第百十三話 見積もり(4/9)
******視点:雨田司記******
2月18日。休養日前日ではあるけど、ボクは昨日先発で投げたから、今日はボールを触らず軽めの練習……本当はガッツリ練習したいんだけどね。
昨日は先発を任されたって言うのに4回で5失点の大失態。おかげで今日からはB組で再調整。
「お願いします!」
「おっ、来たぞ来たぞ」
「でっかいなぁ……」
「この球団、恵体とヒョロガリの格差デカすぎひん?」
「「「蓉くーん!」」」
「え?あれ男なんか?(困惑)」
ブルペンでの投げ込み。もちろんボクは今日は投げない。休憩を兼ねた見学。
ファンが注目するのは、今年のドラ1ルーキーの土門蓉子。同じ福岡出身だけど、夏樹と同じく、4つも歳が違うと正直あまりよく知らない。
ただ1つはっきりと言えるのは、体格だけ見れば投手としてボクよりもずっと恵まれてるってこと。ボクも特別チビなわけじゃないけど、土門は背丈だけならメジャーリーガー並。髪も短めで、顔立ちも整ってはいるけど、切れ目で眉もキリッとしてて、何と言うか男性的。そのせいか、どっちかと言うと女性ファンの方が盛り上がってる感じ。首から下は普通に女性的なラインなんだけどね。
「ナイスボール!」
まっすぐ走ってるな……最速で153って話だけど、キレもある。
「おおっ!!!」
次はカーブか。かなり曲がってる。単体で見れば夏樹のそれ以上かもしれない。
「あざっした!」
「……ん?」
高卒ルーキーだから、投げ込みの量が控えめなのはわかる。でも……
「お疲れ」
「あ、雨田さん。ちっす」
ベンチでクールダウン中の土門に話しかける。
「投げ込み見せてもらったよ」
「恐縮ですたい」
「良い球投げてたけど、まっすぐとカーブ以外はまだ投げないのかい?」
土門の投げ込みは最初から最後まで見てたけど、投げてたのはその2球種だけ。単純にまだ調整できてないだけなのか……
「いえ、他は『投げん』っちゅーか『投げられん』とです」
「……え?」
「もっと厳密に言うたら、スライダーやチェンジアップも一応投げられんことはなかばってん……ウチ、高校入ってからはまっすぐとカーブ以外投げんようにしとるんですたい」
今時珍しいな……ナックルボーラーとかそんなのでもないのに、実戦で使う球種がそれだけ少ないのは。今日び中学生だって変化球は2つ3つ持ってても不思議じゃないのに。
「どうしてまた……」
「監督の指示とです。『投げる球にこだわりを持つべき』と。ウチも本当は出来ることならまっすぐだけで勝負したいし、他ん球種ば練習するくらいならってことで」
「まぁ……気持ちはわかる」
ボクだって本音はそう。せっかく160にも達するようになったまっすぐ。それだけで勝負できればそれが一番良い。
でも、今のボクはこういう立場。去年からカットボールも投げるようになったり色々工夫してるけど、それでもなかなか結果が出せないプロの世界。
「もちろん、『プロは甘うなか』ってんな予備知識としては理解しとるつもりとです。ばってん、どうしようも無うなるまでは今んままで良かかなって思うとーとです。まだウチはプロとして誰にも勝っとらんばってん、負けたっちゃおらんですけん」
「……そうだね。良いことだと思う。色々言われるだろうけど、ボクは応援するよ」
「あざっす」
本心……とは言い難いね。同じとこに生まれた同じ高卒ドラ1。ちょっとでもプライドを保つために、『ボクと同じ轍を踏め』と願ってるような、そんな気がする。こんな立場だとね。
……全く、情けない話だよ。
「ところで雨田さん。同郷ん人なんに標準語スラスラっすね。こげな仕事しとーと慣るーもんですか?」
「いや、まぁボクは母親が東京の人間だから元々ね……」
「ああ、成程ですね」
せっかく母さんが無理してくれてプロに入れたってのにね。
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******視点:三条菫子******
2月20日。キャンプも終盤ってところで今日は視察。大学を出てからだいぶ時間に余裕ができて、自由に動けるようになったわ。
「ようこそお越しくださいました」
「すみません。急にお邪魔することになって」
「いえいえ。きっと選手達も奮起しますよ」
(特に月出里くんがね)
伊達監督の出迎えを受けて、まずはA組キャンプへ。
「ナイバッチ!」
ちょうど逢のフリーバッティング。打撃投手相手とは言え、去年までよりも角度のある打球が増えてるように思う。少しずつだけど、殻を破り始めてる感はあるわね。バッティングというものを自分なりに理解して、その中で工夫できるようになったから、生まれ持った才能という呪縛に囚われない打ち方を身に付けつつある。
あとは何かしらのきっかけさえあれば……ってとこかしらね?
「ふっ!」
向こうでトスバッティングしてるのは十握。相変わらずズボンが上がりすぎだけど良い振りしてるわ。1年目は故障がちでちょっと心配だったけど、2年目の去年はフル出場でしかも首位打者。単純な打撃センスだけじゃなく、地頭の良さで課題をクリアする能力も高い。
今年の補強は投手中心になったから、打線はとにかく逢と十握が揃ってる状態をなるべく保ちたいところね。
「「「「「おおっ!」」」」」
見物客の拍手でフリーバッティングの方をもう一度見てみると、打席に立ってるのは松村。
「また行ったぞ!」
「今年マジで調子良いな……」
「これ外野どうなるんやろうな……?」
柵越え連発。元々背丈の割に広角に打ち分けるアベレージヒッターだったけど、変わったわね……
(去年は月出里さんにも十握さんにも完敗どころか、規定にも届かなかった。ドラ1でも流石にそろそろ結果を出さなきゃいけない立場なのは重々承知。このままじゃ妃房さんが復帰した後にやり返すことすらできませんからね)
「今年の打線は期待できそうですわね」
「ええ。この中からどうオーダーを組んでいくか。ありがたい悩み事ですよ」
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