第百十六話 2021年4月6日(1/9)
******視点:氷室篤斗******
4月5日。今日はオフで、明日からはアルバトロスとのカード。
そして明日からのカードはホームゲームだから、今日は自宅で家族揃ってゆっくり過ごせる。
「まんま!まんま!」
「わーっ!みっくん上手だねー!」
「まんま!まんま!」
「うんうん、アタシはみっくんのママだよ。じゃあこれは?」
「……まんま?」
「うーん、惜しい!」
シーズン中の子守りは主に先発の俺。オフの日は火織が積極的にやってくれる。
実理も気付けばだいぶ大きくなって、一応言葉を話すようになって、ハイハイどころかつかまり立ちまでするようになった。動き回る分目を離せないところはあるが、それでも俺達も子育てに慣れてきたのもあって、あまりベビーシッターに頼らずともそれなりに家を回せるようになってきた。
「…………」
とは言え、丸一日ずっと赤ん坊につきっきりは明日の試合にも響く。だから食事中は休憩ってことで、俺が面倒を見る番。普段から時間がないから、食事しながらスマホを触る不躾はこの際しょうがない。
「……ねぇ、あっくん」
「ん?」
「鋭利くんのこと、どう思う?」
「……どうしたんだ急に?」
「いや、何となく……」
スマホから目を離さずに聞いてくる火織。
「風刃な……すげぇ奴だ。アイツがいればマジで優勝もあり得ると思う。そういう意味ではありがたい存在だと思ってる」
「……別の意味では?」
「手強いライバルだとも思ってる」
「それだけ?」
「それだけだ」
「そう……」
……本当は危機感とかそういうのも感じてる。アイツのピッチングを見てるとな。俺はスプリッターで売ってるが、正直それ1つ取ってもアイツの方がすげぇかもしれねぇし。
それに、高校出て何年かは過去の実績だけで蹴つまづいてばっかりだった俺と違って、アイツは1年目、それも春先のキャンプから実力だけで"期待株"の地位を手に入れた。そしてたった2年で俺や百々(どど)さんを超えうるエース候補として期待されるほどに成長した。あの才能に妬む気持ちがないと言えば嘘になる。俺の目標は"日本一のエース"だからな。まずチームの中でエースになれなきゃ話にならねぇ。
ただ逆に、"ありがたい存在"っていうのも嘘じゃない。『手強い競争相手でモチベーションになる』ってのだけじゃなく。
ぶっちゃけ野球のゲーム展開の大半は先発投手が作る。その点については俺自身、嚆矢園を制覇して実感した。野手やリリーフを見下してるとかそんなんじゃなく、ボールを触ってる時間が一番長いっていう事実に基づくこと。
けど、プロ野球の先発投手なんてのは大体週に1回しか投げないし、しかも俺らがプロ入りするちょっと前くらいから先発は完投しない方が普通になってきてる。そういう意味では、投げるたびにゲームを預かってる誇らしさを覚える反面、降板後や投げない日はチームの勝利に何一つ貢献できないことに後ろめたさも湧いてくる。
だから、自分以外にもチームを勝たせられる先発がいるのは自分にとってもプラス。そもそも選手はプロアマ関係なくチームを勝たせるのが一番の仕事だし、チームを優勝させてこそ、1年間投げ抜いたことに本当の意味が生まれる。俺一人が成績を残すだけじゃ意味がない。
そしてそこから先は俺自身の問題。風刃に勝ちたいとは思うが、勝てなかったら俺はそれまでだったという話。嫉妬に狂った人間がどんなことをしでかすかは俺も火織も、そして実理も身を以て知ったからな。プロ野球選手として以前に人間としてああはなりたくない。
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******視点:卯花優輝******
「はい、あーん」
「うぇっ!?」
4月5日。今日は月曜日で、プロ野球はオフ。でもおれはいつも通り夕方から学校。だから月曜日は逢がウチに来て、たまにこうやってご飯を作ってくれたりする。
「……あ、美味しい」
「でしょ?」
ズボラそうなイメージのある逢だけど、家事は普通にできる。料理も時間がかかるやつは好きじゃないみたいだけど、レパートリーは豊富。今日のもシンプルな和食で、小鉢も色々揃えてる。
「あたしも」
「はいはい。あーん」
自己申告通り、逢は本当に綺麗な子。ドライな性格で、ちょっとワガママでプライドの高いところはあるけど、本当は誰かのために涙を流せる優しさも持ってて、野球の方は言うまでもなく天才。普段はおれのことはおもちゃというか、欲求不満の解消とか自己満足のために利用してるような節があるけど、こうやって普通に尽くしてくれることもある。
そんな逢に好きになってもらえたおれは本当に恵まれてると思う。色々プラマイの大きすぎる人生を歩んでるけど、総じて幸せ者の部類だとは思う。
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95 : 風吹けばちょうちょ [] :2020/08/08 (土)
ああ^〜ちょうちょに養われたいんじゃ^〜
96 : 風吹けばちょうちょ [] :2020/08/08 (土)
>>95
そもそもあの塩対応娘が男に興味あるのか……
結婚とかも興味なさそう
97 : 風吹けばちょうちょ [] :2020/08/08 (土)
>>96
一応子供は普通に好きみたいやで
去年のオフに閑たその少年野球教室手伝って
結構ノリノリやったらしいし
98 : 風吹けばちょうちょ [] :2020/08/08 (土)
まぁあの見た目と稼ぎなら男なんて選び放題やし
もし選ばれたら人生イージーモードやろうな
99 : 風吹けばちょうちょ [] :2020/08/08 (土)
もしもう男おったら今頃ウハウハやろうな
女の稼ぎだけで何も苦労せんのやろうし
同じ男としては全く尊敬できんけど
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……色々と負い目とか劣等感とか、そういうのもあるけどね。
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学校が終わって家に帰ると、もうすっかり夜。
「優輝……」
昼にいったん練習に出て、おれの帰りを待ってた逢に求められるけど、明日逢は試合で、おれも試合前の練習に出る。だから1回だけ。
「明日、やっぱり鹿籠さんだね……」
「うん……」
楽しむことは楽しんで、ベッドの上でお互いに現実に帰る。
鹿籠さんは逢にとっては天敵だし、おれも鹿籠さんの投球は全然真似できない。鹿籠さんの日はそれっぽく投げてでしか逢の力になれない。打撃投手として申し訳ないところ。
「っていうか今年って鹿籠さんの日はどうなるの?」
「とりあえず明日はスタメンで出られるよ。そこは今日、伊達さんから聞いたから確定」
「……あとは明日どれだけやれるかってとこ?」
「多分そう。今年はチームも優勝を目指してるし、次以降は最悪鹿籠さんの日は常に留守番でスタートになっちゃうかもね」
「逢ならやれるよ」
「どうだろうね?」
「誰にもできないことをやってきたんだから、すみちゃんは逢を認めたんだし、逢もここにいるんじゃないかな?」
「……ありがと」
シーズンオフはおれとの練習で特に打球に角度を付けるのに力を入れてたけど、対戦形式の練習では鹿籠さんを特に意識してた。やれるだけのことはやってきた。あとはもうできると信じるしかない。
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