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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十四話 最低条件(3/8)

「ショート見上げて……」

「……アウト!」

「捕りましたスリーアウトチェンジ!7回の裏ビリオンズ、ワンナウト満塁からタイムリーもありましたがあと1点届かず!3-2、依然バニーズのリードです!」


「すみません……」

「良いのよ、気にしないで」


 ベンチに戻る道すがら、百々(どど)さんに謝罪する十握(とつか)さん。まぁ間違いなく落球の件。

 初回もそうだし、多分この回も味方のミスがなかったら百々さんは失点してなかった。そのくせ得点は最小限だし、開幕からずっと野手陣が先発に迷惑かけっぱなしの現状。あたしはまだ今年ミスしてないけど、普段そこまでミスが少ない方じゃないから、明日は我が身と思わなきゃね。


「お疲れ様、百々くん。よく投げ切ってくれた。次の回はイェーガーくんに頼むからね」

「はい。こちらこそ、最後まで信頼してくださってありがとうございます」

「当然さ。開幕こそ氷室(ひむろ)くんに任せたけど、君はウチのローテの軸を担ってきて10年目。次の試合も頼むよ?」

「はい」


 伊達(だて)さんに労われて、クールダウンに入る百々さん。

 いよいよあの人が……


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


******視点:雨田司記(あまたしき)******


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、百々に代わりまして、イェーガー。ピッチャー、イェーガー。背番号99」

「バニーズ、ここでセットアッパーを投入です!マウンドへ向かうのは今年からの新外国人、リーナ・イェーガー。メジャーでは2年連続2桁勝利、ユニバーサルシリーズ出場経験もある超大物」


「おお、あれが噂の……」

「やっぱでっけぇな……」

「意外と顔は可愛い(小並感)」

「っていうか先発じゃないんだな」

「サイ・ヤング賞候補って聞いてたのに……」


 茶髪で短めのボブカット。首から上だけ見ると月出里(すだち)にちょっと似てる。背は190くらいあって、引き締まった身体でスタイルも良い。何よりもマウンドに立ってると存在感が他の投手とは違う。実力の方もキャンプで確認済みだからってのもあるんだろうけど。


「8回の裏、ビリオンズの攻撃。2番ショート、六車(むぐるま)。背番号6」


 今日のビリオンズ打線は百々さんの仕上がりが良かったのもあって大人しめ。それでも上位打線。わずか1点差で責任の重い場面。


(良い緊張感だ)

「ストライーク!」

「初球はまっすぐから入ってきました!147km/h!」


「……あれ?あんなもんなのか?」

「今時のメジャーリーガーでリリーフだからいきなり150後半とか出すのかと思ったら……」

「まぁでも外いっぱいだな」


 リーナ・イェーガーは元々その実力に違わず、かつてはローテの柱だったけど、学生時代からの腰の爆弾が爆発。球威こそ取り戻せたけど、後遺症で長いイニングを消化できなくなってしまった。

 そこでリリーフに転向したものの、メジャーの試合数の多さとロースター枠の狭さのせいでリリーフとしての長期的な運用も難しく、しかもなまじ実績があるものだから年俸も高く、そのせいでメジャーでの契約交渉が難航。メジャーと比べると試合日程や枠が緩やかで、移動による負担も小さい日本に来たのはその辺が理由。


 そして投球に関しては、メジャーにいた頃も速球の平均は150にギリギリ届かなかった程度。先発からリリーフに転向した分と、腰の怪我の分で、球威は故障前後を比べるとプラマイゼロってとこ。

 そんな彼女がサイ・ヤング賞候補にまで上り詰められたのは……


「……ストライク!バッターアウト!!」

「インコースいっぱい!見逃し三振!!」


「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」


 膝下いっぱい、フロントドアのツーシーム。左打者の泣きどころ。六車さんも思わず首を傾げて苦笑い。

 彼女の最大の武器は何と言ってもあのコントロール。奪三振自体は特別多いわけじゃないけど、K/BBで2年連続トップ3入りするほどのストライク奪取能力も、そしてコマンド能力も超一流。

 無駄なボール球を投げることなく黙々と打者を追い詰めていくその姿から、彼女は向こうのファンに"スナイパー"という愛称を与えられた。


(ほんま受けてて笑ってまうくらいビタビタに投げ込んでくるわ……)

「ナイスボール!」

(投手がある程度以上の球威で想定通りに投げ込んで打たれる確率などごくわずか。最近は甘いコースへ投げ込んだ場合のリスク回避のために平均球速を高めるのがベターとされているが、そもそも甘いところへ投げなければ良いだけの話。被弾さえしなければ、そのごくわずかな確率が重ならない限り点を失うことはない)


 さっきまでは月出里みたいに澄ました顔だったのに、冬島(ふゆしま)さんの返球を捕ってニヤリと笑ってみせるイェーガー。


「3番指名打者、若王子撫子(わかおうじなでしこ)。背番号10」

(あのツーシームは来られたら困るな……とりあえず内に張っておいて……)

(内に張ってるな)

(ッ……!?)

「ストライーク!」


 外いっぱいに入り込むカーブ。コントロールが良いとストライクゾーンを本当に広く使えるな……


(また外……いや!)

「スイング!」

「ボール!」

「バットは止まりました!ワンボールワンストライク!」

(ほう、今ので止まるのか。2年前はリーグトップのスラッガーだったと聞いてるが、大したものだ)


 緩い球の後に同じコースへの速い球と見せかけてチェンジアップ。合理的ではあるけど、こんなテレビゲームみたいな配球を簡単にできてしまうのが恐ろしいところ。


(下手に駆け引きに持ち込むと却って痛い目を見るな……なら!)

「!!!」

「高め打ちました!キャッチャー、フェンスの前で見上げて……」

「アウト!」

「捕りました!キャッチャーファールフライでツーアウト!!」

「最後の球、152km/h出ましたね。こういう力勝負も手札にあるんですからキャッチャーも受けてて楽しいでしょうねぇ」


 あれでも球のスピードに関してはボクの方がだいぶ上。それでも綺麗なスピンのかかったお手本通りのフォーシーム。ただ単に駆け引きという名のジャンケンしかできない投手とは訳が違う。元先発らしく、どんな状況にも対応できる引き出しの多さを持ってる。イメージ的には"リリーフ限定の代わりに球威も制球も上がった百々さん"ってところか……


(『とにかく球を速く』というのには賛同しかねるが、トレンドそのものを否定するつもりはない。ホップ成分の強い高めフォーシーム。『日本でもフライボール・レヴォリューションがある程度浸透してる』と聞いてたが、これも十分な期待値が出せそうだ)


 ……ボクもいずれはメジャーでやってみたい気持ちがあるけど、果たしてあれだけの境地に辿り着けるか……

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