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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十三話 見積もり(3/9)

******視点:伊達郁雄(だていくお)******


 2月17日。春季キャンプも後半に入り、C組も宮崎入りして、それに伴って若干のメンバー交代も発生。

 そして今日は社会人チームと練習試合。相手は小川電器野球部……何を隠そう、僕がいたチーム。都市対抗でもそれなりに結果を出してて、プロもこれまで何人か輩出してる。僕もここでキャッチャーに再転向したことでプロ入りすることができた。

 まぁ僕が在籍してたのは高校を出てからわずか2年で、僕も今年中に四十路に突入する。それだけ時が経てば、選手はもちろん監督だってまるっと入れ替わって全く別のチーム。先輩達もとっくに引退して、本業に専念してる。


「ボール!フォアボール!」


「ナイセンナイセン!」

「しっかり見てけ!」

「おい!アマチュアにビビっとんちゃうぞ!」


 しかし、今日先発を任せた雨田(あまた)くんはどうにもピリッとしない。


「ライト!」

「よっしゃ!回れ回れ!」

「セーフ!」


 制球はもちろん、球威も本調子には程遠い。確かに本番はまだまだ先だけど、今日の球速はほとんど140半ばかそれ以下で、150を一度も超えてない。雨田くんなら平均でもそれくらいは出せるはずなのに。


(風刃(かざと)だけじゃなく、山口(やまぐち)さんも想像以上に伸びてる……去年はオリンピック明けすぐくらいに先発ローテから脱落。今年こそは結果を出さなきゃいけないのに……!)


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 今年初めての対外試合は2-7で敗北。若手中心ではあったけど、去年の上位打線4人……月出里(すだち)くんと徳田(とくだ)くん、十握(とつか)くん、リリィくんは据え置き。それでも得点は伸びず。

 まぁ社会人チームがプロと勝負して勝つのは決して珍しいことじゃない。野球というのはプロの優勝チームでも3割から4割は負けるスポーツ。特に投手の仕上がり一つでジャイアントキリングなんていくらでも起こり得る。


(あーしんど……)

(明日も紅白戦あるから休んだ方が良いのかもしれんが……)

(抜けられる雰囲気じゃねぇよなぁ……)


 今年は対外的にも優勝を宣言してるから、練習量も例年より増やしてる。そして次の休養日は明後日。つまりそれだけ選手達も疲れてきてる頃。だけど今日登板した投手以外はみんな居残って練習。

 けど、負けた反省のためって感じじゃない。本当の理由はおそらく……


「…………」


 月出里(すだち)くんが残ってるから、だろうね。

 今日の月出里くんは4打席立って単打1本と四球1つ。月出里くんの実力を考えると中の中、もしくは中の下くらいの結果。時期を考えたらそんなに気にするものでもない。みんなもきっと予想してる通り、僕としてもよっぽどのことがない限りは月出里くんをチームの軸として使う予定だし。月出里くん自身も億を稼ぐようになって、そういう立場だっていう自覚はあるはず。

 そんな月出里くんが神妙な面持ちで熱心にバットを振ってるもんだから、特に立場的にまだまだな若手の子達は退くに退けないって様子。


(月出里から直接レギュラー奪うのは無理でも、ここで抜けたら印象悪いよなぁ……)

(くっそー、いつまで続くんだよ……)

(もしかしてウチの若オーナーの優勝宣言を()に受けてるのか……?)

(そんなことしなくても月出里だったらレギュラー安泰だろうが……)

(あんな筋肉の塊なのにオーバーワークにならねぇのかよ……)


「あ、あの月出里くん」

「?何ですか?」


 沈黙を破るように、服部(はっとり)くんが月出里くんに声をかけた。それ幸いと他の選手達も手を止めて、2人の対面に注視する。


「いや、この時期からそんなに振り込んでて大丈夫かなって……」

「……今日微妙だったんで」

「ま、まぁそうかもしれないけど、月出里くんの実力ならこれから上がってくるんじゃないかな?練習試合で負けたくらいで焦っても……」


 遠巻きに練習を切り上げるように交渉。まぁ気持ちはわからなくもないけど……


「そうですね。プロ野球って、負けても良い試合って結構ありますよね。今日なんてペナントの結果に全く関わりがないですし。お客さんが来てても捨て試合をしなきゃいけない時だってありますし、上手に負けたりするのも大事なことだと思います」

「!?お、おう、そうだね……」


 特に練習中は口数の多くない月出里くんが急に話しだして焦る服部くん。でもその言葉に、みんなどこか安堵してる様子。


「でも、負けて良い試合とか、そういう試合の値打ちの『見積もり』をするのはあたし達の仕事じゃありません。伊達(だて)さんやすみちゃ……オーナーの仕事です」


 ……!


「あたし達の仕事は、目の前の試合がどんな価値を帯びていようとも常に勝ちを目指すだけ。もしかしたら一生に一度だけになるかもしれない観客にも良いところを見せるだけ。たとえ20点くらい負けてるどうしようもない試合でも、ヒット1本打てばきちんと給料に反映されるんですから、それで良いじゃないですか」

「「「「「…………」」」」」

「服部さんだって、本当はシーズン143試合、全部勝ってみたいと思いませんか?そうでなくても、今まで日本でどんなチームもやったことのない100勝くらいはやってみたいと思いませんか?他の人達が試合の値打ちを決めようが、勝つ負けるを決めるのはあたし達の積み重ねなんですから」

「……そう、だね。ごめんね、手を止めちゃって」

「いえ。気にしないで下さい」


 その言葉で、バットを握り直す服部くん。でもその表情は諦めとかそういうのじゃない。気持ちを新たにしたような、そういうの。


(去年、ルーキーながら開幕一軍。今年も内野はそこまで分厚いわけじゃないから何とかなるって気持ちだったけど、そのくらい無茶苦茶なことを目指さなきゃ、それ以上なんてなれないのかもね……)


 くしくも練習を止めてまで耳を傾けてた他の選手達も同じように、練習を再開。


 ……ほんと、もっと君と選手として一緒にプレーしたかったよ。それかもっと早くにバニーズに入ってくれてたら……


(こんなめんどくさい役回りなんて背負いたくないけど、すみちゃんが優勝をご所望だからね。あたしだって去年のオリンピックで気持ちが変わって勝ちたくなったし、これくらいはね)


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