第百十六話 2021年4月6日(9/9)
「ツーアウト三塁で打席には今日2安打のオクスプリング」
「タイム!」
……多分、歩かすかの話し合いやろうな。
「監督はお前らに任せるそうだ。どうする?」
「次は金剛さんだろ?」
「最悪のパターンは逆転スリーラン、か……」
「一応1点なら捨てれるしな。とりあえず歩かせOKで際どいとこ攻めていこか」
「ひゃ、ひゃい!」
「プレイ!」
キャッチャーがそのまま座って、向こうの監督も出てこない……つまり、一応勝負してくれるんやな。ありがたいわ。
「ボール!」
「低め、外れました!まずはチェンジアップから入ってきました!」
そらそうやな。まっすぐ2回続けて打たれとるんやから、簡単にはいかへんわな。
「リリィ!今日はお前が頼りなんや!」
「打つのだけは何とかしてくれ!」
「さっきみたいにコツンとやってくれや"打撃の人"!」
……"守備の人"ならぬ"打撃の人"。すっかり定着してもうたな。昔からそうやったけど。スイッチになったのやって、『メジャーリーガーに憧れたから』とかやなく、『守備が下手な分、打つ方で少しでも使ってもらうため』やし。
『指名打者』とは、端的に言えば『投手が打席に入るのを代理する打者』。つまりはチームの補完役。スタメン扱いの分、代打や代走よりもほんの少し序列が上なだけで、"軸"ではなく"支え"であることに変わりはない。
ウチはこういう立場やから、指名打者ってもんの存在はあるべきってスタンスやけど、『本来野球にはない役割』とか、『楽してる』とか、そういう反対派の意見も理解できる。どんなに言い繕っても、役割が軽いのは間違いないしな。
……ぶっちゃけウチは多分、そんなに長くはプロをやってられへんと思う。一応走ったりもできるけど、打つ方が衰える頃には走るのやって衰えてるはず。そうなったら本格的にお払い箱。ただでさえ今でも、守備にも入ってる月出里や十握に打つ方で勝ってるとは言えんのやしな。
それでもウチはウチなりに、指名打者の利点、指名打者にしかできんことってもんを考えた。それで気付いたのは、『スタメンの視点でも、ベンチの視点でもものを見れる』ってこと。
ベンチと比べてのスタメンの利点は何と言っても『打席が複数回保証される』ってとこ。単純に試行回数が増えるっていうのも大きいけど、投手の攻略法を考える材料を集める上でも効果的。そしてベンチはベンチで、『自分の役割に専念できる』、『グラウンドの状況を俯瞰視できる』っていう利点がある。
それらを組み合わせれば、『守備のたびに思考をリセットすることなく、十分な材料を得た上で打つことに専念できる』ということになる。そしてその打つことに関する思考についても、必ずしも今出てるその試合の相手に限る必要はない。空いてる時間をフレキシブルに、『チームの補完』に使うことができるってわけや。『チームの苦手な部分を分析する』っていうのでも、材料も時間も集めやすいしな。
去年のバニーズにとって、相性という点で最も苦手やったのはアルバトロス。せやからウチは、特にアルバトロスの投手の攻略に力を入れた。打席やベンチから観察するのはもちろんのこと、打撃練習でも、頭の中でシミュレートするのも。
特に鹿籠みたいな投手は『とにかく慣れること』が肝心やしな。月出里や十握と比べて『実力』はともかく、『打つ方に専念できる』っていう部分で有利なウチが請け負うのが適任。
アイツらに苦手なものがあるのはしゃーないし、守備とか他の仕事もあるのに無理して苦手を克服させることもない。そのせいで得意なことができなくなったりしたら本末転倒やしな。ウチやって今でも守備練習は普通にやってるけど、責任の重さがアイツらとは全然違うし。
ただ単に『投手の打席』を補完するだけじゃなく、チームの苦手を見つけ出し、それをも補完する。そうすることで、誰が相手でも打線を線として繋ぎ続ける。それがウチなりの指名打者の仕事や……!
「「!!?」」
「引っ張って鋭い当たり!ライトの前に落ちた!!」
「「「「「おおおおおおおっっっ」」」」」
「三塁ランナーホームイン!2-1!オクスプリング、今日は3打数3安打の大当たり!バニーズ、遂に反撃体勢に入りました!」
……『プロ野球選手としての人生は短い』って割り切ってはいるけど、それでもこうやって工夫して、少しは長く生き永らえたいもんや。
「「「「「リリィ!リリィ!リリィ!リリィ!」」」」」
「ええぞ"打撃の人"!」
「まだまだ負けてへんで!今日で連敗ストップや!!」
この瞬間のためにも、な。
「リリィさん!ナイバッチっす!今度デートしませんか!?」
「アホ!今年タイトル獲ってから出直せガキンチョ!!」
ほんまは同点ホームランのつもりやったんやけどな。まぁこれで、風刃にも少しは義理を通せたやろ。
******視点:伊達郁雄******
良い仕事だ、リリィくん。
打線の維持のためには、ある程度打てる選手を一定数確保することが肝要。アルバトロス戦では特に月出里くんがそうだけど、十握くんもマークが厳しい。そこのカバーを買って出てくれるのはありがたいこと。
……僕も基本打ちたがりなのにずっと守備負担の大きいポジションにいたから、指名打者が羨ましいというか、単純に楽で良さそうだなぁとか考えてた。『指名打者にしかできないこともある』というのは考えたこともなかった。この歳になってもまだまだ野球を理解できてないことだらけだ。
リリィくんはスイッチヒッターという点でも、打線の補完役として適任と言える。これから先優勝に近づくことができれば、必然的にアルバトロス以外のチームもウチを警戒するようになるはず。そこでいち早く、フレキシブルに解決策を導き出しうるリリィくんの打棒は必ずチームの助けになるはずだ。
「4番ファースト、金剛。背番号55」
(まっすぐがまた打たれた……)
(切り替えろ、鹿籠!一発ある相手に油断はできねぇぞ!)
……後はそのリリィくんに続ける打者。
(風刃を見殺しにする以前に……若い連中ばかりに頼ってばかりじゃ情けないよな!)
「!!!センター大きい!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!!!」」」」」
よし、これは2つ以上……!
(うーん、これはギリギリ……)
「せ、センター捕った!捕りました!!センター高座、ビッグプレー!!!」
(あ、捕れちゃいましたねー)
!!?
「「「「「よっしゃあああああ!!!!!」」」」」
「アッキー最高や!」
「クッソ速ぇぇぇぇぇ!!」
「嘘やろ……!?」
「忍者かアイツは……」
(ニンニン♪)
右中間のフェンス近く、あれがツーベースにもならないなんて、ね……
「これでスリーアウトチェンジ!6回の裏、オクスプリングのタイムリーがありましたが追いつけず!2-1、アルバトロスのリードです!」
リリィくんとの勝負を選んでくれたおかげで変わりかけてた流れをまた取り戻された……かもしれないね。
去年10以上負け越した相手との因縁、流石にこの程度じゃ覆せるものでもないか……




