第百十六話 2021年4月6日(6/9)
******視点:月出里逢******
1点を先に取られて、グコランにもヒットを打たれたけど、傷口は最小限。あんな事故の一発なんてしょうがないこと。風刃くんはちゃんと自分の役割を果たしてる。
「4回の裏、バニーズの攻撃。3番指名打者、オクスプリング。背番号54」
「一発返せやリリィ!」
「「「「「ホームランホームランリリィ!」」」」」
「前の打席は結構合ってたしなぁ」
一発を期待されるのはリリィさんとか十握さんとか、金剛さんばかり。何ならそういうとこなら佳子ちゃんとか朱美ちゃんの方がよっぽど期待されてる。
あたしだって、さっきのダーコンみたいなの打ちたいのに……
「この回の先頭打者は3番のオクスプリングからとなります。ファンにとっても一発を望みたいところですが……■■さん、先程のダーコンの一発は強烈でしたね。もう少しで場外でしたよ」
「そうですね。ただこの球場って、場外ってそんなに出ないんですよね?年に1本あるかないかくらいで……」
「はい。サンジョーフィールドは他球場と比べると少し広めで、観客席もそれなりに奥行きがありますからね。今では数少ない『場外ホームランが現実的に発生しうる球場』ではあるのですが、なかなか出ないんですよねぇ……金剛でもこれまで通算2本ですね」
(本拠地にしてるバニーズがホームラン自体あんまり打たないし)
「確かこの球場の場外ホームランって、呼び方があるんですよね?外が池に囲まれてるからってことで」
「ええ。それは……セカンド飛びついて!捕れませんライト前!オクスプリング、またまた打ちました!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
「やるやんけイギリス人!」
「先頭出たで!この回でさっさと逆転や!」
またあのまっすぐを……リリィさん、もしかして攻略法を見つけた……?
……くそッ!またあたしにできないことが……
(間違いなくまっすぐ対策してきたな……幸いあんなふうに打ってるのは今のとこオクスプリングだけだが……)
「4番ファースト、金剛。背番号55」
先を越されたのはしょうがないよね。こうなったからには勝ちにいきたいとこだけど……
「ストライク!バッターアウト!」
(くっ……!)
「これはセカンド正面ゲッツーコース!セカンド送球……」
「アウト!」
「一塁は……」
「アウト!」
「アウト!ダブルプレー!!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
向こうもさっきの風刃くんよろしく、きっちり切り抜けてみせた……
(あの外国の人にまっすぐを打ち返されたのは悔しいけど、またまっすぐを磨けば良いこと。わたしはわたしを曲げない……!)
……それならそれで結構。ならあたしが打つ。さっきのダーコンのよりもでっかいやつを……!
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******視点:リリィ・オクスプリング******
「6回の表、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座。背番号4」
スコアは1-0のまま。風刃はあれから打たれてへんけど、球数は地味に稼がれてる。この回が正念場やな。
そんな状況やのにウチはいつものように、打席に向かう以外はベンチで待機。大事な試合やのに、歯痒いとこやで。同じようにグラブ付けてグラウンドに出たところで却って迷惑をかけるんはわかってるけど。
「ファール!」
「これも当ててきます!」
(くそっ、バッティングも表情もほんといやらしいなこの人……!)
(バニーズはリリーフも厄介ですからねー。せっかく球数稼いで早めに降ろしてもー、後続のリリーフに封殺されたんじゃ本末転倒。追加点を狙うならちょうど今くらい、代え時の直前ですねー)
流石の風刃の球でも、あれくらいのレベルの打者にもなれば三巡目にはそこそこ当てられるようになるもんやな。打とう打とうと前のめりになってないから、あのクソ厄介なスプリッターにもある程度は対応できてる。
「ボール!フォアボール!」
「選びました!風刃、今日初めてのフォアボール!」
「2番ライト、ダーコン。背番号79」
厄介な場面やな。盗塁もある高座さんが一塁におって、さっきホームランのダーコン。
「一塁牽制!」
「セーフ!」
「もう1回一塁へ!」
「セーフ!」
(ほんと器用な人ですねー。牽制も下手じゃないですし……)
「ストライーク!」
「ストレート!154km/h!!」
(クイックもまた然り。しかも球威も落ちてない。今後のことを考えて、ここも『見』ですかねー?)
正直、盗塁阻止に関しては有川さんよりは幸貴に分があるけど、盗塁阻止は別にキャッチャーだけでやるもんやないしな。風刃がああやって隙を見せんかったら、高座さん相手でも抑止できるはず。
(……それでも、あっくんの方がすごいし)
「引っ張った!セカンド方向……」
(ッ……!!?)
「ああっと!セカンド捕れません!!ボールはライトの方へ……」
「「「げぇっ!!?」」」
「セーフ!」
「この間に高座は一気に三塁へ!打ったダーコンは一塁ストップ!記録はセカンドのエラー!」
「うーん、結構打球速かったですし、ちょっと難しいバウンドでしたけどねぇ……」
……それでも、普段の火織なら十分捌けたはず。どないしたんや……?
「あーあ、氷室くんだけじゃなく風刃くんの足も引っ張って……」
「ほんといい加減にしなさいよねあのブス」
「普通にセカンド相沢さんか有川でいいじゃん」
(うう……)
「3番セカンド、吉川。背番号8」
(ま、このくらいよくある話ってね)
「ストライク!バッターアウト!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
ほんま大したもんやな風刃。これでも折れへん。僅差でノーアウト一三塁、バックにとっては一番守りにくい場面。普段守備に入らないウチでも知っとる。ここで三振を奪れるのはバックにとってどれだけ救いになるか。
……あんだけ頑張ってる風刃をこのまま負けさすわけにはいかへんな。守ってないウチなんやから尚更。




