第十三話 誰よりも近くで(7/7)
6回裏 紅3-3白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
[控え]
雨田司記[右右]
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 真壁哲三[右右]
投 早乙女千代里[左左]
[降板]
三波水面[右右]
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******視点:有川理世******
「タイム!」
「落ち着け早乙女!打たれはしたがワンナウト二塁!後続は左2人でお前の方が有利なんだ!切り替えていけ!!」
「わ、わーってますよ……!」
「プレイ!」
「2番センター有川。背番号0」
……『ワタクシメからならアウトを取れる』って感じで、千代里さんを落ち着かせてるんでしょうね。まぁ多分ワタクシメがマスクをかぶってたとしても同じことをしてたでしょうね。
「ファール!」
「ストラーイク!」
「ボール!」
やはりここまでアウトコースに真っ直ぐとスライダーを続けてきましたね。外スラの威力を生かすのはもちろん、進塁打阻止と火織さんの三盗を警戒してのことでしょう。
「ファール!」
「ファール!」
「ボール!」
ですが、いくらワタクシメでも外に来るとわかってればカットくらいはできます。
……なのでそろそろですかね。火織さん。
(ん、OK)
さりげなく試合前に決めたサイン。火織さんならきっと上手くやってくれるはずです。
「セカンド走ったぞ!」
左打席にワタクシメがいるこの状況なら、火織さん相手でも三盗阻止は難しいことじゃない。ただし、キャッチングが苦手である以上、落ちる球なら別。落ちる球を使うのなら最低でもワタクシメだけでもアウトにできるよう、追い込まれるまでは温存すると読んでおりました。そして、基本は外攻めでも、どこかで内も見せると。
ただ、この場面で落ちる球に絞るのはハイリスク。速球だった場合、三振ゲッツーも考えられますからね。
なのでこの場面は、インコース速球に絞るのが繋ぎ役としての最適解……!
「うげっ!!?」
「キャッチャーこぼしたぞ!」
残念、落とす方でしたか。でもこれなら……!
「アウト!」
「うーん。狙い通りこぼしてくれましたけど、捕れる範囲でしたねぇ」
「……本命は『エンドランも生かしてシングルでも確実にタイムリー』、次点は『振り逃げ成立で一三塁』、最低限はこの『火織が三塁へ進塁』、っすかね?」
「でゅふふ……さすかですねぇ冬島さん。でも、それだけじゃないですよぉ?」
「え……?」
「3番ライト松村。背番号4」
桐生くんのバッティングを疑うわけではないですが、桐生くんは左の速球派はあまり得意ではないですからね。あの真っ直ぐとスライダーのコンビネーションが低め低めにバシバシと決められると、さすがの桐生くんでも打つのは難しいはずです。ですが……
「ボール!」
「ファール!」
「ボール!」
(どうした早乙女!?さっきからボールが全部浮いてるぞ!!?)
(クソッ、テメェが落ちる球拾えなかったからだろうが……!)
「なるほどね、不信感……低めへの制球を乱す毒も撒いたってことだね」
「でゅふふ……その通りですよぉ恵人くん」
キャッチングやブロックというのは単にストライクを不当にボール判定されるのを防いだり、暴投を阻止するだけのものではありません。投手にとっての悪い可能性を頭から取り払って、安心して投球に専念してもらうためのものでもあるのです。『マルチタスク』といえば聞こえはいいですが、ただでさえ身体的負担が最も大きい投手が思考の面でも必要以上のタスクを請け負う必要などありません。ピッチングに限らず人間というのはシングルタスクに集中してる時こそ最大限のパフォーマンスを発揮できるのです。
確かに結果としては送りバントしてツーアウト三塁にしたのと全く同じですが、過程が違えば以降の結果だって変わってくるのです。
******視点:松村桐生******
ツーワン、バッティングカウント。これもまた有川さんが打った布石のおかげですね。
徳田さんと有川さん……そして徳田さんを立ち直らせてくれた月出里さんが作ってくれたこのチャンス。二度も潰すわけにはいきません……!
(何でだよ……これだけ戦力差があって、致命傷の同点打喰らって、何でテメェらは折れねぇんだよ……!!!)
「ウォラァッッッ!!!」
低めに頼れないからこその真っ向勝負、それは私にとっても想定通りです。ですがその想定をも超える球威……ならば……!
「まずい、レフトフライ……」
「いや、あれは……!」
(くそっ、間に合うか……!?)
(際どい……!)
「……落ちたァ!!!」
打球はレフトとショートの間に落ちるテキサスヒット。本来であればインパクトの瞬間にバットヘッドを走らせるのが基本ですが、それでも外野フライになるという感覚になったら敢えてトップハンドを緩めて外野の前に落とす。練習でも滅多に成功しない、私のとっておき。
そしてこれで……
「セーフ!!!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」」」
ツーアウトで即ゴー確定の徳田さんは当然生還。
「マジかよ!?白組勝ち越しだぞ!!?」
「すげぇぇぇ!!!」
「やるじゃねぇか若手連中!!!」
「それも同点打喰らった直後……」
「いくら相手が早乙女とはいえ……」
「これ、ひょっとしたらひょっとするんとちゃうか……?」
「そ、そんな馬鹿な……」
「嘘でしょ……!?」
一塁ベース上からも伝わる、ギャラリーと紅組の反応。月出里さんほどの負けん気を抱くことはできませんが、私にだって意地はあるのです……!!!
******視点:天野千尋******
「お疲れ様です火織さん!」
「おっ、出迎えとは感心だねぇ」
悠々とホームベースを踏んで戻ってきたかおりんを一番に出迎えたのは逢ちゃん。ここまで打つ方では2タコだけど、守備で篤斗くんを救ってかおりんを立ち直らせて、間違いなくこの勝ち越し劇に貢献してるね。
「よう火織」
「あ、あっくん……その……さっきはホントにごめんね。こんなんじゃまだまだ挽回しきれてないと思うけど……」
流石にまだ篤斗くんに対しては気まずそうにするかおりん。だけど篤斗くんは笑ってかおりんの頭を撫でる。
「だから言っただろ?気にすることないって。よく頑張ったな、火織」
うわぁ……うわぁ……何でこんなオイシイ時に限ってボク、ネクストにいるんだろ……次の回くらいに思いっきりいじりたい。
「ひ……人前でそういうのやめてよ!チェリーボーイのくせにカッコつけちゃってさ!!バカじゃないの!?バーカバーカバーカ!!!」
(((((あっ……ふーん(察し))))))
ほんと隠し事が下手だねかおりん。逢ちゃんだけはいつもみたいにどうでも良さげだけど、他のルーキーの子達にはもうバレたよ多分……
「紅組、選手の交代をお知らせします。ピッチャー早乙女に代わりまして、牛山。ピッチャー牛山。背番号29」
……っと、千代里ちゃんは交代か。この回最後まで投げると思ったけど。
「4番ファースト天野。背番号32」
相手は牛山さん。勝ちパターンのリリーフ3人の内の1人。7回から来ると思ってたけど、前倒しできたか。ボクも気を引き締めていかないとね。




