第百十三話 見積もり(9/9)
******視点:百々百合花******
3月25日。明日から開幕戦。私は2戦目の先発だけど、今年は埼玉でビジターということで、早めに現地入り。
「お待たせ!」
「あ、水面さん。こっちこっち」
ドラフト同期同士で、ホテル近くの居酒屋で飲む約束。私は大卒ドラ2、水面さんこと三波水面は社会人出身のドラ3で、1つ年上。お互いプロ入りしてすぐ一軍で投げまくって、早いものでもうプロ10年目。
目的地に着いて、とりあえずで頼んだビールが来てからいつも通り話し始める。
「調子はどう?」
「篤斗くんには悪いけど、私が開幕投手をやりたかったわ。水面さんは?」
「リリーフは久々だから何ともね。まぁ去年一昨年と微妙だったし、しょうがないわよね」
「まだまだやれるわよ」
「そうね。お互いもうとっくに30過ぎちゃったけど、これから女盛りってね」
「まだまだ優勝できてないんだしね」
「……百合花ちゃんはどう思う?」
「何が?」
「オーナーの優勝宣言」
「私は毎年優勝する気満々よ?」
「気概はともかく、現実的に」
「……できないことはないと思ってるわ」
「その心は?」
「逢ちゃんや三四郎くんなんかも頼りになるけど、私を開幕投手から追いやれそうな子が篤斗くんや水面さん以外にもゴロゴロ出てきたからね」
「鋭利くんと恵人くん?」
「特に鋭利くんね。ピッチングを見て、色々話してみてわかったけど、あの子は間違いなく天才だわ。旋頭コーチが目をかけてたのも納得のね。正直、私が監督だったら篤斗くんじゃなく鋭利くんを開幕投手にしてたかも?」
「……去年リリーフで、一軍じゃ先発の実績ほとんどない子よ?」
「過去なんて関係ないわよ。敗け続けてきた私達にも栄光を掴む資格はある。そうでしょ?」
「ごもっとも」
今までが今までだからあんまり大きな声じゃ言えないけど、本当は私は『できないことはない』どころか『今年こそいける』くらいには思ってるのよね。そんな今年だからこそ、私が開幕投手を務めたかったけど、追い落とせる子が大勢いるからこそ勝てると思える。何ともジレンマね。
でも、これから先も敗け続けるよりはよっぽど良い。伊達さんや金剛さんが打って、私や水面さんが投げて支えてきたことに意味が生まれるのならね。
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******視点:早乙女千代里******
3月26日。今日からまた本業再開。今はブルペンで試合前の投球練習。
今年の開幕戦はギラドでビリオンズと。一応屋内球場なのに、ぶっちゃけ夏頃はクソ暑くて、冬に近づくとクソ寒くなるとこ。春先の今だと夜に近づくにつれて肌寒くなる。あーしは日焼け防止とかのためにアンダーシャツはオールシーズン長袖だケド、それでも冷える。
「冷えますわね」
「花城さん……」
花城さんとこうやって話すのは本当に久しぶり。
3年前、花城さんの話がきっかけで心機一転してちゃんと練習するようになって、一軍に上げてもらって、ピッチングのこととか一軍での過ごし方とかも花城さんから色々と教わって。ケド一昨年の今頃くらいから、なぜがあーしが話しかけてもスルーされるようになって。あーしが何か悪いことしたのかと思って聞き出そうとは思ってたケド、二軍でも花城さんの調子が上がらなくて、怪我も重なって育成に逆戻りして、結局余計に気まずくなってそのままになっちゃって。
「申し訳ございませんでした」
「……え?」
「一昨年、早乙女さんに冷たく当たってたこと」
「あ……いえ……」
「……一昨年の春のキャンプのこと、覚えてますか?紅白戦で2試合登板させて頂いたにも関わらず、わたくしが不甲斐ない投球をしてしまったのを」
「あ、はい……」
「言い訳に聞こえそうで非常に心苦しいのですが、実はあの後、その……桜井さんに色々と吹き込まれて……」
「鞠に……ですか?」
「ええ。早乙女さんがわたくしの預かり知らぬところでわたくしを中傷していたと……『ドラ1の自分が育成上がりの泥臭い雑魚に負けるわけがない』とか、そういった内容の……」
「…………」
あんにゃろう……
「にわかには信じがたかったのですが、実際、その前の年の途中から、一軍で左のリリーフとしての地位がわたくしから早乙女さんに移ってましたし……状況だけ見れば、その言葉は紛れもなく事実でしたから。もちろん、その後桜井さん絡みの騒動があって、桜井さんの嘘偽りである可能性が高いと考えたのですが、その……わたくしが大人気なく立場を奪ったことを逆恨みしてると早乙女さんに思われてるんじゃないかと思って、ずっと尻込みしてまして……」
「いやいやいや!そんなこと思ってないっすよ!?」
「そうですよね……本当に申し訳ございません……」
「鞠はまぁ……その辺口の上手い奴でしたからね。男なんかもよく騙されて……仕方ないっすよ、それは」
「お恥ずかしい限りです。それも結局は早乙女さんを信頼しきれてなかったということですから……」
「いやいやほんと、気にしなくて良いっすよ。そもそもそういう嫌なこと言いそうな奴だったあーしがこうやって一軍で投げれるようになれたのも花城さんのおかげなんですし」
「早乙女さん……」
ほんと余計なことしまくってくれたね、鞠の奴。月出里のことだけじゃなく……
「あーし、嬉しいっすよ。また花城さんと一緒に一軍でやれて」
「……そうなれば、私としても本望ですね」
「?」
「開幕一軍は必ずしも全員がそのまま一軍でいられるとも限りませんからね。今は一軍の枠がいっぱいで、裏のローテのメンバーが一軍登録されてない。このカードが終わったら、裏のローテを登録するまでの間の投手陣の穴埋め要員として、わたくしはお払い箱になる可能性もある」
「…………」
「だからこの機会に、早乙女さんと和解できればと思って……」
「大丈夫っすよ」
「?」
「ウチのオーナーは『今年優勝する』って言って、その上で花城さんが支配下に戻ってこれたんすから。もちろん花城さんが頑張った証拠でもあると思いますケド、そういうのは花城さん1人でどうにかできることじゃないですし、それだけ花城さんは期待されてるってことじゃないっすか?」
「…………」
「だから、一緒に優勝させてやりましょうよ。20年以上も敗け続けてきたこの球団を」
「……立派になりましたね、早乙女さん」
「花城さんのおかげっすよ」
今度はあーしが励ます番、ってね。
一軍で投げるようになってもう4年目。まだ先発を任されたことはない。"高卒ドラ1"ってことをことさらに強調するつもりはないケド、それでもあーしなりにやってきたつもり。
でも、『あーしじゃ敵わないのがうじゃうじゃいるからこれからは勝てるんだ』と思えば悪い話でもないよね?割と長いことリリーフやっててわかったのは、やっぱり自分がヒイコラ頑張って練習して磨いた球で活躍しても、勝てなきゃ報われないってことだし。
……今年はたっぷり勝ち試合で投げさせてもらって、たっぷり稼がせてほしいもんだね。
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2021ペナントレース バニーズvsビリオンズ
○天王寺三条バニーズ
監督:伊達郁雄
1三 月出里逢[右右]
2二 徳田火織[右左]
3左 十握三四郎[右左]
4指 リリィ・オクスプリング[右両]
5右 松村桐生[左左]
6一 アリア・アゴナス[右左]
7中 秋崎佳子[右右]
8捕 冬島幸貴[右右]
9遊 宇井朱美[右左]
投 氷室篤斗[右右]
●大宮桜幕ビリオンズ
監督:八汐元三
[先発]
1中 招福金八[右両]
2遊 六車刀磨[右左]
3捕 若王子撫子[右左]
4一 関恵実[右右]
5指 坊井透[右左]
6二 赤藤国光[右右]
7三 若王子姫子[右右]
8右 ■■■■[右右]
9左 ■■■■[右左]
投 三矢麻美[右右]
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今年のウチの投手陣の旗振り役はイケメン若大将。幸先の良いスタートを頼むよ?




