第百十三話 見積もり(8/9)
ちょっと前に出た、逢の父の同僚視点のお話です。
以前のお話はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n1727hw/638
******視点:塩津晃[逢の父の同僚]******
3月25日。埼玉県深谷市にある、借上社宅のアパート。
俺の仕事は基本的に2勤2休のシフト制で、それほど責任が大きくない仕事の割に休みを取るのが面倒な職場だから、月出里逢の誕生日である今日と、開幕戦の明日がちょうど休みなのは大きい。というか仮に休みが取れて、代わりに入ってくれた人の分の埋め合わせをしても『有給』扱いって何なんだよと小一時間問い詰めたい。
「せっかくだし、作り直すか」
ゲーム機を起動。ソフトは国内で特に有名なとあるプロ野球もののアクションゲーム。現実にいる選手を操作して遊んだり、選手の操作は自動にしてシーズンを走らせてシミュレーションゲーム的に遊ぶこともできる。
便利な時代になったもので、ゲーム内にある選手の再現データは直近の成績に基づいて、インターネットを介して定期的にアップデートされる。ここ最近もルーキー選手を反映させるためにアップデートされたけど、既存の選手は去年のオフ時点でのデータとほとんど変わってない。月出里逢のデータも同様。
けど……
「わかってないよなぁ……」
この野球ゲームは現実に存在する選手だけではなく、オリジナルの選手を作成してチームに入れたり、何なら球団もオリジナルのものを作ったりもできる。そしてキャラクターの容姿に関しても、現実の選手を再現する関係で、それらのデータを流用して様々なパターンを選べる。つまり、現実の選手を自分なりの査定で作り直すことも可能ということ。
実績のない選手は能力の査定だけでなく、容姿の再現度についてもおざなりになりがちだけど、月出里逢はすでに球界の顔のような立場。あの特徴的なシルエットのボブヘアにしたり、大きな蝶のリボンを付けることもできる。
引きこもりニートだった頃はこのゲームは単純にオリジナルの選手を作るのが一番の楽しみだったけど、今の俺がこのゲームを遊ぶ目的の大半は、『自分が納得できる月出里逢を再現すること』。
俺が思うに、月出里逢ほどこの手の野球ゲームで再現するのが難しい選手はいないと思う。少なくとも公式の再現には全く納得がいかない。
だから俺は暇さえあればオリジナル選手を作るモードで、これまで何人もの月出里逢を生み出してきた。少なくとも公式のそれよりは出来栄えに自信がある。けどゲームの仕様上、どうしても再現が難しい部分がいくつかある。特に『選球眼』と『弾道』、そしてそれに伴う『パワー』。
このゲームに限らず、野球もののアクションゲームというのはピッチャーがストライクを取るのにそこまで苦労しないし、ピッチャーの球速や球威まで忠実に再現してたらバッター側はロクに打てないから体感速度も控えめ。そうなってくると、バッター側を操作するのであれば初球からガンガン打ちにいくのが最適解。ファールで粘るのも狙ってやるのは難しいし、四球を狙う必要性が薄い。
というかそもそもプレイヤーが選手を操作するという関係上、『選球眼』を選手の能力として再現するのはほぼ無理。プレイヤー側がTRPGのごとく再現を頑張るしかない。『慎重打法』とか、数少ない粘りに関する特殊能力を付与することで、自動で操作する時にそれっぽくするのが関の山。
選手によくある特徴として『三振のしやすさ』とか『コンタクト率』とかもあるけど、これらに関しても操作する上ではプレイヤー次第な部分が大きい。低打率の打者は根本的にミートカーソルを小さくしたり、追い込まれたらバッターのミートカーソルが狭くなるとかそういうのが精一杯で、そういうのもプレイヤーの操作で補おうと思えば補えるし、そもそも初球からガンガン振る関係で、追い込まれること自体があんまりない。何ならミートカーソルが小さい方が余計な打ち損じが減るという考え方もできる。樹神樹があえて細いバットを使うのと同じような理屈。
結局その辺の関係で、野球ゲームでは大抵の場合、近年評価されるようになった"打率はあまり高くなくても出塁率は高い打者"よりも、高打率の割に出塁率は高くない……いわゆる"早打ちアヘ単"とか"フリースインガー"とかそういうタイプの方が圧倒的に有利だったりする。自分で操作する分にもそうだし、能力の査定的にも。
月出里逢の大きな特徴は『選球眼』だけじゃない。『ホームランが全く打てない』というのもそう。
このゲームではホームランの打ちやすさは、単純に打球速度や飛距離を生み出す『パワー』に加えて、角度の付けやすさを決める『弾道』で主に再現してる。
ただ、たとえ弾道が最低値でもホームランは打てる。フェンスの低い地方球場だったり、パワーがある程度あれば尚更。
リアルの月出里逢はホームランこそ0ではあるものの、去年のオリンピックで証明されたように、打球速度はメジャーリーガーと比較してもトップクラス。角度が付かない分を加味しても、そこいらのホームランバッターよりよっぽどパワーがあるのは間違いない。でも弾道が最低値でもそれだけのパワーがあれば、自動で操作しても二桁は打てる。その辺は俺自身、月出里逢を何度も作成していく中で、シーズンを何度か自動で走らせて実証済み。
そういう仕様のせいか、公式での月出里逢のパワーの設定は、『S・A・B・C・D・E・F・G』の8段階評価の中で、下から2番目の『F』。もちろん弾道は最低値。あの打球速度は、ミート重視でスイングした時に鋭い打球が打ちやすくなる特殊能力で補ってる。ちなみにミートは上から3番目の『B』。おそらく首位打者一歩手前だったのを評価した形。そして、ホームランを打つためにあれだけ強いスイングをしてる彼女を嘲笑うかのように、自動で操作される時は『ミート重視』になるような設定。多分『三振が異様に少ない』のを再現するのも兼ねて。
あとついでに、GG賞に選ばれてないからか、守備も『C』で地味に弱い。ショートとサードを兼任してる分、1つのポジションで指標は稼げてないけど、それでも総合的にはトップクラスなのに、走力が『S』、肩が『A』だからそれで良いじゃんというのがアリアリと読み取れる。
俺はこの扱いがどうしても許せない。もちろん、いち月出里逢のファンとして、いつかホームランを打ってくれたら嬉しいという気持ちは当然ある。けど、彼女が現状ホームラン打てないのは何か大きな意味があるのかもしれない。それは彼女の大きな個性であり、大きな可能性の前兆なのかもしれない。
なのに、こんなふうに他の選手と同じように型に嵌めて。実際にパワーがあるのは間違いないのに、ゲームの仕様にリアルの選手を従わせるような真似をして。オリンピックであれだけ持ち上げて、それによって盛り上がったプロ野球というコンテンツに便乗して商売をやってるんだから、そんな真似をするのは不敬という他ない。
いざ打てるようになって急にパワーを上げても見苦しいだけだし、今の能力でも手動で操作すればホームランを打てないこともない。ならいっそのことパワーはきちんと査定した上で、彼女専用の特殊能力でも作れば良いのに。『ホームランが打てない』とかそんな感じで。たとえマイナスな特殊能力でもその手のオリジナリティは現役選手には認めず、OB・OGにしか付与しないのもこのゲームの困ったところ。なぜ現役選手メインのゲームでそんな扱いをするのか理解に苦しむ。何ていい加減な『見積もり』なのかと。
「腹減った……」
そんなこんなで夢中になってると、もう夕方近く。今日の朝まで仕事をして、帰りにコンビニで買い物して、昼まで寝て起きてゲームだと時間なんてあっという間。
冷蔵庫から今日買ってきたケーキを取り出す。本当ならちゃんとした洋菓子屋で買いたかったけど、近くにコンビニしかなくてスーパーとか行くのにも自転車が必要だったりで流石にそれだけの気力がなかった。
目的はもちろん、月出里逢の誕生日を祝うため。スマホを充電スタンドに立てて、壁紙の月出里逢を表示させた状態でケーキをそばに置く。自分の誕生日じゃケーキを食べることもしないのにこんなことしたり、何度も何度も彼女の再現選手を生み出すのも、誰よりも彼女に殉じていることを形にするため。
詰まるところただの自己満足。ゲームで大量に作ったこの月出里逢が全て具現化されてよろしくやれたらなんていう下心も込みの。
……俺が彼女をここまで追いかけるのは、俺がかつてこのゲームで作った、"俺が考える史上最強のプレーヤー"に一番近いから。
アマチュア時代は無名でドラフト下位指名ながらプロで才能を開花させ、全てのツールが完璧な内野手。どん底から這い上がって頂点に立つというのは、かつて引きこもりニートだった俺にとっての一番の願望。彼女はそれを現実に叶えてくれてる。俺にとっては『可能性』そのもの。『人間、頑張ればできないことはない』ってのを実証するのに最適な存在。日本人メジャーリーガーの中で最も成功例が少ない内野手にしたのも、そういう不可能を可能とする部分を強調するため。特に厳しそうなショートとサードなのも尚更良い。
『今はホームランを全く打てない』というのも、裏を返せば『彼女にはまだ可能性がある』と思わせる余地でもある。そういう意味でも、ゲームの中の今の彼女は、『打てない』って結果だけで無理やり貧弱にするんじゃなく、パワーはちゃんと再現して可能性を含ませてほしい。『ちょっと何かが変われば、全く違う月出里逢があるんだ』と。
その彼女が選手として理想的なだけじゃなく、女性としても俺の好みど真ん中のせいでついでに下心も抱いてるのは申し訳ないところだが……
俺がこの仕事に就いて半年以上。表計算ソフトを表計算に使わず、関数を組むこともなく画面エビデンスを貼るだけのファイルにするような仕事内容で、正直プログラマとかSEとしてキャリアアップに繋げるのは難しい。俺をここに派遣して放置してる営業の連中は多分俺を『その程度』と認識してるんだと思う。
それでも俺は、俺を諦めない。かつて社会的にどん底の立場にいたとしても、やればもっと上を目指せる。大学を出てそのまま働いてきた連中だって追い抜かせる。仕事だけで上を目指せないのなら、また資格でも取れば良い。
明日はギラド……大宮の球場でバニーズとビリオンズの開幕戦。初めて彼女に直接逢いに行く。そして彼女に、また『可能性』を見せてもらう。『今年こそホームランを打つ』、『今年こそバニーズを優勝させる』。そんな彼女を、俺はキャリアの最後まで見届ける。
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