにできますから」
「できなかったわよね?」
「ッ……!」
「実際は今のあんたの打ち方は、鹿籠から打った時から大なり小なり変わってる。というか、変わってなきゃ10本っていう本数に説明が付かないのよ。鹿籠みたいな特殊なピッチャーに対するアプローチが他のピッチャーにもそっくりそのまま通用するわけがないんだから」
「…………」
「今のメジャーは平均球速が爆上がりして、チマチマヒット打ってるくらいなら三振覚悟でフラレボに走って一発狙いした方が点が入るって考えが主流。日本だって以前から若王子とかウチの金剛とか、低打率でホームラン重視のバッターは普通にいるし、そういうバッターの存在も、打率至上主義が強かった頃からちゃんと評価されてきた。だけど、今のあんたはそういうのとは似て非なるもの。一定のレベル以下のピッチャーの特定の球しか捉えられず、チームも勝たせられない、数字だけの薄っぺらいバッター」
「それは……」
「今のあんたはホームランとか伊達とか周りの評価とか、そういうのに甘えてるだけ。テレビの仕事をめんどくさがってるくせに、テレビでの大衆人気を盾にして自分勝手を貫いてるだけ。オリンピックで日本に金メダルをもたらして、"総合力なら球界トップクラスの野手"って言われてた去年のあんたには到底及ばない。それが私の素直な感想」
「……『我が儘の資格』、もうないですかね?」
「今のあんたにはね。今のあんたじゃ、伊達からもらった誠意に応えられっこない」
「…………」
「別に『ホームランをもう狙うな』って話じゃないのよ?『ホームランばかりに執着するな』って話。打者個人が一番目指すべきは『チームの勝利』。ホームランはその手段の一つ。どんな場面でもホームランを100%打てるのが一番理想的なのは事実だけど、実際は相手投手だって同じプロで、打たれないことに人生を賭けてる連中。そんなに上手くいくはずもない」
「前まで通りの中に、ホームランだけ増やせたら……」
「そういうことね。大事なのは"常にチームを勝たせられる可能性がある打者"であること。これからも何百、何千という試合をプロとしてやっていく以上、勝つためには『何が何でもホームランを狙わなきゃならない』場面も、『最低限シングルを打たなきゃならない』場面も絶対にある。前までのあんたはホームランっていう選択肢がなかっただけで、『勝つために最善を尽くす』ってのはちゃんとできてた。そこからもう一歩だけ先に進むのが、今のあんたが本当にやるべきこと」
「……それでも」
「ホームランを手放すのが怖い?」
「はい……もうシーズン入っちゃってますし……今の感覚をキープしつつだと……」
「ある程度時間があれば、できるのね?」
「そうなったのなら、やるしかないです。あたしだってコーチの言ってることが本当だと思います。"常にチームを勝たせられる可能性がある打者"、それがあたし自身が目指すべき"史上最強のスラッガー"って奴なんだって、あたしも思います。それで時間までもらったんじゃ、もう言い訳ができませんから」
……月出里はルックスに関してだけは自信満々のくせに、野球とか他のことになると途端に周りも自分も信じなくなる。それでもどうにかこれくらい言えるようになったのは、困難を乗り越えて成功を掴んできたからでしょうね。
ホームラン1本打つのにだいぶ時間はかかったけど、今までの道のりは決して無駄じゃなかった。今までも、そしてこれから先もそう思わせてこそ、私もコーチってもんよね。
「なら1つ提案があるんだけど」
「提案……?」
「あんたにとっては怖い選択になるかもしれないけど、多分伊達も理解してくれるはずだし、私も弁護するわ」
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