第百十五話 旋風(6/9)
******視点:伊達郁雄******
「ストライク!バッターアウト!!」
「見逃し三振ッ!インコース、フロントドアで入ってきましたカットボール!風刃、これで三振9つ目!!」
「今日先頭打者を全く許してないのが素晴らしいですね。1点が重い今日のゲームだと、守る方も非常に楽になりますよ」
「「「「「風刃くーん!!!!!」」」」」
「アカン、バネキやないのにワイも風刃くんにメロメロや……」
「(おっ、ホモか?)」
7回に入っても風刃くんの出力は落ちず。むしろマウンドに馴染んできたのか、制球の面では回を重ねるごとに上がってきてるかもしれない。
まぁ何だかんだ言ってもまだ高卒3年目で、本格的な先発ローテ入りは今年が初めて。終盤に入って向こうも打席で粘ってるからちょっと球数が気になるし、まだ春先。ここから点差が大きく開かない限りは継投かな?
……しかしほんと、とんでもない投手になってくれたものだよ風刃くんは。いや、『なるべくしてなった』と言うべきかな?優勝を目指すしかないこの年にこうなってくれたのは僥倖という他ない。去年の終盤、オーナーの言うところの『リソースを今年に回す』一環で休ませた甲斐があったかな?
「ストライク!バッターアウト!!」
「今度は落としましたフォークボール!これで今日二桁奪三振となりました!!」
「おいィ!?何やっとんじゃ瑠璃子!」
「選球眼が武器やろお前は!」
「そげん球、なんば3打席もあって見極められんと!?」
(そう言われましても、この球は一朝一夕ではとても……)
今日の風刃くんの投げる球はどれも一級品だけど、特筆すべきはあのフォーク……いや、スプリットだね。去年使ってたものよりもさらに磨きをかけてる。
フォーク系の球は大きく分けて2つある。1つはクラシックなフォークで、回転を極力抑えて大きく落とすもの。もう1つは最近よく聞くスプリットで、回転はあまり抑えず小さめに落とすもの。フォーク系の名手といえば他にも向こうのチームの真木くんやウチの氷室くんが浮かんでくるけど、真木くんのは前者、氷室くんと風刃くんのは後者に近い。
どちらが良いかは一概には言えないけど、風刃くんのスプリットは後者の長所を非常によく活かせてる。まっすぐとのスピード差も回転の具合もあまり違わない上に落ち始めが遅いから、見極めがとにかく難しい。そしてそれでいて最低限空振りを取れるだけの落差も兼ね揃えてる。おまけに低めへの再現性も高いから、非常に信頼できる球種に仕上がってる。あの友枝くんですら、続けられてもどうしようもなかったのも頷ける。
……口に出しては言えないけど、スプリット単体だけ見ても、おそらく風刃くんのそれは氷室くんのそれ以上。
「ボール!」
「ここはカーブから入ってきました!」
そして、あの投球フォーム。一見すると上半身ばかりに頼った力任せなアーム投げに見えるけど、よく見ると踏み込みが深くてリリースポイントをしっかり前に持っていけてる。そしてリリースの瞬間に上半身を前に思いっきり突っ込ませるような動作の際にも、前脚となる左脚を突っ張らせたり……
捕手の僕には出力を発揮するまでの細かいメカニズムはわからないけど、あれは間違いなく下半身の繊細な動作感覚があってこそ成立する、非常に高度な投球法。並の投手には容易に真似できるものではないはず。
上背は180にも満たず、ウエイトも全くせずで、体格に恵まれてるわけではない。それなのに、独自性の強いフォームであれだけの出力を平然と出し続けられるのは、身体を操作する感覚が並外れてる証拠。
球速だけに留まらない球威。十分な制球。豊富な上にどれも決め球になりうる球種。ヴァルチャーズ打線相手でも全く臆さない精神力。さらにはフィールディングなどの細かい部分でも付け入る隙なし。僕もそれなりに長くキャッチャーをやってきたけど、まだハタチかそこらでここまで完成度の高い投手は他に見たことがない。
風刃鋭利。彼はバニーズにとって、間違いなく月出里くんに続く"旋風"になるはずだ。
******視点:風刃鋭利******
「ファール!」
「これでツーストライクと追い込みました!」
うんうん、まっすぐでカウント稼げると楽で良いな。
「良い加減打たんね!?」
「"浪花の細腕"にいつまでかかずらっとるか!?」
「前にも飛ばせんは恥ぞ!!?」
……『細腕』で大いに結構、ってね。
生き物ってのは生きるため、十分な力を生まれ持つ。『ゴリラは握力500kgある』って言われてるけど、同じ霊長類である人間だって『火事場の馬鹿力』という言葉がある通り、いざという時には想像以上の力を発揮できる。他の生き物よりも知恵を付けて文明の利器に頼るようになった分ヒョロくなっても、生き物の本質的な部分や本能的な部分は変わっちゃいない。
そういう力を発揮するために、必要以上の筋肉はいらない。大事なのは、全身の力を繋ぎ、その力を支えるための『身体の重心の位置』を明確に認識すること。そこが明確になれば、身体の的確な場所に『乗せる』ことで、身体全体の力を線で結ぶことができる。そうすることができれば、か弱い女子供だって、自分の身体より大きくて重い荷物を簡単に運んだりもできる。そしてそれは投球に関しても同じ。
……必要以上の筋肉はその感覚を鈍らせるし、正確に認識できても邪魔になって『ズレ』を生み出す。認識との『ズレ』を生まないためにも、身体はなるべく柔らかく、しなやかに使えた方が良い。
こんな感じでな……!
「ストライク!バッターアウト!!」
「高め!空振り三振、三者連続!最後も154km/hまっすぐ!これで今日11個目となりました!」
「うーん、胸元いっぱい……あれはちょっとスイングも窮屈になりますよねぇ……」
「これでスリーアウトチェンジ!風刃、この回はパーフェクトピッチング!ヴァルチャーズ打線に反撃の隙を与えませんでした!1-0、バニーズのリードです!」
「最高や風刃!お前が"エース"や!」
「いや、でもパンダと百々(どど)が……」
「とりあえずシーズン1年走りきらんことにはなぁ……」
『バニーズの"エース"は氷室さんか百々さん』ってよく聞くけど、それはどっちでも結構な話。何なら『どっちも"エース"』でも良い。おれは"ウルトラエース"になれば良いだけだからな。
「お疲れ様、風刃くん!この回もナイピーだよ!」
「あざっす!」
ベンチに戻る途中で、今日センターの秋崎さんからの賞賛。いつもおれからグイグイいってるけど、こういうのもたまには良い。
「聞きましたよ秋崎さん、『彼氏探すのはレギュラー獲った後』って」
「え!?う、うん。まぁ……」
「今年いけそうっすね。あ、ちなみにおれ今フリーなんで」
「あはは……そうなんだ……」
「裏、秋崎さんからっすよね?頑張って下さいね」
「う、うん。良い加減もうちょっと援護なきゃね……」
「…………」
色んな女の子と遊んだけど、やっぱり秋崎さんが一番だよなぁ。あの妙な趣味さえなければ完璧なんだけど……




