第百十七話(第三章最終話) オーバーダイブ(1/7)
******視点:月出里逢******
風刃くんを勝たせられなかった。確かに一発狙ったりとか意地張ったところはあったけど、勝つための選択肢は間違ってなかったはず。それに見合う力があたしになかったって話。
……今日も鹿籠さんに勝てないのかな?
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、風刃に代わりまして、エンダー。ピッチャー、エンダー。背番号52」
「この回から投げるのは日本球界2年目のソリッド・エンダー。昨シーズンは最速150中盤のまっすぐと、スライダーのようなカーブ、チェンジアップを武器に40試合以上を投げて防御率2点台。安定した投球でセットアッパーとしてチームの台所事情を支えました」
風刃くんに代わって投げるのは、去年からの助っ人のエンダー。何の因果か、あたしが一昨年まで付けてた背番号。
「7回の表、アルバトロスの攻撃。7番ショート、柿原。背番号4」
……良い流れを断ち切られた後だけど、エンダーが投げて7番からなら多分大丈夫。
「ストレート詰まって、サードの前……宇井捕って一塁へ……」
「アウト!」
「アウト!ワンナウト!」
「8番キャッチャー、滝谷。背番号27」
今日初めてのサード方向へのゴロ。サードはショートと近いのに、仕事が全くないなんてことも珍しくない。
ショートとサードって、見てる側からしたらあんまり違いは感じないかもだけど、実際やってみると景色とか一塁への距離感、それから打球の速度感なんかも感覚的に結構違ったりする。元々便利屋みたいな扱いだったあたしにはそこまで苦にならないけどね。朱美ちゃんは普段ずっとショートだけど、とりあえず大丈夫そうかな?
(自分は最初は月出里さんとの兼ね合いで『サードがメインになりそう』って話でしたからね。去年、月出里さんがめちゃくちゃ打って走ってで、そっちに専念させたいってことで自分はショートメインに予定変更になったっすけど、サードの練習は今もちゃんとやってるっすよ)
「またサード方向……」
「アウト!」
「これも捌いてツーアウト!」
そして『サードは仕事が少ない』と言っても、こんな感じで連続で転がってくることも珍しくない。いわゆる『稀によくある』ってやつかな?打球の方向は投手のその時の投球内容によりけりなとこもあるからね。
(普段ショートだから動きっぱなしは慣れてるっすけど、やっぱ急に来ると焦るっすね……)
「9番レフト、中臣。背番号2」
「ツーアウトランナーなしで打席には中臣。名門・大阪桃源出身、横笛と同じく高卒3年目の若い選手です」
「アルバトロスは千葉の球団ですが、若い選手は大阪の子が多いですねぇ」
九十九くんに続いて2年連続で同じ高校からドラ1が出て話題になった子。あたしの1つ年下だけど、大阪桃源……つまり、すみちゃんや九十九くんと練習試合したのは、すみちゃんが2年、あたし達が1年の秋頃。だから中臣くんとの初顔合わせはプロになってから。
……やっぱりあの時みたいに、また一発打ちたいなぁ。せっかく1点差に戻ったんだし……
「ファール!」
「これもカット!粘ります中臣!」
(チィッ……!ヤッパウットーシーゼ、あるばとろすノ連中ハ……!!)
(エンダーも結構強い球を投げとるけど、風刃と同じ右で、選択肢も少ない。できれば風刃から打ちたかったけどしゃーない。しっかり粘って、憧れの月出里さんに近づくで……!)
「ボール!フォアボール!」
「ああっと!チェンジアップ叩きつけてしまいました!ツーアウトからランナーが出ました!」
「おいおい、サクサク抑えようぜ!」
「ドンマイドンマイ!」
「あとワンナウトしまってけや!」
ツーアウト一塁、大したことない場面と言いたいところだけど……
「1番センター、高座。背番号4」
さっき脚を生かして2点目のランナーになって、金剛さんの長打も帳消しにした高座さん。ちょっと嫌な予感がする。
「今日4打席目となります高座。ここまでヒットはありませんが、打席では粘りを見せ、守備と走塁でも期待に応える活躍を魅せています!」
(でゅふっ……高座さんの怖いところは、地味にパンチ力もあるところなんですよねぇ。基本はバットを短く持つアベレージヒッターなのですが、特に今年は開幕から長打がとにかく多い)
(ダガ、アンマリぼーる球ハ投ゲタクネェナ……次だーこんダシ)
(……行ってみるか)
!!!
「一塁ランナースタート!」
「ストライーク!」
「二塁送球……」
「セーフ!」
「セーフ!セーフです!中臣、今シーズン初盗塁です!」
急いで二塁に入ってタッチするけど間に合わず。
「ああ、冬島だったらなぁ……」
「有川ァはやっぱセカンドかセンターの方がええんちゃう?」
「……やるね」
「ど、どうも……」
盗塁を売りにして一軍に定着したあたしからしたら、今のはエンダーの抜かりでもある。
盗塁はたとえ出塁した後でもまずは投手との勝負。盗塁阻止はキャッチャーに数字が付くけど、キャッチャーはどっちかと言うとむしろ投手のクイックのプラスアルファ。とは言え、有川さんも盗塁警戒をエンダーに促せてなかったから、責任がないわけじゃない。
……鹿籠さんに今度こそってのと、目の前の守備で目一杯だったあたしもね。だから今のは中臣くんが上手かった。
(うへへ、やっぱ月出里さん綺麗やなぁ……タッチプレーもスムーズでちょっとタイミング危なかったし、ほんま月出里さんは綺麗な上に野球の申し子やなぁ。盗塁するかどうかは監督からは『中臣に任せる』って指示やったけど、走った甲斐があったわ。立場的にアピールしたかったし、何よりリスクがあったとしても月出里さんにタッチしてもらえるのは確実やったしな)
(ふふふ。ナイスですよー、紫苑さーん)
プロ入り前から"走攻守三拍子揃った万能外野手"って触れ込みだったけど、それに加えてこの判断力。やっぱり大阪桃源出身とかその辺のエリートは、あたしとは野球での育ちが違うってことなのかな……?
「ボール!」
「高め!155km/h出ました!!」
(スピードはありますけどー、ちょーっと力んでるのか、イマイチ伸びてくる感じがありませんねー。本来ならまっすぐの威力も風刃さんに決して劣らないはずなんですけどねー。これだったら……)
「!!!ストレート打って……」
「「「「「おおおおおおおっっっ!!!」」」」」
「「「「「うぎゃあああああ!!!!!」」」」」
ヤバい……!レフトオーバー……!!
「フェンスダイレクト!打ったバッター一塁蹴って二塁へ!二塁ランナーは三塁蹴って一気にホームへ!」
「セーフ!」
「ホームイン!3-1!!アルバトロス、さらに追加点!再びリードを2点としました!!」
「セーフ!」
「打った高座は二塁でストップ!」
(ここの球場もそこそこ広いからー、比較的三塁打を狙いやすいんですけどねー。でもレフト方向だったしー、ウチの本拠地ほど風が荒れませんからねー。てゆーか本当はホームラン狙いだったんですけどー)
……また奪られちゃった……重い1点……
「(アカン)」
「はい終戦。13連敗確定な」
「ついでに葵姉貴6連勝もな」
「ようやく取った1点があっという間に帳消しに……」
「もうほんまどないすりゃええねん……」
観客席はより一層盛り下がって、グラウンドやベンチの味方も、良くてせいぜい苦笑い。
「これはちょっとまずいですねぇ。鹿籠は球数的にあと1イニングか2イニングは確実に投げられるはずですから、バニーズとしてはこれ以上の失点は避けたいところですが、ツーアウトとは言えまだまだ得点圏に俊足のランナーが健在。そして打順も上位打線……」
あたしは鹿籠さんに勝てないまま。チームもアルバトロスに勝てないまま。あたしが背負ってた背番号の投手が打たれて、まるで『これからもずっとそのままだ』って言われてるような、そんな気分。
……このままで終われるかよ。このままで……!




