第百十五話 旋風(7/9)
******視点:伊達郁雄******
「7回の裏、バニーズの攻撃。7番センター、秋崎。背番号45」
「おっぱいちゃん!今度こそ頼むで!」
「風刃くんの完封が見たいんや!」
……1点リードで、決して余裕のある場面でもないのに、ファンはもう『勝ち』まではほとんど確信してるような印象。"最強球団"と"最弱球団"というイメージが根付いてる間柄なのに。そう思わせるのもまた、風刃くんの"エース"としての資質と言うべきか。
「引っ張った!ショート跳んで……届きませんレフト前!」
「「「おおっ!!!」」」
「ええぞ"おっぱいプルプルヒッター"!」
「ほんま左の方ばっか飛ぶなぁ……」
「向こうも露骨に対策してるんやから、右に転がしたったらええのに……」
「せっかく脚もあるのになぁ……」
秋崎くんは正直打率を稼げるタイプじゃない。単純に空振りが多いってのもあるけど、それ以上に打球の方向の偏りが大きいから。向こうもその辺を理解して内外野共に左寄りに守ってる。
月出里くんもかつて同じようなとこで壁にぶつかったけど、秋崎くんは月出里くんと違って、打球に角度を付けるのが上手い。そしてスイングも力強い。『引っ張って大きなフライを打つバッティング』の再現性が高いタイプ。近年のデータ解析技術の向上と守備のシフトもあって打率3割はおそらく難しいだろうけど、30本塁打なら十分可能性がある。
俊足の秋崎くんが率を目指さないのは勿体無いって思う人もいるかもしれないけど、あの持ち味を殺すこともない。
「8番キャッチャー、冬島。背番号8」
今日の冬島くんは正直打つ方が振るわないから代打もアリだけど、今日のこの試合を作った功績もある。流れを渡さないためにも最後までマスクを被っててもらいたい。となるとここはやっぱり……
「アウト!」
「送りバント成功ワンナウト二塁!」
「ナイメイナイメイ!」
「キツツキ相手の時以外は繋ぎさえやってくれたらええわ」
「今度こそ追加点頼むで!」
「9番ショート、宇井。背番号24」
今日の宇井くんは四球1つに三振1つ。バントで援護するには何ともな感じ。ただ次は月出里くんだし、進めておく意義はあるはずだ。
「ボール!フォアボール!!」
「ああっとまた外れました!ストレートのフォアボール!!」
「何ばしよっとか!?」
「9番の若造に芋引くとは女々(めめ)たい!」
(1試合に四球2つなんてプロ入って初めてっすね……出塁率上がるんで正直助かるっすけど……)
ヴァルチャーズの投手陣は全体的に球威があるけど、与四球は結構多め。ついでに死球も多い。アルバトロス打線が待ち球傾向にあるのもその辺が理由。特別待ってなくても、こういうことは珍しくない。
「1番サード、月出里。背番号25」
「ワンナウト一二塁、追加点のチャンスで打席には月出里!今日はここまで2打数1安打1四球!」
「前のカードではちょっと外のスライダーに釣られたり、本来のバッティングを発揮できない場面が目立ちましたが、今日はしっかりゾーン内で振れてますね」
「頼むでちょうちょ!」
「やっぱちょうちょはこういう場面が似合うわ」
「一発打てるんならクリーンナップ入って欲しいよなぁ」
(やべぇっすね……)
(まぁ月出里は併殺が多い方だ。逆にさっきの四球を生かして乗り切れれば流れを引き寄せられるかもしれん)
一応向こうのバッテリーにとっては、流れを切り返すチャンスでもある。でも、こういう時の月出里くんは……
「ボール!」
「外!外れました!」
(優輝のおかげで調整は上々。紙一重で守備範囲内の打球も減ったし、そのおかげで外の球も余裕を持って見送れるようになった。もちろん一発狙いたいけど、この場面は……)
「!!!高め打って右中間……落ちましたヒット!」
「「「「「おおおおお!!!!!」」」」」
やや内寄り高めの球をそのままポンと弾き返すように軽打。『こういうバッティングならやればいくらでもできる』と言わんばかりに……
「二塁ランナー秋崎、一気にホームへ……」
「セーフ!」
「ホームイン!2-0!バニーズ、遂に待望の追加点!月出里、今シーズン初のマルチヒットとなりました!」
うんうん、結果として秋崎くんの俊足も生きたね。
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
しかしほんとずるいねぇ、月出里くんは。こういう決定的な場面でばかり目立つんだから。僕としちゃ助かるけど。
(やべーな。やってくれたな逢ちゃん。1点なら一発でどうにかなってたけど、2点は流石に……)
今日の展開なら、1点差と2点差じゃ雲泥の差。無駄な四球のない風刃くんにとって唯一の懸念は事故の一発だったからね。野球は1点でも上回ってたら勝てるけど、1点差ばかりじゃ勝ち続けるのは厳しいのは向こうが証明済。
「雨田くん、多分9回投げてもらうよ。夏樹くんも8回にあるかもしれないから、一応上位打線……特に友枝くんを想定して準備しといてくれ」
「「はい!」」
イェーガーくんは基本8回固定で、なるべくイニングの途中からは使わない方針。故障持ちの彼女に依存しすぎないように、他のリリーフ陣にも頑張ってもらわないとね。
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******視点:雨田司記******
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、風刃に代わりまして、雨田。ピッチャー、雨田。背番号19」
「ゲームは2-0のまま最終回に入ります。この回のマウンドに上がるのはプロ4年目の雨田。昨シーズンは開幕先発ローテーション入りを果たしましたが、今シーズンはクローザーを務めます。前回3月27日の登板ではプロ初セーブを挙げました。非常に強いまっすぐとスライダーが魅力の本格派右腕」
「ああ、やっぱ完封はナシかぁ……」
「前の回も三振2つ奪ってたのになぁ」
「球数100超えたんやからしゃーない」
あのヴァルチャーズ相手に8回無失点……正直な話、最近の野手陣は援護が最低限で、守備の乱れもちょっと多い。そのせいで氷室さんと百々(どど)さんの時にも流れを悪くしてたけど、今日はそもそも惜しい当たりすらほとんどなかったから、守備を言い訳にしたくなる展開にもならなかった。
『誰が相手でも、どんなチーム状況でも、勝ち試合を作る』……悔しいが、今日の風刃の投球は先発投手として完璧な内容と言わざるを得ない。
「1番セカンド、沖兎。背番号23」
沖兎さんは比較的アイツのまっすぐに当てられてはいたけど……
「ストライーク!」
「初球まっすぐ!いきなり155km/hが出ました!」
まっすぐの威力なら風刃に負けはしない。
そして風刃は1年目からスライダーが特に印象的だったけど、去年からほとんど投げてない。今日もボクが確認した限りでは1球もなかった。
「ストライーク!」
そのせいなのか、左相手でもスライダーが簡単に通る。
「スライダー打って、ショートの左……宇井が捕って……」
「アウト!」
「一塁送球間に合いました!ワンナウト!」
「ええぞあけみん!」
「ナイス強肩!」
(ギラドではミスしまくりだったけど、慣れ親しんだサンジョーフィールドなら問題ナシっす!)
あそこから沖兎さんを刺したか。サードに月出里もいるし、内野安打は心配なさそうだ。
「2番ショート、睦門。背番号6」
(確がにまっすぐは雨田ん方がエグいけど、狙い球はまだ絞りやすいべ……!)
……!まずい……
「ストレート打って……左中間大きい!」
「「「「「おおおおおッッッ!!!」」」」」
(抜かせない……!)
!!!
「アウトォォォォォ!!!」
「と……捕りました!センター秋崎、間に合いましたファインプレー!!」
「「「「「しゃあああああ!!!」」」」」
「はっや……」
「カッチカチおっぱい」
「バニの守備がまともに機能しとる……(感涙)」
「おっしゃ!あと1人や!!」
「ランナーを溜められないことを意識してか気持ち前寄りに守ってたんですけど、よく間に合いましたね……一歩目の思いっきりが素晴らしいですよ」
(わたしと同じ右打者で、引っ張り気味の当たりだから尚更、何となくこの辺かな?ってのは読めるようになってきたね)
あの左中間の当たりを飛びつきもせずに駆け抜けて普通に捕った……ほんとキミも腕を上げたね。
「3番センター、友枝。背番号9」
(オレの後にもジュリアや瑠璃子が続く。まだまだ終わらねーぞ……!)
奇しくも最後は向こうの最強打者か……
「スライダー打って、ショート正面……」
「アウト!ゲームセット!!」
「そのまま一塁送ってアウト!試合終了、2-0!バニーズ、ホーム開幕戦を白星で飾りました!これで今シーズン2勝2敗、勝率5割復帰となりました!」
一番警戒してた友枝さんだったけど、初球の落ちるスライダーを引っ掛けてくれてあっさり打ち取れた。年に何回も勝負するってなったらこういうこともあるか。
ただ、今日の内容は皮肉にも不安視してたバックに助けられて、向こうからも『風刃と比べたら当てるくらいまでは楽』と言われてるかのような結果。スライダーの不慣れに助けられた部分もあったし、それでいて三振も奪れなかった。正直、納得できる内容ではないね。
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「放送席ー放送席ー、今日のヒーローは先制タイムリーを放った十握選手。7回に追加点を挙げた月出里選手。そして8回無失点、先発投手として最高の形でゲームを作った風刃選手です!」
「「「「「風刃!風刃!風刃!風刃!」」」」
「きゃー!えいりーん!」
「もうお前がエースや風刃!」
ホームゲームということもあってお立ち台には3人向かうことになったけど、やっぱり今日の最大の功労者は風刃であるというのはファンにとっても共通認識。背丈とかのバランスもあるんだろうけど、お立ち台でも真ん中に立ってる。
……きっと今の風刃の立ち位置が、入団した頃のボクに求められてたもの。
今の地位には納得してる。今のボクは風刃には敵わないってことも。けど、それでもボクは、風刃に勝つことを諦めない。投手としての地位も、秋崎からの賞賛も、どっちも絶対に奪い返してやる。
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