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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十四話 最低条件(5/8)

 キャンプでB組に降格して再調整になってから、ボクは三条(さんじょう)オーナーを信じて梨木(なしき)さんに協力してもらうことにした。


雨田(あまた)選手。僕は職務上、このキャンプでチームの全選手のデータを取得し、分析させてもらってます。雨田選手とて例外ではありません。そこで特に気になったのが、『フォームの再現性の低下』ですね」

「フォームの再現性……」

「こちらをご覧下さい」


 PCの画面をこちらに向ける。


「この映像は先日の社会人チームとの練習試合のもの。雨田選手の投球モーションを撮って、その上に去年のシーズン前半くらいの頃のものを少し透過させて、レイヤーで重ねたものになります。それと、編集でストレートを投げてる時のものだけに絞ってます」


 動画が再生される。最初の方はレイヤーでの重なりがほとんどわからないくらい、去年のものと投球フォームの差異がない。

 だけど、球数を重ねていくと……


「……明らかに違いますね?」

「そうですね……」


 ボク自身は『いつも通り』を貫いてたつもりだったのに……


「雨田選手、カーブ系の球を習得されたんですね?」

「ええ。去年のオフに」

「それで余計にでしょうね。テレビゲームの野球では投手が球種を増やしても制球に影響がなかったり、球種ごとの制球力が設定されていないのがほとんどですが、現実はそうはいきません。球種が増えればそれらを維持するだけでもリソースを要します。人間の感覚というのは簡単に欠落してしまうものですからね。そして感覚というのは似たようなそれに混乱ももたらす」

「球種が増えた分だけ再現しなきゃいけない動作が増えて、無自覚なズレを生み出す要因になってしまったと……」


 梨木さんは頷く。


「こんな感じで、機器を使って修正点を抽出し、伝えるのが僕の主な仕事です。本格的なコーチングは専門外。要は"出来の良い鏡"くらいに思って頂ければそれで十分です。こんな僕ですが、お手伝いさせて頂けますか?」

「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 手柄を立てるための打算も込みなんだろうけど、アマチュアの領分は守るという姿勢を前面に出す梨木さん。正直ボクとしても助かる。一応プロの投手としてのプライドはあるからね。


「……ただ、留意して頂きたいことがあります」

「?」

「私見になりますが、雨田選手は元々、フォームの再現性が高く、それゆえに出力の安定性に優れた投手です。最高球速ももちろん速いですが、平均球速も昨シーズンは先発ながら150オーバー。そういうスキルを持ってる雨田選手なら、ストレートのみならず他の球種の修正込みでも開幕までには間に合わせられるかもしれません。しかし、根治にはならないでしょうね」

「……今の球種を保ったままだと、いずれ同じことがまた起きると?」

「おそらく」

「まぁ……そうでしょうね」


 そこは否定できない。ボク自身、自分の長所と短所を自覚した上でちゃんと投げてるつもりだったのにこうなってたんだから。

 開幕にギリギリ間に合ったとして、また再発したら修正に時間を要する。そして梨木さんの言うように、球種の分だけ維持するための消耗もある。つまり、今のままだとどのみち去年みたいにシーズンの完走は厳しい。


「そこでなんですが……少し球種を絞ってみませんか?」

「……現実的に考えればそうするのがベターでしょうね。ですが……」

「ですが?」

「先発は厳しそうですね……」

「…………」


 確かにボクは先発の中じゃ速い方かもしれないけど、ボクと同じかそれ以上もいないわけじゃない。それに加えて微妙な制球。そうなってくると、どうしても球種に頼らざるを得ない。今もメジャーで健在な流王(りゅうおう)フィオナさんのように、あらゆる球種を操れるようになりたいっていう願望も否定できないけど。

 今は一軍で実績を積むために球種の制限を妥協するとしても、今後もずっと続けるのは流石に……


「『球威』以外の武器として、『球種』は不可欠と?」

「そういうことです」

「……三条オーナーが(おっしゃ)ってましたよ。『雨田選手は本来、制球に優れた投手』と。僕も同感です」

「え……?」


 確かにそんなこと言ってたけど……


「どのみち開幕に間に合わせようとするなら余裕のない状況。全部修正できるかは置いといて、とりあえず修正する球種に優先度を付けて、最低限まっすぐと他に何か1つは間に合うようにしませんか?」

「そ、そうですね……」


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 その成果が、この立場。


「さぁまずは1球目……」

「!!!」

「ストライーク!」

「初球まっすぐ入りました!いきなり156km/h!!」


「「「おおっ!」」」

「よっしゃ!とりあえず球威は戻ったな!!」

「まぁでもど真ん中やし……」


 初球はむしろこのくらいが良い。『とりあえず初球ストライク』という目的は高確率で叶えられるし……


(また!いや、これは……)

「ファール!」

「一塁線切れました!155km/hまっすぐ!!」

「今のは外高めいっぱいくらいの、ナイスコースでしたね」


 同じまっすぐでも幅を生み出せるからね。たとえ打者がまっすぐとわかっていても、あのスピードでコーナーを突いても簡単に打たれたら商売上がったりだよ。


「あれ?メガネがポンポンストライク取ってる……?」

「劇場版メガネかな?」

「申し訳ないがクローザーに劇場とか縁起が悪いのでNG」


 ボク自身もそう思い込んでた。『自分は球威で勝負するタイプで、制球はアバウトだ』って。

 梨木(なしき)さんの分析通り、ボクの投手としての強みは『出力の安定性』。要は全く同じ投げ方を繰り返せるということ。ボク自身、妃房蜜溜(きぼうみつる)に勝つためにも最高球速にこだわりたいけど、どっちかと言うとボクは『最大値』を求めるよりも『平均値』を求める方が得意。

 そしてその『安定した出力』ってやつは、球速や球威だけの話だと思い込んでた。実際、昔からそうだったし。

 でも、それは間違ってた。


「……!!!」

「バットが折れて、ピッチャーの前!」

「ファースト!」

「アウト!」

「雨田、落ち着いて捌いてワンナウト!最後も155km/hまっすぐ!」

「あのスピードで膝下いっぱい、流石に高め見た後じゃ詰まっちゃいますよね……」


 投球フォームが決めるのは、何も球速や球威だけじゃない。理論上、投げ方や球種、リリースのタイミングや勢いなどが全く同じなら、投球の軌道だって全く同じになる。試合のたびにコーナーへの投げ方を一から模索する必要なんかない。調整の段階で、アウトロー、インロー、インハイ、アウトハイの投げ方はある程度作っておくことができる。

 つまり、制球もまた制御できる出力の内ということ。


「「「雨田くーん!!!」」」

「やるやんけメガネ!」

「これはちょうちょの同学年の競合ドラ1ですわ(恍惚)」


「6番サード、若王子姫子(わかおうじひめこ)。背番号60」

「ワンナウトランナーなしで打席には若王子。今年でプロ20年目を迎えます。昨シーズンは6年連続だった二桁本塁打が惜しくも途切れてしまいましたが、まだまだ頼れるベテラン。優勝、帝国一に不可欠な存在です」


 ホームランが決して許されない場面で、ホームランが代名詞のような現役レジェンド。

 ……上等じゃないか。


「ストライーク!」

「外いっぱい!スライダー決まってワンストライク!」

(……いきなりいやらしい球ですわね)


 ボクがまっすぐの次に高い優先度を付けたのは、やっぱり変化球の中で一番得意で、特に付き合いの長いスライダー。というか開幕までに調整したのはまっすぐとこのスライダーだけ。その代わり徹底的に磨き直した。今年はなるべくこの2つだけで乗り切るつもり。

 まっすぐとカーブしか投げない土門(どもん)のことを"変わった奴"扱いしてたのに、まさか同類になってしまうとはね。だけど、今はそれで良い。打者を抑える『最低条件』を満たしていれば。


「ストライーク!」

「今度は見送りました!またしてもスライダー外いっぱい!」

(いや、厳密には……)


 さっきよりも縦寄りのスライダー。要するにプロ入りまもない頃への原点回帰。

 たとえまっすぐとスライダーだけでも、こうやって幅を持たせることはできる。もちろん、投げ方がわずかに変わりはするけど、ベースの球種にちょっとした差分を加える程度。根本的に違う球種を投げるよりはよっぽど変化は小さい。

 ……ある意味、夏樹(なつき)の真似だな。アイツもカーブとフォークをそんな感じで投げ分けてるし。


(!!!しまっ……)

「スイング!」

「ストライク!バッターアウト!」

「振ってしまいました!最後も外スライダー!!」

「最後は少しボール気味に逃げていきましたね。少しずつ少しずつ意識を外に持っていった結果ですね」


 ホームランバッターには、とにかくその『型』にはさせない。前の回でイェーガーが(せき)さん相手にやったことと本質的には同じ。

 でも、彼女と違って勝負所で下手に逆のコースを狙ったりはしなかった。別に全くできないわけじゃない。ただ、『再現性の維持』を考えれば、得意不得意関係なく色んなコースに色んな球を投げ分けるよりも、相手が苦手なところに得意な球を強い球威で投げ続ける方がボクにとっては安牌というだけの話。


(……やるな、あのアマタとかいう眼鏡坊主(グラスボーイ)。私とは真逆の力押しだけの投手かと思ったら……)


「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。バッター、■■に代わりまして、坊井(ぼうい)。7番代打、坊井。背番号1」

「ツーアウトランナーなし、絶体絶命のこのピンチで打席には若王子と同じくプロ20年目の坊井。昨シーズンは二桁本塁打、そして昨日の開幕戦でも5番で開幕スタメン」


 ……右投手で、ランナーがいなくてもセットポジションだと、自然と三塁の方が視界に入る。


「?」


 月出里(すだち)。君は本当に大した奴だよ。今や"球界の顔"と言っても良いくらいの出世頭。

 けど、身近にいるから、ボクは知ってる。プロ入り間もない頃は二軍でも打順調整要員扱いされてたことを。高卒2年目で開幕スタメンを勝ち取ったけど、致命的な弱点が見つかって挫折を味わったことを。そして今も、全く打てないホームランを打とうと試行錯誤してることも。そうやって少しずつ、でも確実に進歩して今の月出里があることをボクは知ってる。

 風刃(かざと)だってそう。アイツだって、今年勝ち頭になることを期待されてるのは、去年リリーフとして経験を積みつつ、きちんと実績も残したから。あの独特なフォームとか、常識に囚われない自分なりのやり方を貫き通して正解にしてみせた。悔しいけど、プライドで『競合ドラ1』という自分の立場に見合うやり方ばかりしてたボクよりも確実に前に進んでるのは間違いない。


 だからボクも、今年は確実に前に進む。


「ストライク!バッターアウト!!」

「見逃し三振、試合終了!最後はアウトローいっぱい157km/h!!雨田、プロ入り初のセーブとなりました!!!」


「「「「「いよっしゃああああああ!!!!!」」」」」

「雨田くん!ナイピー!!」

「やるねぇ!痺れたよ!」


 チームの勝利を一番我が物顔にできるこのポジションで。『自分の立場』じゃなく、『自分』に一番合ったやり方でね。


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