第十三話 誰よりも近くで(4/7)
「……すまねぇな徳田、助かったぜ」
「ったく、トレーナーも付けずに何オーバーワークしてんの……」
「オーバーワークだからこそ止められそうだったし、責任がどうこうってことにもなりそうだったしな、迷惑かけたくなかった。だが、色々悩んで練習量を限界まで増やそうと思った結果がこれだ。ざまぁねぇな」
「ふぅん。今更になって焦ったの?」
「そりゃ焦りもする。高校の頃、監督に『お前は天才だから試合だけやってりゃいい』って言われて、それでハードな練習をやらなかった結果がこのザマなんだからな」
「……は?練習サボってたんじゃないの?」
「まぁ結果としてはそうなるが、サボりたくてサボってたわけじゃねぇよ。チームが勝ち上がるために俺が試合優先でやらざるを得なかっただけだ」
この時になって、ようやくアタシはあっくんのこと勘違いしてたのに気付いた。
「とはいえ、そんな俺でもプロで通用すると思い上がってたのは事実だ。嗤いたきゃ嗤え」
アタシには嗤えなかった。いくらアタシでも、アタシに嗤う資格なんてないのは理解できた。アタシが嗤いたかったあっくんは、アタシの中にしかいなかったとわかって、余計に自分のクズさを思い知らされた。
「それにしても、お前も居残りとかするんだな。高校の時もあんなにだらけてたのに。見直したぜ」
「あ……うん。まぁね……アタシは未だに二軍でも結果出せてないしね……」
「せっかくだし、今度から一緒に居残りしねぇか?」
「あ、あはは……そうだね……また勝手に倒れられても困るし……」
引きつった顔を長い前髪で必死に隠してた。アタシが変わるきっかけは、あっくんの熱意に感化されたからじゃなく、単にアタシの下衆な思いつきと、それを誤魔化す嘘。
「お前さぁ、最近付き合い悪くね?」
「あんな"客寄せパンダ"とつるんで……私達を差し置いて、人気取りの算段でもしてるの?」
「い、いや……そんなつもりは……」
「プロ入りしてからずっと面倒見てきたあーし達無視してお前1人だけ人気者に媚売るとか、あーし達ナメてんの?」
「……もう良いよ、ほっとこうぜ。こんな恩知らずの"裏切り者"は」
財前さん達と手を切ったのも、あっくんへの憧れも、結局は全部なりゆき。人並みにプライドだけは持ち合わせてるちっぽけなアタシがつまらない嘘を吐き続けて、引っ込みがつかなくなったってだけ。
「ふぅ……今日はこのくらいにしとくか」
「……ん」
「まだ気にしてるのか?今日の試合のヤジ」
「自覚はあるけど、悔しいよね。"ハズレ"扱いって……睦門があんなのだから」
同級生ながら格の違いはもちろんあったけど、それでも投手と野手の違いがあった。なのにプロ2年目の消化試合の時期、天下の大正義球団・ヴァルチャーズのショートとして、爽也くんは一軍デビューを果たした。プロ入りの時から"睦門爽也の出涸らし"扱いとはいえその分くらいは期待されてたから、エゴサの結果も散々。二軍での成績がちょっとマシになった程度じゃ大した擁護も出てこない。
「確かに球速は俺よりも速かったが、その肩を生かしてすげぇショートに育ったもんだ。バッティングはどうなるかわからんが、少なくともあの守備なら来年以降の一軍の座は固いだろうな」
「……氷室はさ、悔しくないの?同い年の子が活躍してるの見てて。自分がやってきたことが無駄になってしまう瞬間を想像して、怖くならないの?ずっとこのまま笑い者のままだとしても、後悔はないの?」
今のアタシだからわかるけど、アタシがサボり魔だったのは、野球が好きでも嫌いでもなかったからとか、単にめんどくさがりだったとかだけじゃないと思う。
「アタシはさ……その……氷室が頑張ってるとこ見てきてるからこんなこと全く思わないけどさ、もしこのまま結果を出せないままだったら、"客寄せパンダ"扱いのままなんだよ?アタシ以上にバカにされるよ?それでも良いの……?」
なまじ才能があるからこそ、成功する確率が高くて、その分失敗する確率が低くなるから、逆にそのわずかな確率を引き当てることに怖さを感じてしまう。小さい時からずっと実利とか目の前の利益ばかりを求めてたせいで、地道に大きな成功を追求する勇気を育めなかった。
それらをひっくるめて考えると、アタシはきっと、本質的には臆病なんだと思う。報われないことが怖くて、報われるに値することができなかったんだと思う。
「……別にどうでもいいんだよ。同年代のライバルが自分より上か下かとか、"客寄せパンダ"扱いする奴を見返すとか。俺がしたいのは純粋にプロ野球選手として応援してくれてる奴の期待に応えることだけだ」
そう言って、あっくんはアタシの頭に手を置いた。
「徳田みたいに、そうやって見てくれてる奴のためにな」
そんなアタシだから、あっくんの勇気を憧れても憧れ足りないほど尊く感じる。
「仮にうまくいかなかったとしても、やりたいことを叶えようとした事実は絶対に残る。自分が選んだ道の価値を決めるのは結果だけじゃねぇ。過程もそうだ。……徳田、俺と練習したり試合したりするのは楽しいか?」
「うぇっ!!?な、何そんな藪から棒に……」
「俺は楽しいぜ。楽しいと思えるから、しんどい練習も乗り越えられる。そうやって生まれた過程がより良い結果を生み出すのに繋がるし、いざうまくいかなくても、少なくとも自分の中じゃ無駄になる瞬間なんて絶対に訪れることはねぇ。何を以て成功したかを決めるのだって結局は自分なんだから、ビビる必要はねぇ」
そしてあっくんは、そんな勇気をアタシにも分け与えてくれる。
こんなチェリーボーイに、男の人に頭を撫でられるのがツボだって見透かされてても、むしろ嬉しくさえ思ってしまう。