第十三話 誰よりも近くで(6/7)
6回裏 紅3-3白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
[控え]
雨田司記[右右]
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7二 ■■■■[右右]
8三 財前明[右右]
9捕 真壁哲三[右右]
投 早乙女千代里[左左]
[降板]
三波水面[右右]
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「いらっしゃーい……あら火織ちゃん、どうしたの?いつもより随分大人しい格好ね」
「……うん、まぁね」
あの日の次の日はオフだったから、行きつけの美容院に繰り出した。いつものバンギャファッションじゃなく、ごく普通のカジュアルな格好で禁煙パイポを咥えてた。お気に入りのアクセ類はいつも通りだけど、前髪にはギラギラしたシルバーと全く合わない雑誌の付録。店長が不思議に思うのも無理はない。
「今日はどんな感じにする?」
「思いっきり短く。……あ、前髪は整えるだけでそのままにしてね」
「……ふぅん、なるほどねぇ」
「何、店長?」
「火織ちゃん、ようやく『女』から『女の子』になれたのね、羨ましいわぁ。アタシにも王子様が迎えにきてくれないかしら?」
「……いいから早く切って」
こんな口調でも店長は男の人。こういう人だから抱かれたことはないけど、こういう人だから女心も理解できて、すごく気が合う。でもそのせいで、隠し事もできない。
「火織ちゃん、頭の形が綺麗だし顔も可愛らしいからアタシもこういう髪型にしてみたかったのよねぇ……さて、どうかしら?」
「うん、良い感じ」
今までの背伸びした長髪とは打って変わって、アタシらしい短めの幼い髪型。今はこれくらいでちょうど良い。あっくんを散々チェリボーイ扱いしてたくせに恋もしたことなかったアタシにはこれくらいでちょうど良い。
「おお、徳田。髪切ったんだな。似合ってるぜ」
「えへへ……あ、あのさ……氷室。このヘアピン、このままもらっても良いかな……?」
「ん?別に良いぞ。どうせ俺は使わねぇし」
「ありがと……それじゃ代わりに、これもらってくれない?」
「おいおい、結構高いんじゃねぇかこれ?雑誌の付録とは全然釣り合ってねぇだろ……」
「気にしなくて良いよ。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントか何かだと思ってくれたら良いよ」
「ま、まぁそこまで言うなら……ありがとな」
ほんと優しいよね。あのペンダント、試合中もずっと提げてるんだから。
「理世ちゃん!理世ちゃんってセカンドの守備も巧いよねぇ。今度お茶奢るからさ、色々教えてくれない?」
「ほわっ!!?わ、ワタクシメでよろしければ……」
あっくんのおかげで、繋がる相手を妥協なんかしなくて良いって思えた。わざわざ身体を差し出さなくても、アタシに期待してくれる人はいくらでもいるって理解できた。
「あっくん!今シーズンこそ一緒に一軍で活躍しようね!」
「……え?ああ、そうだな徳田……」
「んもう、堅苦しいなぁ〜……アタシのことは"かおりん"で良いんだよ?」
3年目の春季キャンプから、さりげなく"あっくん"って呼び始めた。カモフラージュのために、男の人の見方が変わったってことで他の同い年以下の男の人も下の名前で呼ぶようにしたけど、それでもあっくんだけは特別。
普段から『あっくんのため』を最優先にしたり、逢ちゃん達相手に先輩ぶったりしてるけど、善人ぶるつもりなんて全くない。アタシは良い言い方をすれば"尽くす女"なのかもしれないけど、実際はアタシのためだけだと何もできない、誰かのためじゃないと努力する勇気すら持てない臆病者。その誰かというのが"不特定多数の男の人"から"あっくんただ一人"に変わっただけ。アタシの根っこの部分は結局何も変わってない。
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それでもね、あっくん。
(あーしに喧嘩売っといて……男と見つめ合ってんじゃねぇよ色ボケが!)
「るあああああッッッ!!!!!」
これから先もまた迷惑をかけるかもしれないけど、それ以上にあっくんの力になりたい。あっくんの後ろで守って、打って走ってあっくんを勝たせて、誰よりも近くであっくんの頑張ってる姿を見ていたい。
"誰からも必要とされるアタシ"になれなくても、"あっくんにだけは必要とされるアタシ"でありたい……!
「な……!!!??」
「デケェぞ!」
「入るか!?入るのか!!?」
「フェン直だーーーッ!!!」
「セーフ!!!」
ほんのちょっとの妬みなんかかき消してくれる歓声。万雷の拍手。それに応えるように、二塁ベース上で右腕を掲げて応えてみせる。アタシなんかに期待してくれるあっくんのためにも、スターのフリくらいはちゃんとしておかないとね。
「150インハイ、それも左対左なのにあっさりと引っ張り返しやがった……!」
「アイツ、チビのくせに結構パワーあるんだな……」
「偶然ではなく、実力勝ちね。変化球が完全に見切られてた以上、元々ストレートで真っ向勝負しか手はなかった。選択肢がなくなるフルカウントに達した時点で、徳田の勝利はほぼ確実だった」
欲を言えばスタンドに叩き込みたかったんだけど、昔からホームラン打つのだけは苦手なんだよね。まぁあっくんが見てる前で1番打者の仕事は果たせたし、後は理世ちゃん達にお任せだね。
******視点:氷室篤斗******
流石だ火織。そうだ、そういうのが見たかったんだ。それでこそ徳田火織だ。サイコーの一打だったぜ……!
(くそっ……!こんな時に謎長打かよ!何であーしがあんな奴に……!!)
地団駄を踏んで悔しがる早乙女さん。正直、プロに入ってすぐに1つ上のアンタの真っ直ぐを見て羨ましくさえ思ったもんだ。それに加えてあのスライダーじゃ、ちょっと前までの引っ張り一辺倒の火織なら勝てなかっただろうな。だが、火織も俺も前に進んでる。今そこにある土だけなく、常に一歩先の土を踏もうと足掻いてるんだ。負ける道理なんかねぇ。