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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十六話 2021年4月6日(3/9)

******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


 ホームゲームで、しかも相手は鹿籠葵(こごもりあおい)。できれば現地観戦したかったけど、大学を出た後でも外せない用事はある。今回は仕方なく出先のホテルで観戦。備え付けの小さい冷蔵庫の中にビールが1本サービスで入ってたから、迷わず取り出す。


「バニーズの昨シーズンの対アルバトロス戦の戦績は5勝18敗1分。特にオリンピック前後の頃から全く勝てておらず、現在シーズンを跨いで12連敗中です」


 そこなのよね、今年優勝するための課題。『ヴァルチャーズとアルバトロスに勝てるようになること』。特にアルバトロスは明確にウチを『カモ』にしてる。


「『アホウドリ』なのに……『カモメ』じゃないのに……ぷぷっw」


 1人でお酒飲みながら観戦だから、ついギャグが口からこぼれてしまう。私の天才的なギャグセンスが生涯日の目を見ることはないのは悔やまれるところだけど、こんな姿は誰にも見せられないわ。

 まぁそれはともかく……アルバトロスは『対策してるから』と『相性』で大体片付くけど、ヴァルチャーズについては単純な実力差もあったから、どこからがそれで、どこまでが『対策』とかなのかが曖昧なのよね。

 ……ただ、これだけは確実に言える。去年……いえ、一昨年から積み重ねてきたヴァルチャーズ相手の負けは、運や実力によるものだけでは決してないと。


「バニーズとしては何としてでも勝ちたい試合ですが、今日の先発はプロ4年目の鹿籠(こごもり)。昨シーズンは鹿籠が先発した試合は0勝5敗。全く勝てていません」


 打倒アルバトロスの上で最も大きな障害は何と言ってもこの子。ウチの打線のツートップの一角が全く機能しなくなるからね。野球の打線において、強打者が1人と2人じゃ雲泥の差なのは球史が証明済。高校時代の五宝醍醐(ごぼうだいご)の全打席敬遠とかね。


「1回の裏、バニーズの攻撃。1番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」


「かおりーん!久々の1番頑張れやー!」

「連敗ストップや人妻!」

「申し訳ないが"人妻"呼びはNG」

「ヒェッ……」

「バネキ怖いなぁ、とづまりすとこ」


 今日の打線は(あい)を一番下に落として残り全員を上にスライド。そして左打者中心。

 向こうはウチにとって最も厄介な投手をぶつけてきたけど、こっちも今日は投手陣の事実上の最高戦力である風刃鋭利(かざとえいり)。プロ入り前からその才能と成長率でずっと期待してたけど、良いタイミングで化けてくれたものだわ。

 この組み合わせゆえに、ゲーム展開はおそらくロースコアで進行すると予測できる。そうなってくると守備力が勝敗を大きく左右しうる。たとえ打つ方で期待できなくても、純粋な内野守備力でもNo.1の逢をスタメンで使う理由は十分。

 まぁ守備に振り切るのなら、捕手は冬島(ふゆしま)、センターは秋崎(あきざき)の方が良いと思うけどね。打席の左右に囚われず、打撃が不調だったり不安定だったりしたとしても。


 ……『9番ショート』。そうだったわね。私と勝負した時も、貴女(あなた)はそこにいたわね。


「ファール!」


「初球まっすぐ!148km/hが出ました!!」

「前回登板時と同様、また速くなりましたねぇ」


 風刃も育ったけど、鹿籠も素材型でまだ4年目。伸び代があっても何ら不思議じゃない。変化球は相変わらずそこまで脅威じゃないけど、まっすぐは去年以上の代物。前の登板でウッドペッカーズ相手に投げてた時も味方のエラーで崩れただけで、投手としては間違いなく成長し続けてる。


「セカンド正面!」

「アウト!」

「一塁送球でまずはワンナウト!」


「めっちゃどん詰まり」

「鹿籠相手に初見じゃないでしょ?良い加減慣れないの?」

「変なまっすぐ投げるって話だけど、いつまで負け続けるのよ……」


(そんなこと言っても……)


 徳田が詰まるのも無理はないわね。打者から見ると『浮き上がるカットボール』のようなあの独特の軌道の上に、去年以上のスピード。

 捉えるべき対象が速くなればなるほど、人間は『反射』に依存してしまう。そしてその『反射』を形成するのは『その人間の過去の経験』。ところがあんな『軌道』の球と対戦した経験なんてほとんどないはずだから、どうしても過去に対する参照が『速度』に依存してしまう。そのせいで、同じくらいの速度帯の一般的な軌道との差異の分だけ、ミートもずれる。『あらかじめの想定』というパッチを用意してても、速度が速くなるとどうしても適用が難しくなる。

 逢は過去への参照が完璧すぎるから余計にではあるけど、他の打者にしても同じようなことが言える。プロになれるくらい気の遠くなるような時間野球をやってきた人間だからこそ、参照できる過去も山のようにあるはず。こういう特異な投手を攻略するには、『単純な実力』や『経験値』より、『修正力』とか『適応力』とか、そういうものが問われるところ。


「ボール!フォアボール!」


「選びましたフォアボール!」

「この選球眼も十握(とつか)の持ち味ですね」


(いくら独特の軌道でも、ゾーンを通らなければ全部ボールってね。振るのに慎重になれば、『想定よりも内に逸れる』ってことも忘れずに済む)


 『次善の策』としては妥当なところね。振っても高確率で打ち損じる以上、振らずに出られるのならそれに越したことはない。

 だけど、『最善手』ではない。鹿籠は確かに制球が特別良いわけではないけど、かといって悪いわけでもない。こっちが消極的と分かれば、甘いゾーンであっても積極的にストライクを取りにくるはず。


「3番指名打者、オクスプリング。背番号54」

「今日は3番でスタメンのオクスプリング。昨シーズンはやや低調だったものの、チーム3位の13本塁打で打線に貢献。貴重な長距離砲として今シーズンの活躍も期待されます」


 20年くらい前のプロ野球なら13本なんて凡庸もいいとこでしょうけど、ボールが変わって投手の平均球速も上がったから致し方なし。環境に加えてウチ自体が元から貧打だから、2桁打てるだけでも打線に厚みを加えるには十分。


「ストレート打った!」

「「!!?」」


 ……!!!


「センターの前、落ちましたヒット!ワンナウト一塁二塁!!」


「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」


 驚いたわ。甘く入ったとはいえ、ストレートの特性自体は変わってないはず。ボテボテでも何でもなく、芯で捉えたクリーンヒット。まぐれ当たりとはとても思えない。


(わたしのまっすぐがいきなり……!?)

(ふふん♪)


 一塁ベース上で得意げに鼻を膨らませるリリィ。どうやら今日に備えて色々準備してきたみたいね。


「4番ファースト、金剛(こんごう)。背番号55」

「打席にはベテランの金剛。久々の4番起用となりました。昨シーズンはチームトップの16本塁打で、ここぞという場面での勝負強さも光りました」


「4番が似合(にお)うとるで金剛!」

「「「ホームランホームラン金剛!」」」

「連敗止めれるのはやっぱお前や!」


 やっぱり人気ね、金剛。ウチで唯一のホームラン王経験者で、伊達(だて)が退いた今は赤猫(あかねこ)に次ぐ年長選手。流石に20本30本打ってた頃より落ちてはいるけど、ファーストもレフトも一応まだ守れるし、優勝に必要なピースなのは変わらない。


「チェンジアップ拾って……」

「アウト!」

「ああっ!ショート正面!」

(ヤバい……!)

「セカンド!」

「アウトォォォ!!!」

「戻れません!二塁アウトでダブルプレー!!」


「「「「「あああああ……」」」」」


(た、助かった……)

「これでスリーアウトチェンジ!鹿籠、ランナー2人出しましたが何とか無失点で切り抜けました!」


 ……先制点はならず、か。『不運にも点は取れなかったけど、去年と違って優勢な形は作れた』と考えるか、『こんな有利な状況でも先制できないんじゃ今年もダメかもしれない』と考えるかは人それぞれの胸三寸。

 だけど、勝とうとしてるのは逢1人だけじゃない。それが分かっただけでも、オーナーの私としては満足できる攻撃。貴方達だって、いつまでも負け犬は嫌でしょ?今飲んでるビールをもっと美味しくするためにも、今日こそは勝ってみせなさいよ?

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