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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十七話(第三章最終話) オーバーダイブ(3/7)

******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


 変わらずホテルの一室。とっくに缶ビールを飲み終えて、身体がポカポカしてきた頃。


「7回の裏、バニーズの攻撃。5番ライト、松村(まつむら)。背番号4」

「この回の先頭打者は松村。開幕からコンスタントにヒットを量産していますが、今日はまだノーヒット。そしてこの回も鹿籠は続投となります」


 すでにゲーム終盤。今の時代だと、先発投手はもうとっくに降りててもおかしくないけど、今日の鹿籠(こごもり)は球数的にまだ余裕がある。完投は流石にないと思うけど、(あい)との相性を考えれば、最低でもあと打者5人分くらいまでは投げるはず。

 ……そしてそれは裏を返せば、逢にはまだあと1回だけ、この試合の中で鹿籠と勝負できる見込みがあるってこと。


「ファール!」

「初球から振ってきました!」

(少なくとも私としては、逆に調子の良い時ほど厄介なピッチャーですね。普通の投手なら上手く打てるイメージがある分、余計にまっすぐの軌道のズレが補いづらい……)

(この分だとインコースまっすぐでカウント稼げそうだな)

「2球目……」

(逆球……ッ!)

(ッ……!)

「叩きつけた!逆方向高いバウンド!ショートチャージして素手でキャッチ!」

「ファースト!」

(こんなところで終われない……!)

「ヘッドスライディンング!」

「セーフ!!!」

「一塁セーフ!……おっと、ここで村上(むらかみ)監督が出てきて……リクエストです!」


 当然ね。2点差でも先頭打者の出塁は大怪我に繋がる。疲れが出始める終盤なら尚更。


「セーフ!」

「セーフです!判定覆りません!記録はショートへの内野安打です!」


「ナイスガッツ松村!」

「上背あるとヘッスラも有利になるもんかね?」

「まぁ怪我せんかったらええけど」


(『5番らしくない』と言われれば否定できませんが……勝てる可能性を残せるのなら、このくらいの泥臭いこと、どうってことないですね)


「6番センター、相模(さがみ)。背番号69」


 ただ、問題はここからね。


「ノーアウト一塁で打席には相模。対右投手で高いアベレージを記録していますが、今日はここまで2打席続けて三振」


 確かに普通の右の変則投手なら結構打つわね。鹿籠は実質カット系の球をひたすら投げてるようなものだから、その"右の変則投手"と言えなくもない。ただ……


「ストライーク!」

「高め!当たりませんストライク!」

(変則的な投手なのは間違いねぇが、このまっすぐ、スピードもあるしノビもある。ただカット気味に見えるだけじゃねぇ……!)


 あくまで『打者から見たら』って話。鹿籠はある意味"究極の本格派投手"でもある。何せまっすぐが限りなくまっすぐに近いんだからね。横方向へのエネルギーロスがほぼないということは、それだけ縦のホップ方向にエネルギーが集中してるということ。『一定以上の球速を出す』のと『スリークォーターの投げ方でオーバースローのような垂直なリリースを実現する』こと、そして『回転軸を常に安定させる』ことにリソースを割いてるからか、回転数そのものはそこまででもないけど。

 鹿籠は持ち球の投球軌道的に左打者に対して逃げる球があんまりない。むしろ左打者の懐に入っていく球が中心。その上で今日左打者相手が多いにも関わらず、ここまで三振5つとそれなりに稼げてるのも、低めのチェンジアップが決まってるからだけじゃなく、いざとなればああやって高めで空振りを狙えるから。


「打ち上げた!キャッチャー見上げて……」

「アウト!」

「キャッチャーファールフライでワンナウト!」


「ああ……」

「こういう時に打てんのはなぁ……」

「やっぱ今日はおっぱいの方がよかったやろ」


(……返す言葉もねぇな。守備でもしてやられたし、不甲斐ねぇ……)


「7番キャッチャー、有川(ありかわ)。背番号0」


「ん?代打送らんのか?」

「まさかここでバントとかないやんな……?」

「一発狙いでアゴナスとかでええんちゃうか?」

伊達(だて)はいっつもこういうとこ消極的だよなぁ……」

「勝負勘が無いと言うか……」


 ……難しいところだけど、私もここは有川のままね。


(リリィくんが示してくれたように、鹿籠くんを攻略するには『実力』云々よりも『とにかく慣れること』。それゆえに他の投手を相手にする以上にスタメン選びが勝敗を左右する。初見勝負になる代打策はかなりリスキー。(ベット)を既に済ませた以上、ルーレットが望む目を出すのを祈るのみ。それで負けたら、選んだ僕の責任ってね……)

「ボール!」

(……伊達(だて)さんにとってはもう自分の手から(こぼ)れた(さい)かもしれませんけどぉ、弱い出目しかない賽にも意地はありますよぉ)

「ストライーク!」

「高めまっすぐ空振り!」


 ただ、有川の打力が不足してるっていう意見も一理ある。あの守備走塁で打つ方も最低限やれてたら、おそらく徳田(とくだ)より先にセカンドのレギュラー辺りになってたでしょうからね。


(それでも、球筋はそれなりに見てこれた……)

「ファール!」

「ファール!」

「ボール!」

「ファール!」

「ボール!」


「低め見送りました!これでフルカウント!」


(ちぃっ、流石に何度も低めチェンジアップに釣られてくれねぇか……)

(でゅふふ……文句はありませんよねぇ?)

「ボール!フォアボール!」

「高め!見極めましたフォアボール!ワンナウト一塁二塁!」

(そちらと同じことをしてるだけなのですから……!)


 まともに打つのは諦めて、とにかく粘って出るのに専念……それっきゃない、けど良い判断。


「ようやった有川ァ!」

「やっぱ有川ァで正解やんけ!(テノヒラクルー」

「こんなんじゃんけんやろ(負け惜しみ)」


(最初の2打席、とにかく球筋を見ることに専念しても、ワタクシメにはこれが精一杯……この一度きりの出塁がクリティカルなものになるのを祈るばかりですねぇ……)


 おそらく、闇雲に打ち続けるよりは、後の方の打席で確実に1回は出塁しようっていう腹積りだったんでしょうね。特にこの回は投手の代え際。現代野球で特に隙のあるタイミング。この出塁はこれだけじゃ点にはならないけど、きっと生きる。"あの子"のためにも。

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