第百十七話(第三章最終話) オーバーダイブ(6/7)
「ツーボールツーストライク……」
(……何にせよまっすぐ1本は怖ぇな。まだボール球は1ついける。外スラで釣るぞ!)
外スラ……!
「ファール!」
「これも合わせました!」
(もう1球!)
「……ボール!」
「外外れました!これでフルカウント!」
まっすぐに対する余裕ができれば、このくらいの外スラは何てことない。
「ええでええでちょうちょ!」
「いつもの調子やんけ!」
「散歩でもかまへん!繋げ繋げ!」
(くそッ、こうなったら最悪歩かせで低めチェンジアップを……)
(…………)
鹿籠さんが首を横に振って、次の球がなかなか来ない。
(惜しい当たりがあっただけで、まっすぐはまだ負けたわけじゃない。もしどっちを選んでも負けるとしても、わたしは後悔しない方を選びたい……!)
(……しゃーねぇな)
!!!
「ファール!」
「153km/h!鹿籠、ここで最速を更新!しかし月出里もどうにか当てました!」
さっきまでよりさらに球威が上がった……!?
「ファール!」
「これも152km/h!100球を超えましたがなおも威力のあるまっすぐが続きます!」
(岡正さんに受けてもらって練習してるだけでもまっすぐは磨けるって思ってたけど、それだけじゃきっと破れない殻があるってこと……だよね?)
「ファール!」
「154km/h!またもや最速を更新!」
「良いぞ良いぞ葵!」
「真っ向勝負大いに結構!」
「今日も"いけすかないバタフライ野郎"涙目にしたれ!」
(……楽しい)
……こんなに粘られまくってるのにニヤけちゃって。あの変態と同類じゃん、鹿籠さん。
でも、投げる球のエゲツなさとか、正々堂々勝負するとこもあの変態と同じ。こういう勝負に勝ってこそ、あたしが出した結果も輝くってもの。そして、あたし自身ももっと強くなれるってもの。
(大したもんだぜ、この土壇場で……こりゃもう鹿籠のまっすぐを信じるしかねぇな)
(月出里さんに勝つにはまだまだ足りない。わたしがずっと目指してるまっすぐに近づかなきゃならない。もっと速く。もっとスピンをかけて。誰よりも速く、誰よりもまっすぐなまっすぐを……!)
一打同点。それでも十分だけど、目指すならやっぱりもっと上。
今日はナイターで、ちょうど外野スタンドの方に月が浮かんでる。いつか振旗コーチにも言われたように、『三日月に向かって、三日月を描くように』……
(あ……)
リリースのほんの少し後。球の軌道的に『インハイに来る』と直感が働いた。そこから先は、本当にゆっくりと時間が流れた。タイミングを見計らって、普段の素振りとか優輝とのフリーバッティングを復習するように、動作の1つ1つを繋ぎ合わせていく。
(……!!!)
教わった通り、グリップはギリギリまで残して、インパクトの瞬間にヘッドを立てる。
そしてボールがバットに触れる一瞬前に、また"あたしの中のあたし"が姿を現した。タブレットを抱えて、今度は天使の格好で。
『これはツーベースだね』
あの時と同じで、タブレットにはおそらく数秒先に起こるであろう未来が映像として映し出されてる。レフト線付近への強いライナー。前はこの子の結果予想を否定したけど、今度ばかりはあたしも同じ見解。きっとそうなると、あたしも確信した。
「「「「「…………」」」」」
けどインパクトの瞬間、頭の中の光景が一瞬で切り替わった。それは、あたしがずっと願ってやまない光景だった。期待を抱きつつ、現実に視線を戻すと、あたしは反射的にもう一塁方向に駆け出してて、望んだ通りの光景が広がっていた。
動作の1つ1つを連動させて、なるべく引き出したスイングスピード。そこで、思ったよりもバットの芯のわずか上に当たった打球は、予想通りレフト方向のフェアゾーンギリギリくらいの方向。けど、着弾点がまるで違う。フェンスを越えるどころか、球場そのものからも飛び出してしまった。
あたしにとっても、そして観ていた全ての人達にとっても、きっと想像してなかった光景。球場全体が静まり返って、ボールが外の池に飛び込んだ音が聞こえたような気がした。
「と……と……飛び込んだぁぁぁぁぁ!!!!!」
「「「「「おおおおおおおッッッッッ!!!!!」」」」」
直後、球場全体が揺れるような大歓声。
「月出里逢!プロ4年目にしてプロ第一号!逆転!スリーラン!オーバーダーイブッッッ!!!」
「「「「「っしゃあああああああ!!!!!」」」」」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
「何ちゅうパワーしとんねん……」
「ワイルーキー時代からのちょうちょ追っかけ。感涙」
「(ちょうちょがホームラン打てるようになったら弱点)もうないじゃん……」
「話ができすぎてる、やり直し(辛辣)」
「先ほどの打球、トラッキングシステムでの計測では打球速度191km/h、打球角度27度、スイングスピード165km/h……鹿籠のまっすぐも156km/h出てたのですが、外の池まで持って行きましたよ……」
「いやぁ、逆に何で今までこういうのがなかったんでしょうねぇ?インハイのかなり厳しいコースだったのに、この振り抜き……この球場の場外ホームランなんて久しぶりに観ましたよ。『オーバーダイブ』でしたっけ?」
「はい。サンジョーフィールドは周りが池に囲まれているので、場外ホームランはほぼほぼ外の池に飛び込むことからそう呼ばれてます」
「プロ第一号がこれだけ劇的な場外弾……いやぁほんと持ってますねぇ彼女は」
止まない歓声の中、右手を揉みながらゆっくりとダイヤモンドを回る。久しぶりの感触。久しぶりの一発。そして初めての祝福。
「逢ちゃーん!!!」
「逢!すげぇぞお前!!」
「月出里!ナイバッチ!!」
「月出里!おめっとさん!!」
「流石やで"天才打者"!」
ベンチからもブルペンからも、あたしへの賞賛。一緒にバニーズに入った佳子ちゃん、神楽ちゃん、雨田くん、リリィさん、冬島さん。この5人の前で打てたのももちろん嬉しい。約束通り、神楽ちゃんに勝ち投手の権利を付けられたし。
「いよっ!逢ちゃん帝国一!!」
「月出里さん!!!」
ネクストの火織さんと、その次の打者の十握さんも。十握さんなんてベンチから出て、何故か斜めに飛び跳ねてはしゃいでる。あたしも釣られて、涙を必死でこらえながら、万歳のポーズをしながら三塁を通過する。
(……ん?)
三塁付近だから、必然的に真野くんのそばを通過する。猪戸くんもそうだけど、同い年なのにあたしより先に4番サードになった人。今日ようやく勝てた気がする。
・
・
・
・
・
・
【バニキ・バネキの集い】天王寺三条バニーズ総合スレ7【2021】
6 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
きたああああああああああああ!!!!!!!
7 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
デカイ!
8 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
ちょうちょ、いや……"セフィロス"
9 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
このまま逆転勝利いけるよな、バニ!
10 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
そうだろう、"セフィロス"……!
11 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
ちょうちょはスンゲーマッチョだぜ!
今年初めてのオーバーダイブを打った!
12 : 風吹けばちょうちょ [] :2021/04/06 (火)
勝てる……勝てるんだ!
・
・
・
・
・
・
******視点:月出里逢******
「今ホームイン!4-3!バニーズ、7回の裏でついにゲームをひっくり返しました!対アルバトロス戦12連敗、対鹿籠葵5連敗を止めうる、非常に大きな一発!!」
ホームベースを踏んでからも、もちろん嬉しい時間は続く。
「ナイバッチっす!さすが"バニーズの最強打者"っす!」
「最高の仕事だ。よくやった」
「ふぉぉぉぉぉ!ワタクシメ、逢ちゃんに繋げられて本当に良かったです!!」
ベンチの前で待ってたチームメイトやコーチ達ともタッチを交わす。
「ようやくやったわね」
「『三日月に向かって、三日月を描くように』」
「ええ、文句なしよ」
「本当にありがとうございました」
「そういうのは1回ホームラン王になってからにしなさい」
もちろん、振旗コーチとも。
プロに入る前はへっぽこだったのに、去年は首位打者一歩手前まで打てるようになって、今年ようやく一発を打てた。こうやってステップアップできてるのも間違いなくこの人のおかげ。
「これで"ダメ監督"とは呼ばれないかな?」
「そんなこと一度も思ったことないですよ、あたしは」
「……打ってくれて本当にありがとう」
「こちらこそ。信じてくださってありがとうございます」
最後に伊達さんとも。
あたしの実力を認めて、あたしは勝つのに必要だと思ってくれた。鹿籠さんに負けっぱなしだったのに今日もスタメンでここまで我慢して使ってくれた。そうじゃなきゃ、この一発は永遠になかったかもしれない。
その人が"良い監督"か"悪い監督"か、決め方は人それぞれだと思うけど、あたしはこの人も『勝たせたい』と、そう思える。あたしはどうも、監督運は良い方みたい。
すみちゃんと、家族のみんなと、川越監督と……それに、あの柳監督も観ててくれたかな?
******視点:三条菫子******
「ふふふ……」
逢の久々の一発。私自身が打たれた時とか、その後のこととかを思い出したりもするけど、今は私の望み通りになった喜びが勝ってる。
鹿籠葵は確かに天敵。だけど、唯一『いつもの打ち方』では攻略できないからこそ、唯一"逢がホームランを狙える投手"でも『あった』。
テーブルに置いてたノートパソコンを開いて、サンジョーフィールドのトラッキングシステムにアクセス。ちゃんとデータは取れてるわね。
この試合を見る限りでも、鹿籠のフォーシームは相変わらずシュート成分もスライダー成分もほぼなく、ホップ方向へ集中してる。その分布の偏りのなさも驚異的だけど、最後の1球……逢に打たれたのだけは一際ホップ成分が強く、それでいてほんの少しだけシュートしてる。つまりは一般的なフォーシームよりも球速が速めかつ少しホップしてるくらいで、それ以外は特異性のない球。おそらく鹿籠自身も逢に勝つためには今まで以上のフォーシームを投げなきゃって気持ちだったんでしょうね。そして結果的にいつも以上の出力こそ出せたものの、あの正確無比なリリースに僅かな狂いが生じた。
逢も多分、『いつもの打ち方』を意識して封じてたはずだけど、人間今までやってたことを急に変えるなんてことはそうそうできるものじゃない。身に付いた癖というものはなかなか修正できない。鹿籠との対戦経験は確かに積み上げてきたけど、それでもまだ試合数にして10かそこら。鹿籠の方も成長を重ねて変化もしてる。最適な打撃を構築する上で、不足してる参照を無意識に他の経験にも求めたはず。逢もプロに入って大きく成長したけど、まだある程度は『いつもの打ち方』に頼らなきゃいけない段階のはず。
だから、もしも鹿籠の球筋がいつも通りだったら、攻略こそできてはいたけど、ホームランという結果にはまだ至らなかったと思われる。シュートした分のエネルギーロスがホップ成分に回っていたら、単なるポップフライもありえた。あの打球の角度はきっと、想定外と想定外が重なった偶然。いつも通り真芯で捉えたはずが、ほんの少しの浮きで芯の僅か上に当たったのがあの結果。
でもこの偶然はきっと、逢にとっても、そして私にとっても大きな一歩となる。
「ん〜……」
普段は電子マネーで、滅多に開かない小銭入れ。ビール1本分はあるかしら?1日1本って決めてるけど、今日くらいは祝杯でってことにしようかしらね?
小銭入れと部屋の鍵を持って、ホテルの中の自販機へ向かう。
******視点:月出里逢******
今日もしこのまま勝てたら、ヒーローインタビュー、何て言おうかな?若王子さんみたいに、あえて『打てて良かったです』だけ言っちゃおうかな?その方が後々めんどくさくなさそうだし、どうせマスコミとかのせいで注目されるなら、どっちかって言うとクール系で売っていきたいし……ウヘヘヘ……
「……ん?」
そんな感じで、ベンチに腰掛けて余韻に浸ってると、球審がこっちのベンチを指差して……
「アウトォォォ!!!」
「「「「「は……?」」」」」
え……?アウト……?
「え……?どういうことやねん?」
「普通にホームランやろ?何がアウトなんや?」
「わけがわからないよ」
突然のアウトコールに、球場中がざわつく。ふとグラウンドの方を見てみると、火織さんはまだネクストにいる。アホみたいな妄想してる間に火織さんが打ち損じたのを見逃してたのかと思ったけど、そんな感じじゃないみたい。
騒然とする中、球審がマイクを取りに行く。多分今のアウトコールの説明のためだと思うけど……
「えー、球審の■■です(半ギレ)!先ほどの月出里選手のスリーランホームランですが、真野選手のアピールがあり、月出里選手が三塁ベースを踏まずにホームインしたため、先ほどのホームランは取り消しとし、月出里選手にはアピールアウトが適用されます!ただし、松村選手と有川選手は月出里選手のホームインの前に正規の手順でホームインしているため、スコアは3-3、月出里選手の打撃記録は2点タイムリーツーベースヒット、スリーアウトチェンジで8回表からゲームを再開します!」
……取り消し?ようやく打てたホームランが?
「「「「「ええ……(困惑)」」」」」
球場全体がさらに動揺する。
……あ。そういえば……
「と、とりあえず先ほどのリプレー映像を観てみましょう!」
球場のバックスクリーンに、さっきあたしがダイヤモンドを回ってる時の映像が映し出される。ホームランのハイライトなんていつものこと。ホームランのリプレー検証だってポールを巻いたかどうか、本当にフェンスを越えたかどうかくらいで、それ以外での検証なんて聞いたことがない。
「あー、踏んでませんねぇ……」
「右脚がベースからもオーバーダイブしちゃってますねぇ……」
でも、思った通り。思い返すと、確かに三塁だけ踏んだ記憶がない。映像でもあたしの右足は三塁に触れることなくホームの方へ向かってしまってる。
あの時はちょうど嬉しさが極まって万歳しながら駆けてたとこ。高1以来のホームランで、ついはしゃぎすぎちゃった……
「「「「「何やってんだお前ェっ!!!!!」」」」」
「どこの世界にベース踏み忘れてホームラン取り消されるアホがおるんじゃ!?」
「感動の涙を返せや!」
「ちょうちょの謝罪懺悔レズビはまだですか?(クソノンケ)」
「あははははは!wwwあんなん初めて観たわ!!wwwww」
「"いけすかないバタフライ野郎"って思ってたけど、笑いを解ってるやんwwwww」
「場外ツーベースはおハーブ生えまくりですわ」
「ねーパパー。あの人、ホームランを取り消されて参ってるの?」
「いや、気合を入れてもらってるんだよ」
ホームラン取り消しが妥当であると証明されて、観客席から非難の嵐。あたしと並んで、バックスクリーンの映像をベンチから身を乗り出して注視してたベンチメンバーも、何とも言えない表情をあたし向ける。
ほんと何やってんだよ、あたし……確かに打つ瞬間まではあたしもツーベースだと思ってたけど、何でこんな形で思った通りに……
「あ、逢ちゃん!?大丈夫!!?」
「あはははは!wwwす……月出里、お前ほんま面白いな!!wwwwぷはははは!!!wwwww」
「逢……お前なぁ……」
「「…………」」
魂が抜けそうな心地のあたしを心配する佳子ちゃん。大爆笑するリリィさん。神楽ちゃんと雨田くんと冬島さんはただ呆れるばかり。さっきまで祝福一色だったのに……
ただまぁ、関西の球団だからかな?本気で怒ってる人もいるにはいるけど、大体の人がいじりとかそんなの。まぁそれは救いでもあるんだけど……今日からは"クール系美少女スラッガー"で売っていこうと思ってたのに、こんなの一生ネタにされるやつじゃん……
******視点:三条菫子******
「…………」
少し酔いが回ってたのもあって、久々にスキップしながら部屋に戻ってきたのに……
「何やってるのよもう……」
すっかり酔いが覚めて、せっかく買ってきた缶ビールを開けずにテーブルの上に置いたまま、画面の前で頭を抱える。ベースの踏み忘れでホームラン取り消しとか、何でそんなクッソ面白い瞬間を見逃してんねん、私。何のための関西人やねん……
っていうのは半分冗談で、あの子もほんと何やってるのよ……アルバトロス戦の連敗ストップもかかってるってのに……
……まぁ良いわ。取り消しにはなっても、『ホームランを打つ』っていう成功体験が消えるわけじゃないし、最低限の進歩はあった。
それに、『ホームランを打てるか打てないか』って話だけじゃない。私が思い描くあの『奇跡』……■ン■ュ■リテ■。それに近いものも確かに垣間見えた。あの一発はたとえ記録上からは消え去ったとしても、球史にはきっと残る。それだけ意味のある一発だと私は思ってる。
・
・
・
・
・
・
今回のエピソードはO氏の756号と、N氏が天覧試合でM氏のインハイシュートをサヨナラホームランにしたのと、N氏がルーキーイヤーにベースを踏み忘れてホームランを取り消されたのがモチーフになってます。




