第百十四話 最低条件(8/8)
3月28日。開幕カード3戦目。
「ファースト見上げて……」
「アウト!」
「アウト!スリーアウトチェンジ!しかしこの回のビリオンズ、若王子姫子の2点タイムリーでリードを4点に広げています!」
「「「姫子ー!ナイバッチ!」」」
「うーんこの満塁の申し子」
「(また4番の後釜の後釜になっても)ええんやで(ニッコリ」
「お姉、お疲れさん!」
「そない言うてくれるんならグラブ持ってきてや」
「おっ、もう歳か?」
「違うし!まだ今年で38やし!!」
「はいはい、まだまだ綺麗やでお姉。うちの次くらいに」
「やかましいわ!」
今日の先発の烏丸くん、久々の先発ローテ復帰だったけど、2回から5回までは完璧な投球。でも初回の妹の方の若王子くんのツーランと、さっきのタイムリーもあって6回4失点。まぁ内容はともかく巡り合わせが悪かったね。球数を考えてもこの回で降板が妥当なとこ。
そしてこっちはランナーはそこそこ出てるけど無得点。ちょっと厳しい展開。
「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、鎌足に代わりまして、ミルズ。ピッチャー、ミルズ。背番号33」
去年から時々先発もやるようになった鎌足くん。以前はリリーフエースで、やはり元より実力のある投手。自慢のスライダーで月出里くんをノーヒットに抑えられたりであと1本が出ず。
そして代わりに出てきたのはドリー・ミルズくん。去年は最高球速162km/hを記録した本格派右腕。ただ、この手の投手の例に漏れず制球はアバウト。特に変化球の制球に苦しむことが多くて、そういう時は大体崩れる。零封かビッグイニングかになりやすいってことは、やや重めの点差がある今の展開ならむしろチャンスかもしれない。
「7回の表、バニーズの攻撃。9番ショート、宇井。背番号24」
「この回の先頭打者は宇井。高卒2年目のまだ若い選手ですが、開幕カード3戦で全てスタメン出場。今日は第一打席、第二打席ともに三振」
「あっ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「いや、もうこの点差なんやから気楽に見とこうや」
「今の打線で4点は無理やろうなぁ」
まだまだこれからだよ、宇井くん。
「ストライーク!」
「カーブ!決まってツーボールツーストライクと追い込みました!!」
(……諦めないっす。今日も空振ってばっかっすけど、それでも日和らない。振旗コーチも言ってた通り、『野球なんて3割打てれば上等、10本打てればスラッガーの仲間入り』っす。去年みたいに、当たる時はちゃんと当たる。その時を常に信じて、いざ当たった時に後悔しないように思いっきり振り続けるまでっす!)
変化球に泳がされてるけど、スイングスピードは十分。あれならきっとまっすぐが来ても振り負けることはない。
"打てるキャッチャー"と持て囃されてた僕よりもずっと体格に恵まれてて、それに見合ったパワーもある。地肩も強いし、動きも機敏で意外と脚もある。そして練習熱心で、周りの声を聞く耳も持ってる。『協調性』とか抽象的な面だけじゃなく、基礎能力という面でも、大成すれば総合力の高い大型ショートになれる可能性を十分に秘めてる。それこそジェネラルズの神結くんみたいにね。
『結果が全て』のこの世界であっても、分の悪い賭けをしてるつもりはない。
(コイツデ……!)
(この一振りで……!)
「「「「「……え?」」」」」
「は……入りましたホームラン!宇井朱美19歳、開幕カードスタメン起用に応えて、プロ入り初アーチを決めました!!」
「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
抜けて甘く入った変化球がライトスタンドまで運ばれて、少しの間を空けて球場中が盛り上がる。
「「「「「あけみん!あけみん!あけみん!あけみん!」」」」」
「ん?何があったんや?」
「何がってお前、あけみんがプロ初ホームラン打ったで」
「ファッ!?」
「お前ほんまようこういうタイミングでトイレ行くな……」
「朱美ちゃん!おめでと!!」
「ナイバッチ!」
「やるじゃねぇか!」
悠々とダイヤモンドを一周してから、ベンチの前で他の選手達とタッチを交わす宇井くん。
「よくやったよ、本当によくやった……!」
「えへへ……監督が信じてくれたおかげっす」
ベンチに座って足をバタつかせて、ヘルメットを外すことも忘れて余韻に浸る宇井くん。
そりゃ嬉しいよね。僕もそうだった。元々キャッチャーがどうとかよりもスラッガーになりたかったから、初めてベストナインやゴールデングラブに選ばれた時よりもよっぽど嬉しかった。
「1番サード、月出里。背番号25」
「……ん?」
さっきはネクストから静かな拍手で宇井くんを祝福してた月出里くんだったけど、打席からこっちのサインを確認するついでに宇井くんの方を冷めた目で見つめる……けど、僕の視線に気付いたのか、何事もなかったかのように投手に向き合う。
……うーん、彼女の考えてることはいまいち読めない。
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「打ちました!しかしショート正面……」
「アウト!ゲームセット!」
「今日プロ初ホームランの宇井、最後はショートゴロで試合終了!」
「ご覧頂きました一戦は、5-1でビリオンズの勝利となりました。本日のご観戦、誠にありがとうございました」
「やっぱり負けたじゃないか(呆れ)」
「まぁええわ。あけみんの初アーチでしばらくポジれるわ」
「あんなんマグレ当たりやろ(辛辣)」
8回の瀬長くんに、最後は縁本くん。向こうもこっちに負けず劣らず後ろが固い。
「すみません……」
「気にすることはない。よくやってくれたよ」
一塁を駆け抜けて、そのままベンチに戻ることになった宇井くんを労う。
「残念ながら今日の一発は勝利に繋がるそれにならなかったけど、そういうのは単なる巡り合わせ。諦めずに今日みたいに頑張っていれば、今日の一発に『宇井くんが将来大成する第一歩』という意味を持たせることができる。そして必ず去年みたいに勝利の立役者になれる日が来る」
「はい!明後日からも打って守って、監督を胴上げするっす!!」
「うーん、ありがたいけど僕は腰がね……」
「……はっ!?そ、そうでしたすみません、うっかりしてました!!」
「いやいや、気持ちはありがたいよ。気にしないでくれ」
最初のカードは1勝2敗。最悪とまではいかないけど、優勝を喧伝した割にはお寒いスタートダッシュ。だけど、宇井くんという兆しが見えたし、雨田くんとイェーガーくんのおかげで勝てる形さえ作れれば勝ち抜けるってことも証明できた。内容に関しては十分に意義があったと言える。
……ペナントレースというのは通常その性質上、勝率が最低でも5割を超えなきゃ優勝できない。交流戦もあるから、理論上5割未満でも優勝の可能性はごく僅かにあるにはあるんだけどね。ただ、現実的には6割くらいが優勝の大体の目安になりがち。
去年の僕達はその『最低条件』である5割を超えるどころか達することすらままならなかった。だからまずは心理的にその敷居を低くするという意味でも、そして終盤もある程度余裕を持って戦えるように、早い内から5割以上をキープしておきたい。そういう意味でも、次のカードは何とかして2勝はしたい。
ところが次のカードはヴァルチャーズ。もはや説明不要の優勝候補筆頭。だけど、僕達にとっても勝算はある。ホーム開幕戦で、しかもあの2人が投げるんだからね。




