第百十八話 執着(4/8)
******視点:金剛丁一******
GW明けの5月7日。今日からはビジターでアルバトロスとの三連戦。
「1回の表、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
今日も変わらず月出里は1番。
「ストライーク!」
「まずは外から入ってきました!148km/hまっすぐ見逃してストライク!」
そして向こうの1戦目の先発もやはり鹿籠。アルバトロスとのカードは3回目だが、その全てがそう。完全にウチにぶつけることを意識してローテを組んでるな。
まぁ鹿籠の登板時は左打者優先で、今日みたいに俺がスタメンで出られる確率が高いから、その点ではありがたいと言えるのだが。
「ボール!」
「これも外!外れました!」
「ストライーク!」
「これも外!見逃してストライク!」
(くそッ、また高め来い……!)
(月出里さんとの勝負にはこだわるけど、別に『高めまっすぐで今度こそ』とかそんなのにこだわる気はないよ)
「ボール!」
「スライダー!これも外、外れました!」
今の見逃し方、一見すると以前の月出里の選球眼が戻ったようにも見えるが、おそらく違う。あれは単に捨てただけだ。俺自身も確実性より一発を重視する打者だからわかる。
(下手に外スラを撫でにいっても空振るばっかり。もちろんゾーンを絞った上でも入りそうなら極力カットするけど、この際見逃し三振覚悟で、打てる球をしっかり待つ)
(そんな覚悟なら尚更……)
「!!!」
「ストライク!バッターアウト!」
「外いっぱい!見逃し三振!最後は151km/h、ズバッと決まりました!」
(わたしのまっすぐを打たせるわけにはいかないよね?)
(くそッ……くそッ、くそッ……!)
徹底して外攻め。完全に向こうの方が上手だったな。
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「ナイスあおちゃん!」
「やっぱ先月の一発はマグレだったんだな」
「一発なんて打たれてませんよ?(ゲス顔)」
「先々週も3タコだったし、今日も先頭から自動アウトで助かるわ」
「ほんまつっかえ!」
「初ホームラン(笑)の幻想に取り憑かれすぎやろ」
「結局、葵姉貴にカモられてるしなぁ」
「『優勝する』とか言ったくせに、ちょうちょと心中するつもりかよ」
「顔だけの奴立てて目先の利益重視なの全然変わってへんやん」
「…………」
アルバトロス側の歓声と、バニーズ側のため息が混じる中、神妙にグラウンドを見つめる伊達さん。
……伊達さんは自分自身を壊してしまえる程度には自分に厳しいが、他人にはどこか甘い人だ。その甘さが今の月出里を作り上げた部分もおそらくあるのだろう。
(うーん……逢ちゃんのことを信頼してはいるけど、今の調子ならせめて下位打線に置いても……)
(やっぱ一度でもWARとかでトップ獲れると、色々安泰だよなぁ)
(いっつも凡退してばっかのくせにデカい顔しやがって……)
(テレビに持ち上げられまくってるからって調子こいてんじゃねぇぞ)
(っていうか監督、もしかして月出里と……?せっかく綺麗な奥さんも可愛い息子さんもいるのに……)
ベンチに戻ってきた月出里に対する他のメンバーの視線はやはり冷ややかなもの。月出里自身もおそらく気付いてはいるだろうが……
(まぁ申し訳ないけど、もっと確実に一発を打てるようになってマイナスは取り戻すよ。そのために伊達さんだって使ってくれてるんだろうし)
元々神経の図太い奴だからな。
……『投手陣は例年以上に質が良いから、一発のある月出里を1番に置いて、ソロでも良いからホームランの試行回数を稼ぐ』。そう考えれば合理的と言えなくもない。打率こそ大きく落ちたが、出塁率はまだ1番として十分信頼できるレベルだし、盗塁こそ減ったが脚自体は健在。打席を多く与えて、復調するチャンスも増やそうという意図もあるのだろう。
だが、そんなのは単に数字を見ただけの理想論。実際に試合を見てみればわかる。今の月出里は一般的な低打率のスラッガーとは似て非なる存在。稼げる時に数字を稼いで、それっぽく見せてるだけ。
バッティングのスタイルが大きく変わったとかそういうのよりもっと深い部分で、今の月出里は去年の月出里よりも遥かに劣る。オリンピックで帝国代表を頂点へ導いたあの時の月出里には遠く及ばん。それだけは確実に言える。
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少しゲームが進んで、打順ももうすぐ一巡というとこ。
「ファースト……!?」
「セーフ!」
「ああっと!足が離れてます!記録はセカンドのエラー!」
「よう走ったあけみん!」
「責任追及打線発動や!」
「いや、でも次は……」
今日は百々(どど)も頑張っててまだゼロ進行。この状況での向こうのミスは流れを引き寄せる絶好のチャンス。
だが……
「1番サード、月出里。背番号25」
よりによってここで月出里。
「先制ツーランじゃ!やり返せ!」
「いやぁ、ちょっとギャンブルすぎやろ……」
(……『優しさ』と『甘さ』を履き違えるな、か。確かにその通りだよね)
「……!!?」
伊達さんが前に出て月出里にサインを送る。
「おおっと!バントの構えです!」
(どうせ追い込まれるまでは狙い球以外見逃してカウントを悪くするくらいなら、ね)
「おっ、ようやく伊達も考えるようになったな」
「次リリィやし、ちょうちょゲッツーあるからなぁ」
「いやでも、バントやらせる程度なら下位に置けよ……」
(つまんない……)
(つまんないのはあたしも同じだよ。でも、伊達さんに使ってもらってる以上は……)
月出里も、それに向こうの鹿籠も、一瞬不満を表情に滲ませる。
「ボール!」
「ファール!」
月出里は一軍出始めの頃は割と頻繁にバントを任されてたし、大抵上手くやってた。
だが今は……
「ファール!」
(バントやるだけでもめんどくさい軌道して……早く決めて、次の打席で今度こそ……!)
目の前にある、『勝つためにやるべきこと』に集中しきれてない。
(無理か。今ので球筋が見えてたら良いんだけど……)
伊達さんが再び月出里にサインを送る。
(ヒッティング……!)
「さぁワンボールツーストライクと追い込まれました」
(スリーバントくるか……?いや、だとしても無難に外まっすぐだな。最悪送りでも、面倒なリリィを歩かせる大義名分になる)
(……!!!あっ……)
(来た……!)
キャッチャーミットは変わらず外に置かれてたが、投球の軌道は内寄り高め……
(くっ……!?)
「打ち上げた!ファールグラウンド、キャッチャー見上げて……」
「アウト!」
「捕りましたワンナウト!」
(くそッ!狙ってたとこだったのに、思った以上に伸びてきた……!)
(コースは多少間違えたけど、もうリリースでミスはしない。意図した形じゃないけど、これであの時一発にされたまっすぐの仇は取れたね……!)
「えぇ……(困惑)」
「いつものホームランコースやったやん……」
「何のためにバントでカウント悪くしてまで球筋見てたんですかね(憤怒)」
天を仰いで悔しがりながらベンチに戻る月出里とは対照的に、静かにガッツポーズしてみせる鹿籠。月出里が望むスタイルを貫くと言うのなら、今のは仕留めて然るべきだった。
この回、相手にこれだけ助けられて点が取れませんでしたになったら相当まずいな……
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