第百十六話 2021年4月6日(7/9)
******視点:真野信伍 [美浜ブッフアルバトロス 内野手]******
「4番サード、真野。背番号55」
「チャンスだぞ4番!」
「ここで打って"不戦勝"卒業せいや!」
「猪戸に負けんなや真野!」
……"不戦勝"。確かに今はそうやんな。鹿籠には勝ち逃げされたんやから。
俺やって大阪でそれなりにやってたけど、高校の頃にスラッガーとして注目されてたのは九十九、白雪、猪戸、そして鹿籠。同じ大阪に俺以上に打ててショートも守れる九十九がおったし、単純に打つだけでも他の連中には敵わんかったから、俺は下位指名でもありがたいって立場やった。
そんな俺やから当然、プロでは同じアルバトロスに入った鹿籠にポジション争いで勝つことを第一に考えてた。なのにアイツはあっさり自分の立場を捨てて、投手になった。何一つ勝ててないまま、俺に"期待株"のお鉢が回ってくることになった。はっきり言って今の立場は、鹿籠に恵んでもらったようなもん。
せやけど、俺やって立場に甘えてたわけやない。鹿籠にもう一生勝てへん悔しさと、同い年の猪戸や月出里、九十九、さらには頬紅とかにも先を越されたことがバネになって、二軍生活の中で真剣に野球に立ち向かえた。2年目に二軍で二冠獲って、去年も一軍の試合にそれなりに出してもらえた。
今は全然敵わへんけど、いつか猪戸も月出里も九十九も追い抜いてみせる。それがきっと、俺が"不戦勝"やないって証明できる唯一の手段やからな……!
「打ち上げて、センター方向……相模、落下点に入って……」
「アウト!」
「三塁ランナースタート!」
(この飛距離で……!?なめんな!)
(……!?速ッ……!!?)
「セーフ!」
「セーフ!2-0!!アルバトロス、真野の犠牲フライで1点追加!貴重な追加点が入りました!!」
「「「「「おっしゃあああああ!!!!!」」」」」
「ようやっとる、ようやっとるよ」
「ナイス最低限!」
何でもない、最初の打席と同じようなセンターフライ。
ほんまやったら4番らしくカッコ良くタイムリーなり、ダーコンみたいにホームラン打つなりしたいんやけどな。せやけどここは身の程弁えたったわ。あのマウンドにいるバケモンはそうそう打てるもんやないし、高座さんの脚なら外野まで飛ばせばええってな。
「ナイバッチ!」
「なななナイバッチれしゅ、ウェヒッ、ウェヒヒヒ……」
「……おう!」
ベンチに戻ってメンバーとハイタッチ。その中にはもちろん鹿籠も。俺の気持ちも知らんと、無理して愛想良く振る舞って……見た目だけは俺の好みなのが余計に腹立つわ。
お前を勝たせたくてやったわけやないからな。チームを勝たせるバッティングをするのがスラッガーの仕事ってだけの話や。
******視点:リリィ・オクスプリング******
「「「「「…………」」」」」
「5番指名打者、グコラン。背番号54」
重すぎる2点目。皮肉にも前に風刃が投げたヴァルチャーズ戦と似たようなもん。今度はこっちが追い込まれた側やけどな。
(くそっ、あれで刺せねぇのかよ……!今日は打つ方でもダメダメだってのに……!!)
(でゅふふ……ファン目線なら、今の走塁をキャッチャーの視点で見れたのは大興奮なんですけどねぇ……)
ウチが守備のことアレコレ言っても説得力ないかもしれへんけど、秋崎の肩ならひょっとして……ってとこやったな。
鹿籠が苦手な月出里を守備重視で起用したけど、別のとこで僅かな綻び。相模さんも別に守備が下手なわけやない。むしろ今のバニーズで数少ない、まともにセンター守れる外野。相手が悪かったってだけの話やな。
(月出里くんが機能しないことを想定して、打線に厚みを加えるには右の変則投手に強い相模くんも必要って考えだったんだけど、まさかこんな形で裏目に出るとはね……)
まぁそもそも、最初に綻びを作ったのは火織なんやけどな。
(わざとじゃない。でも、アタシは……)
「ボール!フォアボール!!」
「ああっと!ストレートのフォアボール!!」
「タイム!」
依然ツーアウト一二塁……そら流石にここは待ったかけるやろうな。
「風刃、大丈夫か?」
「平気っすよ!たまたまリリース狂っただけっす!!」
「……風刃くん」
「どしました徳田さん?」
「ごめん……」
「ハハハ、気にしなくていいっすよ!どうせこの1点なら自責にならないし!!」
「一応、エンダーを前倒しにできるようにしてるが……」
「やらせてください。この回までは」
「……わかった。頑張れよ」
マウンドへ向かった投手コーチがベンチに戻ってくる。
「どうでした、風刃?」
「強い奴だ。アイツならきっと乗り越えてくれるだろう」
「そうですか……」
多少の強がりもあるやろうな。この場面じゃ流石に。
「ストライク!バッターアウト!!」
「っしゃあっ!」
(同い年のよしみで1本くらい打たせてやぁ……)
やっぱりな。いつもはヘラヘラと常に余裕を見せてる風刃が珍しく吠えた。
「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、真野の犠牲フライで1点追加!2-0、アルバトロスのリードです!」
「あばばばば……」
「13連敗かぁ……(遠い目)」
「今日の葵姉貴、打てる気せーへん地元やのに」
ベンチに戻ってきて、水分補給する風刃の元に伊達さんが向かう。
「風刃くん、本当によくやってくれた。次の回からはエンダーに任せるからね」
「……!うっす」
一瞬表情を引きつらせた風刃。ちょうど最後の打者で100球超えたしな。くしくもちょうど良い代え時。
「風刃」
「リリィさん……?」
「絶対勝たすからな」
「……あざっす」
味方のポカ込みでも6回2失点。節目節目で空気を変えたり、十分に仕事した。これで勝てんかったら完全に野手のせいや。




