第百十六話 2021年4月6日(2/9)
******視点:月出里逢******
4月6日火曜日。今日からホームでアルバトロスとの3連戦。
「お、おいおい……」
「アルバトロス相手やと伊達は特に迷走するなぁ……」
今日のスタメン発表でざわつく観客席。まぁそれもそのはず。
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2021ペナントレース バニーズvsアルバトロス
○天王寺三条バニーズ
監督:伊達郁雄
1二 徳田火織[右左]
2左 十握三四郎[右左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4一 金剛丁一[左左]
5右 松村桐生[左左]
6中 相模畔[右左]
7捕 有川理世[右左]
8三 宇井朱美[右左]
9遊 月出里逢[右右]
投 風刃鋭利[右右]
●美浜ブッフアルバトロス
監督:村上憲平
[先発]
1中 高座愛生[右右]
2右 タイラー・ダーコン[右左]
3二 吉川天[右右]
4三 真野信伍[右左]
5指 オスカー・グコラン[右右]
6一 横笛美蘭[右右]
7遊 柿原操[右左]
8捕 滝谷琢磨[右右]
9左 中臣紫苑[左左]
投 鹿籠葵[右左]
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今日のあたしは9番ショート。高校時代からプロに入ってしばらくまでの定位置。ある意味原点回帰。
「ちょうちょを9番に降ろして、他を1つずつ上にスライドした形か」
「まぁ極力攻撃のリズム変えずにってのなら一番ええか」
「しかしそうまでしてちょうちょ使いたいんか……」
単純に打順を下に落とした代わりに、守備の責任を重くする。『あたしをスタメンで使う口実を作るため』っていうのが多分ある。きっと伊達さんなりのあたしへの配慮。
「ふぅーっ……」
ホームゲームだから当然後攻で、最初は守備から。息を吐いて頭を切り替える。
今日ショートなのは却ってありがたいかもしれない。鹿籠さん相手の時だけは、『何となく』とか『いつも通り』とかの意識じゃ絶対に打てない。いつも通りサードを守りながらだと、いつも通りというか惰性で打席に入っちゃうかもしれないからね。
サードもショートも打球が強いから集中は絶対に必要だけど、いつもと違う上に仕事量も多ければ目の前のことにもより集中しやすい。鹿籠さん相手に打ち取られてもきっと引きずらずに済む。
……ホームランを打つための、角度を付けるバッティングは特に練習した。ちょっとでも気を抜くと、ボールのちょっと下を打ったつもりなのに真芯で打ってしまうから、『何となく』は全面的に封印して、動作を1から10まで何度も繰り返して頭に叩き込んだ。それこそプロに入ってすぐに振旗コーチからバッティングの基本を叩き込まれた時のように。
そしてこれから先も、やることはあの時と同じ。練習で作った『型』を試合でもそっくりそのまま同じようにやるだけ。
「ピッチャー、風刃。背番号43」
「「「「「風刃くぅぅぅん!!!」」」」」
「頼む!今年こそアホウドリに勝ちたいんや!」
「同じ鳥類なんやから何とかしてくれ!」
前のヴァルチャーズ戦ですっかり"エース候補"として認知された風刃くん。まぁ思った通りすごい子。それどころかウチの投手陣で一番すごいまである。
あたしは去年WARだか何だかが一番良かったって話だけど、他の人より点を稼げようが、先発がしっかりしてなきゃ勝てるものも勝てない。風刃くんと山口さんには是非このまま突っ張ってほしいね。
「1回の表、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座。背番号4」
「今日もアルバトロスの先頭打者はプロ8年目の高座。昨シーズンは故障で途中離脱しましたが、実力はチームの誰もが認めるところ。開幕1番センターを勝ち取り、ここまで打率.265。今年は代名詞である盗塁はまだ1つだけですが、代わりに長打をよく打っております」
「頼むぞアッキー!」
「今年こそフルで出てくれ!」
「お前が妖精さんにならんかったらヴァルチャーズにも勝てるねん!」
「ストライーク!」
「初球まっすぐから入りました!今日も150km/hを初球から計測!」
(去年もですけど、ほんとに良い球投げますね〜……しかも前のヴァルチャーズ戦と同じく、この球威で初球ストライクを当たり前に取れる制球力……監督が言ってた通り、骨が折れそうな相手ですね〜)
……高座さんの打席で気をつけることはやっぱり……
「スプリット引っ掛けた!三遊間……」
(せっかく浮いたんですけどね〜……でもこれなら!)
させない!
「ショート捕って、すぐさま一塁へ!」
「!?」
「アウトォォォォォ!!!」
「間に合いました!今日久々にショートに入った月出里、いきなりの好プレー!」
「「「「「おおおおおッッッ!!!!!」」」」」
風刃くんの守備なら、センター返しはある程度任せられる。問題はやっぱり三遊間。あたしの肩でも普通にやったら間に合わないこともあるくらい、高座さんの脚は半端じゃない。だから一歩目の意識を気持ちこっち寄りにしておけば、シングルはある程度抑えられる。
「■■さん、いきなり魅せてくれましたねぇ!」
「結構深いとこだったんですけどね。一歩目がドンピシャですぐ捕りにいけましたし、捕ってすぐのスローイングであの肩の強さ。宇井や打つ方との兼ね合いで普段サードやってますけど、やっぱり単純にショートを守らせるなら月出里が一番じゃないですかね?」
「あざっす、月出里さん!」
「ナイスっす!」
「サンキュー!」
(やられましたね〜……)
高校の頃もこれでどうにかレギュラーとして食いっぱぐれずに済んだんだから、伊達さんの配慮を無駄にしないためにも、これくらいはどうにかしなきゃね。
そしてできれば、打つ方でも……!
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「これもショート正面!」
「アウト!」
「一塁アウト!スリーアウトチェンジ!風刃、初回は三者凡退で上々の立ち上がり!」
「「「「「風刃くん、ナイピー!」」」」」
「葵姉貴打てなくてもこっちも打たれんかったらええだけの話やな」
「頼む、せめて引き分けてくれ……!」
風刃くんは前の登板と比べて気持ち上擦ってる分当てられてるってくらいで、球威はいつも通り。打線は確実にヴァルチャーズの方が打つはずだし、多分大丈夫。
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2021年4月6日。本拠地サンジョーフィールドでの、対アルバトロス一戦目。鹿籠さんとその年初めての勝負だから気合いは入ってたけど、正直こんな特別な日になるとは思わなかった。
良い意味でも悪い意味でも、あたしのプロ野球選手としてのキャリアに最後まで影響を残す試合になるなんて、全く思ってなかった。




