第百十五話 旋風(2/9)
******視点:夏樹神楽******
試合前練習……の前にウォーミングアップをしつつ、頭の中を整理する。
「はぁ……」
彼氏から援助の催促。『起業するのに必要』って話だけど、前の彼氏も売れないミュージシャン、その前の彼氏も投資やら何やら、全部金絡みで泣き別れだしなぁ……佳子にも『やめた方がいい』って言われたし。
でも、いつも優しくしてくれて、あっしみたいな野球でゴリゴリの女でも『可愛い』なんて言ってくれて……やっぱりあっしが支えないとダメだよなぁ。
……まぁ、というか『彼氏がいる』っていう状況自体をキープしたいんだよな、正直なとこ。佳子は見た目あんなんで性格も良いからすんげぇモテるのに、『まだレギュラーじゃないから』ってことで彼氏とかは今は考えてないって言ってたし。逢も見た目あんなんでもそういうの興味なさそうだし。だから、あいつらに女としてちょっとでも勝てる部分を持っておきたいって言うか……
ほんと、嫌な女だよなぁあっし。小学生の頃からずっと野球漬けだったから、そういう女をむしろ目の敵にしてたのに……いや、野球漬けだったからこそ、彼氏のいる日常ってやつが新鮮に思えるのかもな。
「あ、夏樹さん。お疲れっす」
「おう、お疲れ」
今日の先発の風刃がグラウンド入り。
随分出世したよなぁ、コイツも。1年目から二軍でえげつない成績残してたけど、今やホーム開幕カード1戦目を任される立場。あの雨田ですらようやく一軍でそれなりのポジションを手に入れたばっかりって考えると、もはや妬みの念すらない。
「よっと」
「……いつも思うんだけど、何のためにやってんだそれ?」
「んー、そうっすね……『身体の重心の位置を掴むため』っすかね?」
「???」
風刃の調整法というか練習は本当に変わってる。三点倒立したり、そこからブリッジの体勢に持っていって、片手片脚を順番に挙げたり、投げ込みをする前にジャベリンスローをしたり。
あっしも今まで色んなピッチャーと関わる機会があったけど、風刃みたいな練習をやってた奴はいなかった。フォームも含めて、今まで見たことがないタイプのピッチャー。
……ただ確かなのは、コイツはとにかく身体が柔らかい。逢とか徳田さんに匹敵するレベル。そしてあの2人ほどじゃないけど、ピッチャーとしてはやっぱり小柄な方。
それと……
「風刃ってウエイトとかやってないんだよな?」
「やってませんよ。だって今の流行りは細マッチョじゃないっすか?あんまり筋肉付けたら女の子にモテないっすよ」
「お、おう……」
……うん、まぁ細マッチョ云々は否定しない。あっしもそういうのが好みだし。
にしてもウエイトを全くやってない割には、足腰がしっかりしてるし、身体の厚みも最低限はある。この謎の練習で十分鍛えられてるってことなのか……?
風刃は女子のファンが多めで結構遊んでるって話だけど、多分半分以上は冗談。きっと何かしらの信念からウエイトをあえてやらないことを選んでる。
最近は平均球速がどうとかで投手のウエイトなんて半ば当たり前になってきてるし、あっしも最低限の球速を確保するためにそれなりにやった。その当たり前に反してるのに、風刃はここまで上り詰めた。
……悔しいけど、その辺も才能の差かねぇ?
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******視点:友枝弓弦 [博多CODEヴァルチャーズ 外野手]******
試合前練習。もうじき打撃練習はホーム側とビジター側で交代。
「おいっす、逢ちゃん」
「あ、友枝さん。お疲れ様です」
撤収する前の最終確認なのか、バットをゆっくり振ってる逢ちゃんに声をかける。近くには髪の毛ピンクの美少年くん。オリンピックの時にも見かけたな。打撃練習の時間なのにグラブを抱えてるけど、あん時も打撃投手やってたな。
「調子どうよ?」
「今日は多分打てます」
「ハハハ!お手柔らかに頼むぜ?ウチ今年は先発が足りなくてなぁ」
「みたいですね。正直な話、今日のそっちの先発の人、あんまり知らないです」
「だろうな。ウチ育成含めると選手の数やべーし。オレだって正直全員の名前を言える自信がねぇ」
「そんなんで良いんですか?中心選手なのに」
「逢ちゃんだって似たようなもんだろ?」
「ふっ、よくわかりましたね」
「おう。前のオリンピックでよーくわかった」
そんなこんなで逢ちゃんと雑談。テレビの仕事とかもあんまりしなくて、他の選手との交流も昴以外はあんまり聞かねーけど、これだけ会話のキャッチボールが成立してるってことは、オレも少なからずこの天才ガールに認められてるってことかねぇ?光栄なこって。
……にしても、ピンクの美少年の視線が気になる……
「……あ、そうそう」
「「?」」
「式挙げるんなら、オレも呼んでくれよな?オフなら多分いけるから」
「うぇっ!!?」
「……まぁ、席が空いてたら……」
オリンピックの時からそんな感じはしてたけど、やっぱりな。まだハタチかそこらのはずなのに、気が早いねぇ。
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