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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十五話 旋風(5/9)

「ゲームは6回の表に入りますが、ここでヴァルチャーズ、ベンチの前で円陣を組みます」


 スコアは変わらず1-0。前の回はどうにか小町(こまち)さんが内野安打で出たけど、ウチの打線は二巡目も風刃(かざと)くんをまともに捉えられてねぇ。


「諸君。ここまで無得点なことを責めるつもりはない。向こうは紛れもなく好投手。そこは認めざるを得ん」

「「「「「「…………」」」」」


 流石に監督もそう言うしかねーよな。同じ投手だから、はたから見ててもアレがどんくらいやべーかわかるはずだし。


「だがもちろん、このままメソメソと負けるわけにもいかん。最下位常連の相手で、客の目もある以上、諸君もなるべく王者らしく横綱相撲といきたいところだろうが、何より優先すべきは勝利。オーナーもそのために毎年巨額を投じているのだからな。各々持ち味を生かして、この状況を打破してほしい。諸君ならできると信じてる。サァイコー!!!」

「「「「「ウェーイ!!!」」」」」


 士気は少し上がった……が、具体的な策の提示はナシ。そりゃそうだろうな。どの球も隙がねーんだから、『どの球に絞れ』とか言えねーよな。


「6回の表、ヴァルチャーズの攻撃。1番セカンド、沖兎(おきと)。背番号23」


 ただ、万策尽きたってわけじゃねー。

 ウチは打線と投手陣ばかりが取り上げられるが、羽雁(はがり)監督が重視してるのはむしろ守備走塁。特に走るのを重視してるからこそ、左近(さこん)も育成からここまでのし上がれたとも言える。

 まぁつまりは……


「「!!!」」

「バントした!ピッチャー左……」


 こういうことだな。

 沖兎左近(おきとさこん)は俊足揃いのウチでもNo.1の韋駄天。50盗塁の技術もあるが、何よりの武器はあの単純な脚力。左打者なのもあって、一塁までのタイムは4秒なんて軽く切る。スタートをより切りやすいセーフティーなら尚更……


「よっと」


 !!?


「ピッチャー捕って一塁へ……」

「……セーフ!」

「セーフ!間に合いました!流石の俊足……あっと、ここで伊達(だて)監督が出てきて……リクエストです!」


 投げる球に隙がないんなら、守りの隙を付く。投手だって5人目の内野手だからな。ガキの頃から野球をやってりゃ多分誰しもが一度はやったことのはず。

 だが、残念ながら今のは……


「審判団出てきて……アウトです!判定アウトです!!風刃、守りでも魅せました!!!」


「「「「「キャアアアアア!!!」」」」」

「アイツ、守備もええんか……」

「結構長いこと内野もやってたらしいで」


 やっぱりな……

 左近(さこん)と競走してもなお競り勝つフィールディング自体も確かに良いけど、そこに至るまでの過程……投球直後の体勢の整え方とかだな。そして慢心のなさ……武道で言うところの『残心』。バランス感覚と精神力、心身共に優れてるからこそ、すぐに守備体勢に入れる。ただ投げるだけの奴とはわけが違う。

 何にせよ、小細工でもどうしようもねーか……


「ワンナウトワンナウト!」

「いいよいいよ風刃ー!」

「この回もしまっていこー!」


 風刃くんがバックを盛り上げる。わざとやってるのかはわからないが、まるで『向こうがタダでワンナウトくれた』と言わんばかりの飄々(ひょうひょう)とした態度。これは逆にこっちの痛手だな……


「2番ショート、睦門(むつかど)。背番号6」

(おらもそのつもりだったけど、左近さんでも間に合わねーんじゃおらにはとても……)


「ストライーク!」

「外カットボール空振り!」

(しかも相変わらずこの球威……)


 爽也(そうや)も普通に俊足の部類で、しかもバントの名手。それでも右打者で、当然脚は左近ほどじゃねー。向こうだって人間なんだからミスの線もあるけど、それでもさっきので精神的に優位に立たれて、純粋に打つ方でも最初から追い込まれてる感じだな。


「ストライク!バッターアウト!!」

「落としましたツーアウト!睦門、7球粘りましたが出塁ならず!!これで今日8つ目の三振!!!」


「「「「「うぇぇ……」」」」」

「嘘やろ……?せっかく開幕カード3タテしたのに、よりによってバニーズに……」

「あんな"なんちゃって優勝宣言チーム"に……」


 ……1点っていうスコア以上に重い、悪い流れ。爽也だってあの状況でよく粘ったんだがな。観客席の熱気もすっかり冷め切ってる。こりゃ今日はちょっと厳しそうだな……


「3番センター、友枝(ともえだ)。背番号9」


 もちろん、監督の言うとおり、このままメソメソと負けるつもりはねーけど。


「!!ライト線……」

「ファール!」

「切れましたファール!」


「ああ、惜しい……!」

「もうちょっとで長打だったのに……」


(インコースボールゾーンへのカットボール。あれならそうそう痛手にはならねーよ)


 オレらに残ってる勝ち筋は多分これくらい。要は『オレはいつも通りにやる』ってこと。チームの勝利のために自己犠牲を考えてる味方には申し訳ねーけど、むしろこの状況はこれがきっと最適解。

 バントとかそういう小細工ですら『できねー』ってことを向こうに示されて、今は敗色濃厚な流れになったんだから、ここはオレがでかいのを打って、打つことが『できる』ってことを示し返す。

 監督の意向には沿わねーかもだけど、今日のオレ達が勝つには、もうこれっきゃねー。


「ボール!」

「ボール!」

(ありゃ、ちょっとリリースがブレたか……)


 まだ運は見放してねーな。2回のフォアボール以来の制球の乱れ。これなら……


(友枝さん相手に変化球が抜けて甘いとこは洒落にならへん。ここは最悪歩かせても(かま)へんし、まだ開幕したばかりで投手側が有利な時期。小細工と甘いとこはナシでまっすぐ勝負や)

(オッケーっす)


 まっすぐに絞れる……!


「!!レフト上がって……!」






「……アウト!」

「レフト十握(とつか)捕りました!これでスリーアウトチェンジ!!風刃、最後は今日最速の156km/hでねじ伏せました!!!」


「「「「「おっしゃあああああ!!!」」」」」

「風刃くんカッコイイー!!」

「これプロ初完封もあるで!」


 力負け……テラス付きのウチの球場でもあれじゃスタンドインとまではいかねーだろうな。厳しいコースに投げ切ったってのもあるが、この土壇場で出力の最高値をしっかり出せるのも制球の内ってことなんだろうな……


「すんませんでした……」

「気にするな。お前なりの勝ち筋だったんだろう?」

「はい」

「ならそれで良い」

「あざっす」


 ベンチに戻って一応監督に謝罪。まぁ意図は汲んでくれたみてーだな。

 ……とりあえずあと1打席は確実にある。1点なら最悪一発で追いつける。ここまではオレの完敗だが、このまま簡単には終わらせてやらねーぞ、風刃くん……!


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